不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場トイレでの自慰行為がバレて解雇……。何度も損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態になることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっている。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。
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性依存症は「治る」のか?
性依存症が疑われる場合は、まず依存症専門外来のある精神科に行くことをおすすめします。ただ薬物やアルコール依存症の専門外来は少しずつ増えてきましたが、性依存症となると専門機関を探すのに苦労するかもしれません。その場合は、後ほど説明する「自助グループ」を訪れてみるのもよいでしょう。
よく「性依存症は治るのですか?」という質問を受けるのですが、依存症に回復はあっても完治は困難です。まずは、専門治療や回復の場につながることが重要です。また、「風俗は二度と行かないぞ!」「マスターベーションはなにがなんでも我慢だ」などという気合いや根性では長続きしません。強くなることとやめ続けることは別問題なのです。
医療機関での性依存症の治療
私が勤めるクリニックでは、セックス依存症だけでなく、痴漢や盗撮、小児性暴力など犯罪性のある性依存症も含めた性依存症専門外来「SAG(Sexual Addiction Group-meeting)」を2006年5月から行っています。これは開設当時、民間の医療機関では日本ではじめての試みでした。
とくに性加害の問題でハイリスクな対象者には、デイナイトケアプログラムを取り入れています。デイナイトケアは外来治療の枠組みのひとつで、対象者の疾患に応じたさまざまなグループ精神療法に参加することによって新たなストレスへの対処方法を学び、生活にリズムを作り、社会復帰の促進を図るための包括的なプログラムです。同時に家族からの相談にも応じながら、必要な支援を行っています。
月曜日から土曜日までの6日間のなかで再犯リスクに応じて来所日数とプログラムの密度を決め、9時から19時まで丸一日かけてプログラムに取り組みます。デイナイトケアでは、精神科医、看護師、精神保健福祉士、臨床心理士(公認心理師)、ケアワーカーなどさまざまな専門職スタッフがチームを組んで対応しているのも特徴です。
SAGは、再発防止モデルを主体とした認知行動療法、依存症について学ぶ心理教育やグループミーティング、運動療法、薬物療法を組み合わせて行います。音楽療法、和太鼓、よさこい、ヨガなど芸術行動療法も行い、ストレスへの対処法の選択肢を増やしていきます。
治療では医師の診察やコメディカルスタッフとの関わりも大切ですが、やはり効果的なのはグループミーティングに参加して、自分の体験を正直に話すことです。クリニックでは外部の自助グループとも提携していて、回復を続けている「先行く仲間」からの体験談を聞くこともできます。
性依存症の症状に苦しむ人のなかには、社会人として働いている人もいるでしょうし、治療のために仕事を長期間休むことはなかなか難しいかもしれません。主治医と相談しながら、週1回・4か月で1クールのリカバリー・アディクション・プログラム(RAP)に通っている人もいます。
治療と仕事の両立は、依存症者にとっても大きな課題です。主治医やスタッフと相談しながら、なるべく通院が長期間継続できるようなサポート体制を作っていけるように工夫していきます。
依存症の回復に欠かせない「自助グループ」の存在
性依存症の治療で、自助グループが果たす役割は非常に大きいものがあります。とくに不特定多数との性関係がやめられず損失を繰り返しているセックス依存症当事者にとって、自助グループは大きな存在です。
自助グループとは、依存症など同じ問題を抱える人やその家族らが主体的に集まり、似たような立場や経験を持つ仲間と出会い、交流し、体験談を共有する場です。仲間と性の問題や感情、情報や知識、経験を分かち合うことで気づきや癒やしを得て、今日一日やめていける力がわいてきます。
依存症の回復は、「自分で責任を引き受けていくこと」が重要です。たとえばクレプトマニア(窃盗症)なら、自分の財布からお金を出して支払うこと。もちろんその結果として手持ちの現金は減ります。摂食障害なら、たとえ過食しても吐かないこと。その結果として体重が増えます。これが責任を引き受けるということです。
しかし、医師―患者という関係が前提となる医療モデルのアプローチだけでは、利害関係や力関係が伴って自分で責任を引き受けることが困難なことがあります。「この先生のために自分は酒をやめるんだ」「この先生の方針に従っていれば大丈夫だ」というように、権威が対象だと依存関係が生まれやすく、結果的に患者は医師に責任を転嫁してしまうリスクがあるのです。
もちろん離脱症状や精神症状が活発な急性期のときは、入院治療や薬物療法も必要ですし、回復の道のりのなかでは医療的なアプローチが中心になる時期もあるでしょう。しかし、「依存症からの回復は生き方の回復」といわれているように、医療モデル主体のアプローチだけでは限界があるのも事実です。
性依存症の自助グループ「SA」と「SCA」の違い
現在、日本における性依存症の自助グループには、主にSAとSCAがあります。
SAは「Sexaholics Anonymous=無名の性依存症者の集まり」、SCAは「Sexual Compulsives Anonymous=無名の性的強迫症者の集まり」の略語です。
SAとSCAの大きな違いは、セックスやマスターベーションとの関わり方です。
SAでは、配偶者以外とのセックスは再発(スリップ)とみなされ、禁止されています。また、マスターベーションも「自分とのセックス」であるとして禁じています。
一方、SCAでは「ソブラエティ(性的しらふ)の概念は個人に委ねられる」というルールがあります。人によって再発に直結するトリガー(引き金)は多様です。マスターベーションがトリガーになる人もいれば、風俗に行くことがトリガーの人もいる。SCAでは、個々人が自分の「性的回復計画(セクシュアルリカバリープラン)」を立てて、自分の問題行動に合ったルールをもうけるのです。
性依存症者のなかには、SAとSCAの双方に通っている人もいます。マスターベーションを禁止していないSCAと禁止しているSA……というように、ひとつの依存症のなかにソブラエティの考え方が異なる自助グループが共存しているのは、性依存症だけではないでしょうか。薬物依存症なら断薬、アルコール依存症なら断酒と、回復への方針や考え方はひとつであることと比べて、特徴的な点といえるでしょう。
ちなみに、私が勤務するクリニックではおおむねSCAのルールを採用していますが、マスターベーションに関しては、やめることを提案することもあります。否定的な感情を解決するためにマスターベーションを使ってきた人は、それが性加害につながったりするケースもあるため、話し合いながらその扱いを決めていきます。
どうしても性の話はデリケートですし、相談できる専門機関が少ないのが現状です。そして残念ながら、性依存症というと「性欲の強い変態」というような偏見がつきまとうのも事実です。また、医療機関は診断がつかないと医療保険を利用して通うことができませんが、自助グループには診断の有無にかかわらず、性的な問題行動があって、それを自分でやめたいと思っている人は誰でも参加できるという間口の広さが魅力です。「やめたくてもやめられない」と思っていれば、誰でも参加できるのです。
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続きは幻冬舎新書『セックス依存症』をご覧ください。
セックス依存症
不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。