芸能人の妊娠・出産のニュースを聞くたび、気になってしまうのは孕ませた相手より、芸能人の出産年齢である。20歳そこそこのアイドルだったら、「生殖に最適な年齢できっちり孕むとは、生命体として抜かりがない」とコンプレックスを抱き、女子アナが自分と同じ34歳で産んだと聞けば、「こっち側の人間だ」と親近感を持つ。お前がアイドルにコンプレックスを抱くべきはそこじゃないだろうと思うし、出産年齢が同じだけで勝手に同類扱いするなんてキャリアウーマンの皆さんに対しても実に失敬な話なのだが、育児エッセイを読んでいてすら生年月日と子の年齢から出産年齢を逆算せずにはおれないのだから、これはもう病気といってもいいかもしれない。
まるで出産年齢で人が決まるかのような思い込み、我ながらいただけないと思う。この不合理な思い込みの元をたどると、自分が文化系であることへの引け目が根っこにあるようだ。
「文化系」とはみうらじゅんと伊集院光の対談本『D.T.』に登場する言葉で、スポーツで攻撃衝動をさわやかに解放し、生殖本能を生身の女の子を追いかけることで満たす健全な「体育会系」とは真逆の人種を指す。つまり思春期の衝動のあれこれを文化活動にたむけ、昇華しきれない欲望に悶々とする青春を過ごしてきた人々だ。これはもちろん男子の話で、女子の場合文化系の対極の存在というと、「ギャル」になるのではなかろうか。物心ついたころからオシャレに恋愛と、何の屈折もなく繁殖活動に精を出し、生殖可能年齢になったら「私は母となるにふさわしい人間なのだろうか」などと思い悩むことなく出産する、生命体として実にまっとうなギャルの皆さん。しかるに私ときたら、幼稚園児の頃に「服を買う金があったら本を買ってくれ」と言い放って母を激怒させてからこっち、とんとケモノ的な快楽には疎い頭でっかち人間だ。私のコンプレックスはつまるところ、霊長類ヒト科メスとしての負け組感に起因するのだろう。
このギャル幻想を打ち砕かないことには、永遠に出産年齢チェックからは逃れられそうもない。ということで、今年4月に月刊化されたばかりのギャルママ雑誌『I LOVE mama』を取り寄せて読んでみることにした。キャバ嬢向け雑誌『小悪魔ageha』とギャル雑誌『nuts』のママ記事が好評なことから、昨年両誌の増刊号として発刊。発売3日で15万部を完売し、その後増刊としては異例の3万部を増刷する驚異の売れ行きで、月刊化が決定したという。思えばメスとしての本能のままに子供をばんばん産む、そんなギャル向けのママ雑誌が今までなかったのがおかしいくらいなのだった。
育児雑誌というよりは、『VERY』と同じく、「オンナもママも全力で楽しみたい」が売りのママ向けファッション誌という区分になるのだろうが、『VERY』と決定的に違うのは、モデルがほとんど“美ママ”と呼ばれる一般読者であるということだ。プロのモデルも何人か混じってはいるが、あくまで読者モデルと同格の扱い。「ベビーカーを押していてもエレガント!」がモットーの架空のファッションモデル「エレカ様」を生み出した『VERY』に限ったことではないが、ほとんどの女性ファッション誌には「こうなりたい」というロールモデルが存在する。『オリーブ』ならパリのリセエンヌ、『CanCam』ならエビちゃん、『STORY』なら清原の嫁。この雑誌に載っているものを買えばあなたもこうなれますよ、という商売なのである。
『I LOVE mama』はそういう商売をしない。“ももえり”こと桃華絵里という元agehaモデルが創刊号(5月号)の巻頭で、登校拒否→高校中退→ネイリスト→出産→離婚→子供を養うためキャバ嬢に→ナンバー1になって『小悪魔ageha』がモデルスカウト→夜を卒業して会社設立、という出世すごろくを語っていたりはするが、あくまで「引退して伝説になったレディース総長」みたいな扱い。アタシらが真似するなんてそんな恐れ多いことできないッス、という感じだ。
ファッション記事の多くは、“美ママ”が自腹で買ったお気に入りを紹介する、という体裁になっている。ブランド・価格情報は小見出しレベルで他誌よりも大きく表記されているが、持ち主の自己申告に基づいているので、「�800くらい」「忘れちゃった」とざっくり感満載。アパレル業界がリリースするトレンド情報を雑誌スタッフがセレクトし、モデルに着せて「このトレンドに乗らないならオンナとしてお前は即死!」と煽る“上から目線”を廃し、「こんなヵゎィィもの買っちゃったぁ★ぇ、値段? これくらぃだょ」という読者同士の“真横から目線”を大事にした結果なのだろう。母体となった『小悪魔ageha』の2007年10月号表紙に掲載された名コピー「生まれつきエビちゃんじゃなくたって/私たちは努力と一緒に生きていくんだ」が物語っているように、自分は自分以外のものにはなれない、という異常に地に足のついた考えが、全体を覆っているように見える。
美ママの肩書きは「主婦」が多いが、“シンママ”ことシングルマザー率も3~4人に1人と結構高い。とはいえ昔ながらの母子家庭的悲愴さはなく、美ママとしてたびたび登場する17歳のシンママ・フリーターの紹介文「今は実家で毎日楽しく過ごしてます! そして最近珠那をかわいがってくれる彼氏ができて幸せです(ハート)」(5月号)のように、おおむね青春を謳歌している様子。シンママに限らず、美ママは皆楽しそうである。他の女性ファッション誌のように「なめられたくねぇ」「ちやほやされてぇ」という向上心や切羽詰まった自意識はあまり感じられない。そもそもそういう自意識を持つ人は、17歳で出産をしようとは思わないのだろう。オシャレをするのは恋愛市場を高値で売り抜けたいからでも空気を読んで場を支配したいからでもなく、カワイイものを身につけて気分をアゲたいから。そして目立ちたいから。なんといっても「敵はしゃちほこ」(5月号)なんである。平和だ。
モデルたちがほぼ全員子連れなのも、『I LOVE mama』の特徴。子供たちは“ちびコ”と呼ばれ、美ママたちがちびコをいかにかわいく“盛って”いるかも、重要な情報になっている。「頭盛って、つけま盛って、かわいくしたら、ちびコだって盛ってあげなくちゃ(ハート)おしゃまなちびコは盛ってあげたらご機嫌♪ちびコとふたりでかわいいってママの特権。私たちのかわいさって最強だね(ハート)」「ちびコだってママに負けてられないがや!サイドポニー散らしにモヒカン、剃り込み、巻き巻きちびコまでよ~く見てみや~★」(7月号)。サングラスにネクタイ、ネイルに果てはタトゥーシールまで、装飾過多のちびコたちの名前を見てみれば、美風(みるふぃー)、暖和(のんわ)、琉煌(るきや)、歩磨(あるま)、美麗恵(びれえ)、蕾禅(らいぜん)、笑璃(にこり)、月彩(るあ)、絆弥(ばんび)、來愛(くれあ)、聖虎(きよとら)、音弦(ねお)、桜我(おうが)、翔空(とあ)、彪雅(ひゅうが)、推賀(たいが)、風羽(ふわり)、曖恋(あれん)、愛音(ねおん)、獅雲羽(しうば)と、子の命名センスも大盛りだ。そんな美ママとちびコのコンビを見ていると、X JAPANのオフィシャルグッズである二頭身のYOSHIKIぬいぐるみを思い出さずにはおれない。盛れば盛るほどよいというヤンキーの美学と二頭身を愛でるファンシーセンスは切り離せない関係にあるというのは、ナンシー関が指摘して以来定説になっているが、もしかしたらヤンキーのほとばしる子作り本能がその源流にあるのかもしれない。
こういうド派手なママさんたちを見て、「子供をアクセサリー扱いしている」と眉をひそめる人はいつの時代にもいる。しかし子供にもよるだろうが、育児情報に追い詰められてピリピリしている真面目ママさんや、子に尽くす自分が正しいと信じたいばかりに育児以外の仕事や趣味を持つ同性を攻撃せずにはおれない保守ママさんよりは、子と一緒にかぶくことを純粋に楽しんでいる美ママと過ごすほうが子供だって楽しいんじゃないか。パステルカラーや原色が大好きな美ママの感覚と子供の感覚、そう違わなそうだし。
と、ますますギャルへの崇拝が高まってしまい、コンプレックスを解消するどころかこじらせてしまった感も。こんなにもギャルに感服している私だが、悲劇的なことにピンクのサロペットも、ケミカルウォッシュのGベストも、ケムンパスみたいなアイメイクも、ヒョウ柄のミニスカートも、ストライプのオーバーウォールも、魔女っ子アニメのような野太い白ブーツも、さっぱり良さがわからない。私は一生、健全さから遠く隔てられているということか。生まれつきギャルじゃなくたって、私は努力と一緒に生きていくんだ、とか言ってみようか。なんの努力だかわからないけど。とりあえず、出産年齢をわざわざネットで検索してまで計算しないという努力から始めてみよう。
文化系ママさんダイアリー
フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??
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