昨年10月7日に発生した、イスラム組織ハマスによるイスラエル襲撃。あれから1年がたった今も、イスラエルは大規模な報復攻撃をくり返し、パレスチナ・ガザ地区では死者が4万人を超える深刻な事態となっています。この戦いを止めるには、どうすればよいのか。そして、日本はどのような態度をとるべきなのか。『分断を乗り越えるためのイスラム入門』の著者、内藤正典さんにうかがいました。
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日本は今の態度を維持できるか
──日本人にとって、中東問題はどうしても他人事だと思いがちです。先生は日本との関わりについてどう考えていますか。
たとえば経済的なことで言うと、日本は自動車など何を運ぶにしても船を使うので、海運が重要です。日本には日本郵船、商船三井、川崎汽船という3つの大きな海運会社がありますが、こうした企業の利益、引いては株価にも大きな影響を及ぼします。
日本人の多くは中東問題について関心が薄いですが、政治的というよりは経済的な影響という面で、じわじわと影響を受けているんです。
日本政府の対応については、国連での投票行動を見ていると、パレスチナとイスラエルの2国家を支持するという立場を崩していません。どちらの味方もしませんよ、という態度が日本の伝統なんです。その意味で、アメリカとはやや距離があります。
この態度を維持してくれればいいのですが、今後、東アジアでの安全保障でいっそうアメリカに抱きつくことになると、中東問題でもアメリカと歩調を揃えるべきだ、という方向に流される危惧があります。
今までは必ずしも流されてこなかったんです。テレビなどの報道を見ていても、ハマスを形容するときに「イスラムのテロ組織」とは言っていないですよね。これがテロ組織と言うようになったら、かなり危険な状況だと思います。
今のところ日本では、パレスチナ支援をしても逮捕されませんし、学生が抗議活動をしてもとくに問題にはなりません。
ただ、歴史的な背景を知らない人たちがものごとを単純化し、敵味方に分かれて言い争っているのをインターネット上でよく見かけます。それがだんだん1つの方向に固まっていくと、危険なことになると思っています。
この戦争を止めるためにできること
──単純化してはいけない、ということはすごく重要なことですね。
前にも言ったように、これは宗教の対立ではありません。人の家に土足で踏み込んで、大事なものを奪っていったという問題なので、その家の宗教が何であるかは関係ないんです。その家に住んでいるのが何人かという、民族の問題ですらない。
そもそも中東と呼ばれる地域、たとえばイスタンブールにもダマスカスにも、もともとユダヤ人はたくさんいました。金曜日に休んでいるのがイスラム教徒、土曜日に休んでいるのがユダヤ教徒、日曜日に休んでいるのがキリスト教徒なので、市場などを見ているとすぐにわかります。
ただし、それ以上でもそれ以下でもありません。1000年にもわたって、こうして一緒に暮らしていたんです。それをぶち壊したのは、今の国家システムなんです。
私は、第5次中東戦争には発展しないと思っています。戦争というのは国を挙げて戦うものですが、今の状況から見て、国が「戦争をやるぞ」と言ったときに国民はついていくだろうか、と。
コロナ禍でひどく傷んだ経済をもとに戻すのが先だ、他の国と戦争している場合ではない、といった声はどの国でも聞こえてきます。とくに貧しい国や、貧しい階層の人たちは、だったら自分は逃げると言って国外に出ていってしまう。これが移民や難民を増やしている原因でもあります。
パレスチナから見るとアラブ諸国がいかに頼りないか、という話をしましたが、案外、アラブ諸国の人たちは、とても戦争できる状況ではないと冷静に見ているとも考えられます。
ですから、このまま行くと、パレスチナの状況はますます悪くなっていくでしょう。それを止められるのは先進国、つまり安全保障理事会の常任理事国しかありません。しかし、それがまったく機能していない。
国連は今、国際紛争を解決する場としては、何の役にも立っていません。5つの常任理事国のうち、どこか1つが反対すれば、決議はすべて葬られてしまいますから。時間はかかるでしょうが、このシステムから変えるしかないと思います。
──現在、ガザで起きている悲劇はどうすれば止まるのでしょうか。安全保障理事会の改革を待つのは、あまりに遅いですよね。
イスラエルの攻撃力をなくすには、石油を止めればいいんです。イスラエルは地中海に面した小さな国で、石油が採れないからです。
イスラエルの石油は、おおむねアゼルバイジャンから来ています。そして、その石油はトルコの港から運ばれています。トルコはイスラエルとの貿易をほぼ完全に止めていますが、アゼルバイジャンが友好国であるイスラエルに売る石油については止めていません。
トルコは今、慎重に考えていると思いますが、もしトルコが石油を止めたら、イスラエルのエネルギーは干上がるので、これ以上戦争を続けることはできなくなります。
あるいは今、ネタニヤフ政権がイスラエル国内で評判が悪くなっているので、かすかに残るイスラエルの民主主義によってネタニヤフ政権が打倒されること。戦争を終わりにするには、このどちらかしかないでしょうね。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】内藤正典と語る「『分断を乗り越えるためのイスラム入門』から学ぶ現在の中東情勢」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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