「イエス・キリストは仏教徒だった」。一見、怪しげな説ですが、元外務省主任分析官・佐藤優さんとの共著『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』を出版した、歴史学者で東京大学名誉教授の本村凌二さんによれば、何らかの形でイエスが仏教思想に触れた可能性は高いといいます。その根拠と、そもそも宗教はなぜ生まれたのかという疑問について解説していただきました。
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宗教はどのように誕生したのか
── 歴史教育において古代史が軽視される傾向にありますが、先生は古代史を学ぶ重要性についてどうお考えですか?
近現代史が重視されるのは、ある意味、当たり前だと思います。現代に生きている人間なら、身近な時代をどうしても念頭に置くものですから。ただ、古代史を軽視するならまだいいけれども、無視するのは非常にまずいと思います。
というのも、人間の文明史は5000年ありますが、そのうち4000年は古代史だからです。文明史において、古代史というのはそれだけの厚みがあるわけです。
今、世界で起きているロシア・ウクライナ戦争や、イスラエル・ハマスの武力衝突も、それらがなぜ起きているのか、古代までさかのぼって考える必要があります。根底にある宗教の問題や社会・習俗の問題を見ずに、いま目の前で起きていることだけを見ても、本質を理解することはできません。
これこそが、人間の教養であり知恵だと思うんです。現代を知るためにも、古代史を無視しないでもらいたいですね。
── 宗教はそもそもどのように誕生したのか、先生はどうお考えですか?
かつて心理学者の岸田秀さんと、何度か手紙のやり取りをしたことがあります。その中で岸田さんは「人間は本能が壊れた動物である」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。
人間以外の生物は、文明や文化をつくることはできません。一方で、本能のままに生きていれば、人生の迷いに陥ることもありません。ところが、人間は脳が発達したため、本能が壊れてしまった。
壊れた本能をどう規制すればよいのか。自分をどうコントロールすればよいのか。自分の意思で規制するのは難しいことです。ですから、外圧とでも言いますか、自分の外に何らかの超自然的な力が存在して、それによって自分を規制することが求められるわけです。
そのとき必要になるのが、神、あるいは神々といった存在です。サルやブタといった動物が神を信仰しているなんて話は、聞いたことがありませんよね。人間だけが、なぜかそういう存在を持っている。
壊れた本能を、何らかの方法で補わなくてはならない。あるいは、つくり直さなくてはならない。そのときに、信仰というものが非常に重要になってくるのではないかと思います。
イエス・キリストは仏教徒だった?
── 本書では、初期のキリスト教と仏教には似通った点があるというお話もありました。
聖書には「汝の敵を愛せよ」とか、「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」といった有名な言葉があります。こうした言葉が、当時のイスラエルの地域で突然生まれたとは、少し考えにくいんです。
中には、イエスは仏教徒だったという極端な説もあります。私はこの説に全面的に賛成しているわけではありませんが、何らかの形でイエスが仏教思想に触れた可能性は非常に高いと思っています。
仏教が大きく広まったのは、古代インドの王・アショーカ王の時代です。アショーカ王は相当無惨なことをやってきた人ですから、悔い改めの念もあって世界各地に仏教僧を派遣したんです。
その仏教僧が、エジプトまで来ていたという記録も残っています。ということは、イエスがいたイスラエルの地域はその途中にありますから、イエスが仏教に触れていたとしても不思議ではない。
そう考えると、イエスが仏教徒だったという説もありえなくはありません。本書の対談でも、佐藤優さんに多くの部分を同意していただきました。
── 今、海外で起きている戦争・紛争や、国内でも旧統一教会の献金問題などがあった影響で、宗教というのは危険なものだと思っている人も多いと思います。こうした誤解を解くためには、何が必要だとお考えですか?
4月から、『地中海世界の歴史』(講談社)という本を全8巻で出す予定です。その第1巻が、「神々のささやく世界」というタイトルなんです。
つまり、今から3000年前、4000年前の人間は、神々のささやく声が聞こえていたのではないか。そうして、壊れた本能を補っていたのではないか。このタイトルには、そんな意味合いが含まれています。
神々のささやく声が失われるにつれて、人間は激しく対立するようになりました。先ほど言いましたように、本能が壊れている人間には、自分を規制する何かが必要です。では、どんな形で壊れた本能を補えばよいのか。
私たちはイエスが「汝の敵を愛せよ」と言ったように、あるいは仏教の思想にあるように、対立ではなく、人のために尽くすことで補っていかなければいけないと思います。
そうしなければ、いつまでも宗教が戦争の原因になったり、お金集めの手段に使われたり、新しい腐敗が生まれたりするでしょう。こうした悪い方向に走らないような手段をどうやってつくっていくか、それが重要だと思います。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】本村凌二と語る「『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』 から学ぶ人間と宗教の在り方」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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