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歌舞伎町で待っている君を

2024.05.14 公開 ツイート

解き放たれた“嫉妬”と“野心” どこに繋がるかわからない「やばい橋」を渡りはじめる SHUN

歌舞伎町のホストで歌人で寿司屋のSHUN。下町ホストクラブでのこの夜が、何かを決めたのかもしれない。

(写真:Smappa! Group)
 

#9下町ホスト

思春期が何かも把握できぬままそれを抜け出そうとしている私にとって特に意味をなさないノスタルジーの歌がようやく終わりを迎えた

盛大に掌を叩く行為は、美しい青年に向けられ、私に向けられることはなかった

ホストとして正しく悔しがることができない私は、気まずさと枯渇した思考の間で次の言葉を探していた

君は先ほどと変わらない冷静な表情でドンペリニヨンを飲み進めている

そこに一人の新人らしきホストが席を訪ねてきた

失礼しまーす! お席ご一緒してよろしいでしょうか?!?!

顔は季節外れにこんがりと焼けていて、やや長めの黒髪に金色のメッシュが無造作に散りばめられている

鼻が高く、ぱっちりとした目は顔中央にやや寄りすぎている

襟足は乱雑にくるりとカールし、脱色した箇所が良く目立つ

テカテカの黒いスーツを纏い、白いワイシャツの隙間から羽根のようなゴツいネックレスを覗かせている

テンションが高い割に礼儀正しく、コミカルな雰囲気の男は、フロアに片膝をつけたまま、グラスを掲げている

数秒の間、私と君の顔色をキョロキョロと窺う

君は微かに笑いながら、どうぞーっと優しく迎えた

 

ありがとうございます!!
今日初日なんすよー!
名前、シュンくんっすよね?
そうっすよね!
シュンくん先輩っすけど、ほぼ同期っすね!
なんか心強いっす!
よろしくっす!
姉さんもよろしくっす!
あっ、姉さんって呼んでいいっすか?
失礼だったらすみません!
いいすか?
うっす!
ありがとうございます!!

いちいち話すたびに手がパラパラを踊るようにクネクネと動いている

君はそれを見ながら笑っていた

この酒、ドンペリっすよね?!
オレも、これ飲んでいーすか?!

君はどうぞどうぞとパラパラ男に勧める

 

パラパラ男は小指を立てながら一気に飲み干して、うめぇーーーーと奇声に近い音を発した

話を聞くと連日のクラブ通いのせいで、鼓膜の調子が悪く、声量のバランスが取れないらしい

パラパラ男の出現によって、私の枯渇した何かに水滴が垂れ、下がり気味だった口角が重力に反抗し始めた

反転することのない黒い砂時計のように残り僅かなドンペリニヨンが終わりを告げる水滴を君のグラスの底に鏤めた

暫くして退店を促すために店内の照明が明るくなり、ホスト達の輪郭が浮き彫りになる

序盤から張り切っていたホスト達は真っ赤な顔で寝巻きのようにスーツを扱い、それぞれ最後まで席を盛り上げる

小蝿達は、そそくさと姿を隠し、皺皺のワイシャツに煙草の煙を纏わせていた

三人でのクネクネした会話は終わり、黒い革に包まれた伝票が運ばれてきた

黒服から君が受け取って、両手でゆっくり開く

ちらりと横目で見ようとしたら君は伝票をさっと私に渡した

 シュンくんから私に伝票を渡して
 しっかり数字を見てほしい
 それが今日のシュンくんの価値だから

 

私は、0が右に広がってゆく数字を確認し、表情に困った表情で君に渡した

 完璧な男、期待してるから

先ほどの伝票入れが虚しくなるほど、立派な革で作られている財布から、皺ひとつないお札を一枚ずつ取り出す

束になったお札を私に渡して、確認してと君の柔らかそうな赤い唇が告げた

目が廻りはじめたが、パラパラ男の手前、なるべく無表情で烏賊の薄皮を剥くように数えた

数え終わったお札の束を伝票入れに挟み、店長に渡す

店長は一言お前やるなーと生気を失った瞳を開きながら、均一な音が私の鼓膜を摩った

パラパラ男はクネクネと礼儀正しく席を抜け、送り出しの時間になった

他のお客様が扉の前で簡素な渋滞を起こす

多数の香水と酒の匂いが混じり合い、ホストクラブの香りを私の脳が記憶している頃、かなり酔った様子の美しい青年が静かにやってきて、私に聞こえないくらいの声量で君に呟く

もう昔の僕じゃないですから
見てて下さいね

君はニコリと口角を上げて、美しい青年の言葉を飲み込んだように見えた

霞んでいた嫉妬心は、青空に解き放たれ、恥ずかしいくらい熱を放つ太陽のような野心に変わった

汗ばんだ右の掌で扉を開ける

君は私の手を引いて、誰もいない路地へ向かう

ホストクラブの香りが消えて、ごみ収集車を待つ生塵の匂いと私の体内から漏れ出す酒の香が鼻を突く

人の気配を確認してから、ねっとり振り向いた君は私の唇に頭をつける

 さあ、シュンくんキスして

  え、 

一つの音しか発せられないまま、君の唇が近づく

そのまま何も考えられず、素早く水分を失った私の唇を重ねた

君は私の唇をじっとり咥えるように舐めて、舌入れてよと吐息混じりに言った

私は強引に君の口内に突っ込んだ

すると溜息と同時に君は私の舌を抜いた

それ自分がされて嬉しいことじゃないでしょ?

出遅れた私を置いて君は静かに日が昇る方へ歩いて行った

後ろから、パラパラ男が近づいてきた

すいませーん! 隠れて見てましたー!

シュンくん沼の底近そうですけど、大丈夫っすか?

 え?

なんとなくっす!

 俺もわかんねーよ

オレもご一緒しますよ!

 は?

沼のどこかに橋があるはずっす!
やばい橋すけど
オレも渡るとこなんで
一緒にいきましょー

 お前すげーな

このやばい橋の先はどこに繋がってるんすかね?

 ねぇ、聞いてる?

 

海の見えぬ浅い階段降りてゆく海の匂いの木箱を抱いて

 

ジョンフルシアンテのカッティングのごと8ビートで刃を研げり

 

若魚の鱗剥ぐたび淡桃に染まれる指を塩素で洗う

 

飛魚を整列させて丁寧に頭を撫でて首を落としぬ

 

新しい下着をめくり淡桃の素肌にそっと口づけをする

(写真:SHUN)

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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