話題の新刊『関東大震災 その100年の呪縛』を上梓した、民俗学者で編集者の畑中章宏さん。「歴史は庶民がつくる」をモットーとする畑中さんは、当時の権力者が一流の仏師につくらせた仏像より、庶民が信仰した石仏や木像などに魅力を感じると語ります。教科書に載っている「大きな歴史」からこぼれ落ちた、民俗学の面白さを教えていただきました。
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歴史は庶民がつくるものである
── そもそも民俗学とはどのような学問なのでしょうか?
今回の本の少し前に、民俗学者・宮本常一を描いた『今を生きる思想 宮本常一』という本を他社から出版したのですが、その本には「歴史は庶民がつくる」というサブタイトルをつけました。この「歴史は庶民がつくる」というのが、自分の考え方の基本となっています。
呉座勇一さんのベストセラー『応仁の乱』あたりから、世間では「歴史本ブーム」が起きているように思います。テレビでも、大河ドラマはもちろん、歴史を扱ったバラエティ番組や教養番組が増えているように感じます。
ただ、僕は昔からちょっとひねくれ者なので、そういう本を読んだり、テレビ番組を見たりしていると、疑問を覚えることがあるんです。
たとえば応仁の乱なら、武将や兵隊にばかり注目が集まって、彼らのためにお米をつくっていたお百姓さんはどこにも出てきません。そうした人々は近世以降、「何の何兵衛からこういう年貢を取った」という庄屋さんの記録の中にしか出てこないんです。
でも、そうした人々が、僕らの先祖だったりするわけです。実際、僕の先祖の場合も、父方にしろ母方にしろ武士でなかったことは明らかで、名もなき人々の末端に僕は存在しています。なのに、どうしてそういう人々は描かれないのか。昔からずっと疑問を覚えていました。
文字として残っている「大きな歴史」がある一方で、市井の人々はどんな暮らしをしてきたのか、どんなことを考えてきたのか、どんなものを信仰してきたのか。それを考えるのが、民俗学の重要な役割だと思っています。
── 今回の本でも、下町と山の手、東北と東京、地方と中央といったように、すべてを一括りにするのではなく、多様性を重んじていらっしゃいますね。
日本列島は北から南、東から西まで、地形的にも非常にさまざまですし、文化的にも非常にさまざまです。たとえば「宮城」と一口に言っても、海沿いの地域もあれば、山奥の地域もある。川沿いもあれば、島だってある。宮城の民俗文化といっても一様ではないわけです。
それらすべてを把握することはできないにせよ、ある一様な見方をするのではなく、つねに多様性に開かれた見方をすることは、民俗学の基本的な姿勢の一つです。
先ほどふれた宮本常一が、民俗学で果たそうとしたことにも通じます。日本列島には、いろんな生業を営んでいる人がいる。都市もあれば、地方もある。中央もあれば、周縁もある。非常に多様性に富んでいる。しかもそれは、時代によってどんどん変化している。
民俗学者というと、柳田国男とか折口信夫の名前が出てくるかもしれませんが、宮本常一も非常に重要な人物です。宮本常一の思想を僕は学ぼうとしているし、これからも大事にしたいと思っています。
重要文化財より面白いものがある
── 畑中さんが民俗学に興味を持ったきっかけを、改めて教えてもらえますか。
自分は民俗学を専門的に勉強したわけではありませんが、学生時代からずっと独自に勉強してきましたし、仕事をするようになってからもずっと勉強し続けてきました。
もともと中学生のころから仏像が好きで、趣味といえば仏像めぐりでした。ただ、重要文化財になるような仏像は、当時の貴族や、武将や、天皇家が、一流の技能を持った仏師につくらせたものです。
もちろん、それはそれで好きなのですが、一方で庶民が信仰した石仏や、小さな祠にお祀りされている木像も、興味を持って見るとすごく面白いんです。
立派な仏像がある神社やお寺がある一方、かつての庶民はこうした素朴な神さま、仏さまににすがることで心安らいだり、日々の悩みを解消したり、あるいは病気を治してもらおうとしたりしていたのだと思います。
自分のお父さんも、お母さんも、おじいさんも、おばあさんも、そういうふうにして日々を暮らしてきたんです。それは今でも続いているし、これからも庶民はそのようにして日々暮らしていくんだろうなと思います。
結局、自分にとってすごく身近なことをずっと考えてきたし、考えていこうとしているんだろうなと思いますね。
── 最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災から、今年で100年の節目を迎えます。僕だけでなく、多くの著者、出版社が着目されることと思いますが、おそらく他の出版物とは毛色の違ったものになっていると思います。
関東大震災をただの点として捉えるのではなく、その後の歴史でくり返されてきた災害の起点、さらには日本の近代史、現代史の起点として捉えていること。関東大震災が持っている今日性を中心に考えていること。
その意味で、かなり変わった本というか、ユニークな本になっていると思います。ぜひ、手に取っていただければと思います。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】畑中章宏と語る「『関東大震災 その100年の呪縛』から学ぶ大震災の捉え直しと民俗学」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』はこちら
書籍『関東大震災 その100年の呪縛』はこちら
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