最近、育児に倦怠気味かもしれない。
たまに独身の友人たちと一緒にご飯を食べる機会などがあり、私がアップトゥデートな話についていけなくてアワアワしていると、皆さん気を遣って「最近子育てどう? 子ども面白い?」と話をふってくれる。これはカラオケで歌わないでいたら歌本とリモコンが回ってくるようなもので、つまりお前オンステージですよと。聞いてあげるわよ親バカリサイタル、というありがたいフリなのだった。せっかくの気遣い、無にしてはならぬと一生懸命面白いところを思い出そうとはするものの、脳内ユーモア検閲官が「そのエピソード、脳外輸出まかりならん」と差し止めするようなつまらない話ばかり。でも「育児って大変!」とは言えても、「子どもつまんない」とはなぜか、言っちゃいけないような気がする。仕方がないのでユーモア検閲官が差し押さえた物件を大げさに盛って、面白エピソード風にお伝えするが、空気は微妙。もちろん大人な友人たちは笑ってはくれるが、なんだか申し訳ない。
娘は今、1歳10ヶ月。2語文ぐらいは言えるようになったが、単語の登録をさぼった『どこでもいっしょ』のトロみたいなもので、そうそう面白いことは言ってくれない。育児マンガなどを読んでいても、ネタになるような面白いことをしでかす子供の年齢はだいたい2歳以上なので、もうしばらくは子供の行状に面白は期待できないのかもしれない。
育児に対する倦怠感をいやましてくれるのが、この時期の子供の寝かしつけ。すぐ寝付く子もいるでしょうが、うちの子の場合は寝付くまで30分~1時間、あるいはもっと。寝かしつけは、お昼寝タイムが長めな保育園に預けているママさんたちの共通の悩みであるらしい。夜早めに寝ないと成長ホルモンが出ないと聞かされれば、ほかはどうでも寝かしつけには必死にならざるをえないのだった。しかしなまじ在宅仕事だけに、ノンキな子守歌を歌ってると「ああ、あれとこれの締め切りどうしよう」「この時間を資料読みや仕事に回せれば……」とジレてジレて仕方がない。やっと寝付いたと思ったのに夫がドアを開けた音で目がパッチリ開いてしまった日には、「せっかく積んだ石をくずしやがって! 三途の川にブチこんでやる!」と鬼にキレる賽の河原のモンスターチルドレンみたいなことになる。
ジレる母をよそに、娘は子守歌をノリノリで合唱。もしかして好きな歌が流れているかぎりは寝る気がないのかも。ある育児ブログで、「低い声で『荒城の月』を歌うといい」という寝かしつけテクが披露されていたので、試してみることにした。すると歌い始めたはしからおとなしくなり、顔を布団に押しつけて寝る体制に。これはいい、と毎晩『荒城の月』責めにしてみたが、だんだん慣れてきたようで、ビクともしなくなってしまった。暗い曲を低い声で歌う母怖さに早く夢の世界へ旅立ちたがっただけで、慣れてしまえばどうということもないらしい。一般的にはこういうとき、「早く寝ないとオバケがでるよ」と脅すのだろうが、何しろ一番始めにハマった絵本が『おばけがぞろぞろ』で、目下もっともお気に入りの絵本『ももんちゃん』シリーズのオバケも気のいいお友達。ローションパックしている母を見て、「オバケ! オバケ!」と笑うくらいなので、ちっとも恐がりはしない。
ある夜、子供が押し入れに向かって「おじいちゃん!」と叫んだ。おじいちゃんとは昨年亡くなった私の祖父のこと。オカルト的好奇心で「おじいちゃん、どこにいるの?」と聞いてみた。ちょっと困った顔で、「おじいちゃん、いないのー」「じゃあ、何がいるの?」「おじいちゃん」「へー、どこにいるの」(以下延々とループ)。すると母の執拗な問い詰めに疲れ果てたのか、すっと寝落ち。おお、こんな寝かしつけテクがあったのか。要は起きているくらいなら寝たほうがマシ、という苦行を与えればいいんだな。
しかし1歳児に聞きたいことなんてそうはない。せいぜい、保育園であったことを聞くぐらい。もっと大局的なことを聞いてみようか。「あんた今後の人生どうするつもりなの?」「今のままでいいと思ってるの?」「10年後、20年後のビジョンはあるの?」「今はまだ本気を出してないだけなんて思ってんじゃないだろうね」「あんたが毎日大食いしてるメシだってタダじゃないってわかってる?」……これじゃニートを難詰するみのもんただ。
いっそ、深遠すぎて答えが出ない大問題を聞いてみるとか。成人の1.5倍はあるというシナプス密度を駆使して、すばらしい答えが導き出されるかもしれない。
「死後の世界とは?」
「木、いっぱいね」
「ビッグバン以前の宇宙とは?」
「2」
「人生、宇宙、すべての答えは?」
「1」
「地球上で最も頭のいい生き物は?」
「ドキンちゃん」
難問をバッサリ即答されてしまった。これでは話の広げようがなく、第一私もよくわからない話題なので、寝かしつけには不適当な設問だったと言わざるをえない。(ちなみに「人生、宇宙、すべての答え」をGoogleで検索すると電卓機能が答えを算出してくれるよ! 元ネタのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』を知らない人は試してみてね!)。
そんな悩みをぼやいていたら、先輩ママさんが「絵本を読めばいい」とアドバイスしてくれた。いや絵本は読んでいるんですよ(子が押しつけてくるので仕方なく)、ただ1歳児がわかる絵本ってすぐ読み終わっちゃうじゃないですか。寝付くまで読むこと、ないんですよねー。
「いえいえ、子供にはまだ難しい長めの絵本をお母さんが選んであげるんですよ」。
なるほど、私も難しい本を読むと眠くなっちゃうし、それは効きそうだ。
そこで選んだのは名作絵本『よるくま』。対象年齢は3~4歳、ラストは就寝オチで、寝かしつけにはちょうどよさそう。さあ読むよ。
「ももんちゃん!」
えーと。
「ももんちゃん!」
開いた絵本の上に自薦の絵本をどっかりおいて譲る気無し。そうだ、そうだったなー、この子が「読み聞かせ」におとなしくつきあったこと、今までなかったよなー。だいたい一方的に本を押しつけてきて、勝手にめくってアレナニコレナニ言ってるだけだもの。長じて同級生の男の子からCDを貸してもらっても、ろくに聴かずにSF小説を貸し付けて恋愛フラグをバキバキ折るタイプに違いない。自分で産んでおいてなんだがふびんよのう。せめて母ぐらいは、この押しつけがましさを受け止めてやらねば。『ももんちゃん』をさっさと読んでやり、再び『よるくま』を開く。
物語が始まるなり、娘は「いっしょ! いっしょ!」と大騒ぎ。娘の指の先にあるのは、クマが手にしているミニカー。クマにインスパイアされた娘は自分のミニカーを走らせながら、「ブーブ、川、バチャーン! ふみきりカンカンカンカン、ないのー?」と、ミニカーのほうで勝手なサイドストーリーを組み立て始めた。そのうちミニカーが空を飛び始めて、私の顔面と接触事故。もーイヤ。
即物的な娘にストーリー性のある長い絵本はまだ早いようだ。それなら作り話はどうか。アリ好きの娘に、アリの巣穴に転がり落ちる冒険譚を即興で話してみることにした。蝶、バス、消防車、天津木村のエロ詩吟、教育番組『みいつけた!』のオフロスキー、とにかく子の好きなものを随所にちりばめたオーダーメイドストーリー「アリ巣・イン・ワンダーランド」だ。どうだこれなら飽きまいと、子の目をのぞくとギンギン。しまった、ウケを狙いすぎて本来の目的を忘れてた。話を盛ってる場合じゃない。急遽、全員眠たくなって寝オチ、と話をまくって「さあ寝ましょうね」と言ってはみたものの、「もっと!もっと!」と催促。「寝ない子だれだ~」と怖い声で脅しても臆する様子はない。オバケがダメなら……
「ってマイケル・ジャクソンがいってたよ」
「イヤーーーー!!!!」
夕方見た「スリラー」のビデオが怖かったのか、おびえて泣き始めた。これは使える!
「大丈夫だよ。今、マイケル・ジャクソンさんに『もうすぐ寝ますから、あっち行ってください』って頼んだから」
「ウワーン」
「ほら!寝たフリしなきゃ!」
「………」
「あ、マイケルがムーンウォークでいなくなったよ。しばらく寝たフリしてようね」
どうやら寝入ったらしい。キング・オブ・ポップがキング・オブ・寝かしつけとして我が家に降臨してくださった。マイケルありがとう。子がおびえて私の体にぎゅっとしがみついているのが暑苦しいが、これはこれで面白いからいいや。
(追記)
↑と書いたのが25日夜だったのですが、26日未明、マイケル・ジャクソンさんがお亡くなりになったようです。急に「スリラー」PVを見たくなったのは、何かの前触れだったのかもしれません。子の寝かしつけまでやってくれるいい人すぎるスーパースター、ネバーランドでゆっくりお休みください。でも、これからもご降臨いただくことになると思います……。
文化系ママさんダイアリー
フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??
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