実家の墓問題に悩んでいたら、近所の家の倉庫の屋根が飛んできて家に突き刺さった…というアクシデントに見舞われた宮田さん。(前回記事はこちら)
そもそも「還暦になったし、筋トレして”運気を上げよう”」というのが、本連載のスタート地点だったはずが、何もかも上手くいかない…!?
* * *
歳をとって体にいろいろなガタがきているなか、顕著に影響が出ている部位のひとつが目だ。右目の視野がなんとなくぼやけるようになった。視力が衰えたのは仕方ないとしても、なんだか雲のような霞のようなぼやけたものが、視野の中央に常にわだかまっているのが気になる。
それで眼科に診てもらったのである。眼科なんて、ものもらいのときとか、目に何か入ったまま取れなくなったときぐらいしか行ったことがなかった。あらたまって診てもらおうと思うと、これまで何のケアもしていなかったことへの不安が頭をよぎる。もしかして重大な問題が隠れているのではあるまいか。
行ってみると、目を調べるだけでもいろいろな機械がある。目に空気を吹き付ける機械とか、暗闇で目をあっちに向けたりこっちに向けたりして何かを撮影する機械とか。それらを使ってひと通り検査してもらった。調べた結果、開口一番、先生が言った。
「剥離が起こってますね」
ええっ!
ゾッとしたのである。
剥離って、網膜剥離? もしかして失明の前兆?
知識がないので未来が予測できず、恐怖で震えた。網膜が剥離って、終わってるだろう。さらばおれの右目。今までよくがんばってくれた。これからは生き残った左目とともにつつましく生きていくしかない。
と落ち込んでいたところ、先生は全然深刻な様子もなく、風邪ぐらいの感じで、淡々と図で説明し始めた。
結論からいうと、放っといてもいいらしい。
ほんまかいな。網膜剥離ですよ先生。何か間違えてませんか。
よくよく聞けば、剥離しているのは網膜ではなく、眼球内を満たしている硝子体と呼ばれる物質だそうで、これは老化とともに網膜から剥離していく場合があるらしい。今は網膜と完全に剥離しないまま中途半端にくっついているから、その部分で像が乱れて、霞のようなものが見えているとのこと。
んんん、目について何の知識もないけど、そういう気楽な話でいいのだろうか。よくボクシング選手が試合後、網膜剥離と診断されたなんて聞くと、選手生命が終わったかのような印象を受けたものだが、今回のはそれより段違いに低い深刻度ということ? 下半身の筋肉が緩んで頻尿になったとか、おならが出やすくなったとか、そういうレベルの話ですか? そんなわけで硝子体は剥離していたものの、何の薬も処方されずに帰って来た。
何となく腑に落ちないが、依然視界がモヤモヤして気が晴れないため、今ではさらなる硝子体の剥離を待ち望むような気持ちになっている。本末転倒のような気もするが、還暦を過ぎると体の具合に対応した新しい心構えが必要だ。
と思っていたら、数日経ったある何でもない朝のこと。
今度は、目が覚めた瞬間、いきなり体がしんどかったのである。
このところ朝から疲れていることが多いのは感じていたが、今回は尋常ではなかった。動きたくない。というか自分を動かせる気がしない。
直前まで眠っていて、起きた瞬間もう動けないって、いったいどういう事態であろうか。
眠っていたのは、5~6時間ぐらいだった。少し睡眠時間が短いが、私の場合昼寝もしているので、毎日そんなもんである。昨日何か激しい運動でもしたっけ? と思い出してみたが、いたっていつも通りの1日だった。
では、なぜ起きた瞬間から全身が重いのか。
理由はわからない。わからないが、なんとなく心配である。何かの病気が隠れてるんじゃないか。
熱はない。頭痛もない。咳が出たりもしていない。ただ重い。起き上がるのも面倒というか、自分が起き上がる仕様にできていない感じがする。私はもともと起き上がる生物であったのか疑問だ。
いやいや、起き上がる生物であった。惑わされてはいかん。
ちゃんと体が動くか不安になり、起き上がってみた。ふつうに起き上がることができた。手も足も動くし、しんどいなりに立ち上がることができる。
そのままキッチンに下りていき、朝食をとったら少し回復した。といってもハツラツとした元気はなく、依然動くのが面倒くさい。本当に私はもともと動く生物であったのだろうか。ホヤみたいに岩にはりついてじっと生きる生物だったのではないか。
症状の原因として思い当たる節がまったくないので心配になり、健康診断に行こうと考えたのである。そう決心したとき、あることを思い出した。
まさに前回の厄年に近い45歳頃、急に体がきつくなり心配になって病院で診てもらったことがある。すると、いろいろと検査した後、先生から、異常はありません、まあ、老化ですね、とあっさり言われたのである。
「本当にそれだけなんでしょうか。めちゃめちゃ体が重いんですが」
「それが老化です」
そして今、次なる厄年が近づいている。42の次は61。厄年=体力の境界説に従うなら、体がもう一段重くなってもおかしくない年だ。
検討の結果、私は今の症状の理由をこう結論付けた。
真の老衰。
おれも歳をとったなあ、というレベルの社交辞令的な老衰ではなく、まごうかたなき純粋ピュアな老衰。今すぐ死ぬわけではないけれども、今すぐ死んでもおかしくないぐらいの。
還暦になってから、今まで以上に疲れやすくなった気がしていたが、それはほんの序の口で、今日ついに還暦のリアルが始まったということではないだろうか。
念のため、健康診断には行っておこうと思うが、結果はなんとなく予想がつく。データ的には、ところどころの数値がちょっと基準をはみだしているぐらいで、運動せよとか節制せよとか言われて終わりだろう。過信は禁物なので一応調べてみるけれども、たぶんそんな気がする。
(後半へ続く)
衰えません、死ぬまでは。
旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。
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