不浄である泥の中から茎を伸ばし、清浄な花を咲かせるハスは、仏教が理想とする在り方。極楽浄土に最もふさわしい花とされてきました。このように仏教ではさまざまな教義が植物に喩えて説かれ、寺や墓のまわりも仏教が尊ぶ植物で溢れています。『なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか』は、そんな植物と仏教の意外な関係、植物の生きる知恵を植物学者、稲垣栄洋さんが楽しく解説した一冊。ダイジェスト版の短期集中連載第2回は、タイトルにもあるハスの秘密に迫ります。
泥の中から花を咲かせるハスの秘密
お寺の庭の池には、よくハス(蓮)が植えられています。
ハスは古くから神聖な存在とされ、仏教と深い関わりを持つ植物です。
たとえば、仏像は蓮華座と呼ばれるハスの花の台座に座っていますし、ハスの花を挿した水差しを持つ仏像もあります。
香炉などの仏具もハスの花の形をしていますし、お供え物の砂糖菓子もハスの花の形をしたものがあります。
仏教にとってハスはとても大切な植物なのです。
「蓮は泥より出でて泥に染まらず」
といわれるように、池の底の汚れた泥の中から茎を伸ばし、美しい花を咲かせます。
その姿は、極楽浄土に咲くにふさわしい存在として尊ばれ、善と悪、清浄と不浄が混在する人間社会の中に、悟りの道を求める菩薩道にもたとえられました。
泥の中から花を咲かせるために、ハスには工夫があります。泥の中に伸びるハスの地下茎が、「レンコン(蓮根)」です。
レンコンには穴があいていることから、「見通しが利く」縁起ものとされ、正月や慶事の料理としてよく食べられます。
レンコンにあいている穴は、水の上から泥の下へ空気を運ぶためのものです。そのため、レンコンの穴は水上にある葉とつながっています。試しにハスの葉の柄を折ってみると、その断面にはレンコンと同じように穴があいています。
ちなみにハスの葉柄にある穴の数は、四個ですが、泥の中にあるレンコンには、中央に大きな穴が一つあり、そのまわりに九つ前後の穴があります。
レンコンの太さが違っても、穴の数はおおよそ決まっています。
泥の中の方が穴の数が多いのは、泥で穴がふさがれても、他の穴が空気を通すように工夫されているためです。
穴のあいたハスの葉柄は、子どもたちの良い遊び道具です。茎を折って両側を切れば、ストローのようになるので、ハスの葉柄を使えばシャボン玉遊びをすることができます。
葉柄には大小さまざまな穴があいており、いろいろな大きさのシャボン玉が一度にできるので、子どもたちは大喜びです。ゆっくり吹けばシャボン玉は飛ぶことなく、次々に出てきたシャボン玉が連なって、ブドウの房のようになります。
聞いた話では、ハスの葉柄をくわえて風呂に潜ってみた子もいるようです。忍者の水とんの術のように水中で息を吸おうというのです。
葉の真ん中の葉柄とつながっているところは、ちょうど破れた障子を半紙で塞いだようになっています。ここを取り除くと葉の上に葉柄の穴がつながることになるのです。
子どもの姿がなく、お風呂にハスの葉だけが浮かんでいる光景を見たら、家族はさぞかし驚いたことでしょう。
大人の楽しみ方には、「蓮酒」があります。同じようにハスの葉と葉柄がつながっているところを取り除いて、葉の上になみなみと酒を注ぎます。そして、そのまま葉柄の下をくわえて飲むのです。この蓮酒は古くからある由緒ある遊びです。
飲むのはなかなか難しく、飲んでいる姿は不恰好ですが、象のようにも見えることから象鼻杯という風流な呼ばれ方もされています。
ハスの葉には他にも不思議な特徴があります。ハスの葉の上にできた水玉は右や左へといつまでも動き回ります。ハスの葉の表面は細かな毛が密集して生えているので、水をはじくのです。
しかし、ハスの葉は真ん中がへこんでいるので水玉はこぼれることがありません。葉っぱがかすかに揺れたり、葉の表面から空気が蒸散したりするわずかな力によって、水玉が動き続けるのです。
神聖なハスには、他にも不思議なことがたくさんあります。