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量子で読み解く 生命・宇宙・時間

2022.02.17 公開 ポスト

生命現象と物理法則の融合。「量子論」が19世紀の常識を覆した吉田伸夫(理学博士)

物質や光などを極限まで小さく分けた最小単位を「量子」と呼び、私たちの身の回りにある物質は全てこの量子からできています。しかし量子には謎が多く存在し、そもそも量子が一体どのような姿をしているのかもわかっていません。教科書を開けば「量子とは波であると同時に粒である」という一見して矛盾した記述がされており、多くの学習者を悩ませてきました。量子の世界で、一体何が起きているのでしょうか。発売後たちまち重版となった『量子で読み解く生命・宇宙・時間』の一部を抜粋して紹介します。

生物の営みを支配する特別な物理法則が存在する?

多数の原子が結合した巨大な分子は、さまざまな作業を行う精密機械であり、その機能は、人間の技術が到底及ばない水準にある。

自動車のエンジンは、筐体内部で気化したガソリンを爆発させ、その勢いでピストンを押し出すことで移動のためのエネルギーを生み出す。

炭素化合物の分子に蓄積された化学エネルギーを利用する点は、生物の場合と共通するが、爆発によって運動エネルギーに変換するという荒っぽい過程を経るため、ガソリンに含まれるエネルギーのうち移動のために利用できるのは、せいぜい20~30パーセントである。

(写真:iStock.com/Ninel Roshchina)

これに対して、バクテリアが移動の際に使う鞭毛は、エネルギー効率が遥かに高い。細胞膜内外でのイオンの濃度差を利用して、らせん状のフィラメントをプロペラのように回転させる分子モーターを駆動しているのだが、イオンの流れが持つエネルギーの90パーセント以上を活用している。

精密な分子機械を活用することで初めて可能になる生命の営みは、前近代の人々にとって、ほとんど理解できない代物だった。歯車やゼンマイのような巨視的な物体を組み合わせて駆動させる機械類は、たとえ最高水準の技術を駆使したものであっても、生物が実現する機能に遠く及ばない。

このため、19世紀頃まで、生物は通常の物質とは異なる法則に従うという生気論が、根強く信奉されることになった。

(写真:iStock.com/gorodenkoff)

生命活動を支える量子論

現代では、こうした生気論を信じる科学者はいないだろう。生命活動が物理学によって完全に解明された訳ではないにしても、光合成や神経興奮における物質的なプロセスがかなりのレベルまで明らかにされ、生命が物質と同じ物理法則に従っていることは、ほぼ確実になった。

ただし、生命が従う物理法則は、「物体は加えられた力に比例する加速度で運動する」といったニュートン力学とは、本質的に異なる。ニュートン力学では、風紋の模様を作ることはできても、精密機械のように作動する分子を生み出すことはできない。

もし分子がニュートン力学に従うのなら、水分子が常に一定の形を保つことなどありそうもない。原子が押し合いへし合いしながら動き回っているのに、すべての力がうまく釣り合うようなメカニズムは、想像することも難しい。

いくつもの原子から構成される分子が安定な構造を維持し、複雑な反応を実現するのは、原子レベルの物理現象を支配するのが、量子論だからである。生物が示す複雑精妙な現象を説明するのに、生気論は必要ない。こうした現象は、量子論によって解明することができる(はずである)。

量子論は、生物であろうとなかろうと、原子レベルのあらゆる現象を支配する。

関連書籍

吉田伸夫『量子で読み解く生命・宇宙・時間』

生命は活動し、物体は形を持ち、時間は流れる。物質や光の最小単位・量子は、これらのあらゆる現象と関わりを持つ。だが量子には謎が多く、運動方程式など、私たちが住むマクロ(巨視的)な世界の物理法則が通じない。その正体すら判別できず、教科書でも「粒子であり波でもある」という矛盾を孕む説明がなされる。本書では「粒子ではなく波である」という結論から出発し、量子を巡る事象の解明に挑む。細胞の修復、バラバラに砕けない金属、枝分かれしない歴史……こうした世界の秩序は量子が創っていた――。日常の見え方が変わる一冊。

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量子で読み解く 生命・宇宙・時間

2022年1月26日刊行の『量子で読み解く 生命・宇宙・時間』の最新情報をお知らせいたします。

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吉田伸夫 理学博士

1956年、三重県生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。理学博士。専攻は素粒子論(量子色力学)。科学哲学や科学史をはじめ幅広い分野で研究を行っている。ホームページ「科学と技術の諸相」(http://scitech.raindrop.jp/)を運営。著書に『明解量子重力理論入門』『明解量子宇宙論入門』『完全独習相対性理論』(いずれも講談社)『宇宙に「終わり」はあるのか』『時間はどこから来て、なぜ流れるのか?(ともに講談社ブルーバックス)、『光の場、電子の海』(新潮選書)、『素粒子論はなぜわかりにくいのか』『量子論はなぜわかりにくいのか』『科学はなぜわかりにくいのか』『この世界の謎を解き明かす 高校物理再入門』(いずれも技術評論社)など多数。

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