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本屋の時間

2017.06.01 公開 ポスト

第13回

本が売れると嬉しいわけ辻山良雄

(photo : 齋藤陽道)

 本屋にとっての特別な時間は、大抵は本が売れた時から始まります。どんな本が売れても嬉しいのですが、ずっと長い間そこにあり、「どうしようかな」と思っていた本が売れた時など、気持ちの良いものです。棚を見ている時に「ずっとこの本ここにあるけど、そろそろ返品しようか……」とぼんやり思った日に、その本が売れていくような、ジンクスめいたこともしょっちゅうあります。

 その本のことをどこかで気にかけると、それが不思議と手に取られるということはあるものです。この間も「植本一子の本を買う人は、大概が一人で来店した女性、それも決まって静かにそっと本を出される……」という書評文を書いている横から『家族最後の日』(太田出版)をお持ちになる女性がいたので、「見てたの?」と一人で可笑しくなってしまいました。

 

 

 本が売れるのが嬉しいのは、もちろんそれが売上に繋がるからということもありますが、本屋の立場からすれば、「本は売れてこそ、その役割を全うした」ということが言えるからだと思います。棚に一冊ずつ並べられている本は、それを読んでくれる人を常に待っています。どんなにその本の中に良いことが書かれていても、それを読む人がいなければ、その本はまだ完結したとは言えないでしょう。難しい、マニアックだなどの理由から「この本、誰が読むのかな」と思いながら仕入れた本でも、それが誰かに売れていけば、出合いの確率が稀なだけに、見ている私も嬉しくなります。

 また本屋では、基本的には本の売り買いを通してしか、人との関係を持つことが出来ません。その店に入ってきた人は本を買うことではじめて「その店のお客さま」になるし、私もはじめて「本屋の店主」になれます。本を買う/売るだけの関係ですが、買わずに店を出ていかれる人とは、その関係は存在しません(だから少しだけ淋しく思うのです)。もちろんどこの店で何を買おうともその人の自由ですが、誰かから何かを買うことには、自分を少し差し出すようなところが常にあります。そうして出来た関係から、世の中が明るく循環していけばよいと、店を開いて思うようになりました。

 

 今回のおすすめ本

『ヒップな生活革命』佐久間裕美子(朝日出版社)

 ニューヨーク在住の著者が、アメリカ人の消費に関する意識の変容をリポートした。地産地消、「買うな」とうたう企業の広告、戻ってきたレコード熱……。どこで何を買うかは、その人の社会行動である。その最前線。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年2月21日(金)~ 2025年3月11日(火)Title2階ギャラリー

『のみ歩きノート』『へたな旅』刊行記念 牧野伊三夫原画展

画家の牧野伊三夫さんが、昨年11月に刊行した2冊の単行本『のみ歩きノート』と『へたな旅』。この度Titleでは、2冊の刊行を記念した原画とスケッチの展示を行います。そのほか近作版画作品や絵付け皿、日田のまな板、オリジナル活版絵葉書集等の展示販売も行います。ぶらり各駅停車ですきな街まで出かけ、さぶんとお湯につかったら、気のおけない店でゆるゆる一杯――そんな牧野さんの日常が伝わる展示です。ぜひお運びください。


◯2025年3月3日(月)Title1階特設スペース 19時30分スタート

「のんで、旅して」
牧野伊三夫トークイベント

「『のみ歩きノート』『へたな旅』刊行記念 牧野伊三夫原画展」開催期間中の3月3日(月)、牧野伊三夫さんをお迎えしたトーク「のんで、旅して」を行います。牧野さんの旅のたのしみかた、お酒ののみかた、絵を描くことについてなど、思いつくままのんびりとお話します。聞き手はTitleの辻山良雄が務めます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

NEW!!

『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)

 

◯【お知らせ】

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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