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文化系ママさんダイアリー

2009.05.15 公開 ポスト

第三十一回

「上野の森の絵本コミケに行ってきた」の巻堀越英美

 絵本にもコミケがあったとは……。

 冒頭からいきなり語弊まみれの表現をしてしまったが、5月3日~5日に上野公園で開かれた「第10回上野の森 親子フェスタ」の話をしたかった。50社以上の児童書系出版社が共同で行う絵本・児童書・YA本の即売会で、新品が2割引きで購入できる太っ腹イベントだ。同人誌ではないからコミケという言い方は不適切かもしれないが、そのカオスぶりたるやコミケ3日目東館の「評論・情報」コーナー並みの面白さだったのである。この喩え、わかりにくいですか。

 売り場はコミケのように出版社ごとに長テーブルが割り当てられて、大手も小出版社も販売スペースはほぼ同じ。広々としているので表紙を見せて陳列する、いわゆる面陳が多い。必然的に、一般の書店なら埋もれてしまうような小さな出版社の強烈な個性や濃すぎる志がいやがおうにも目立ってしまう。切り抜き紙飛行機本専門のブース、黒魔術大好き児童のためのオカルト系図鑑がずらりとならんでいるブース、「田植え」「カイコ」「しいたけ」などいちいち渋いワンテーマ本で攻めている農業系出版社のブース、どさくさにまぎれてスカートがめくれるオヤジエロ系の絵本もおいてある仕掛け絵本のブース、手作りの豆本も扱っているハンドメイドなブース、「ネットいじめ」「かげぐち」「リストカット」などヘビーすぎるタイトルばかりのブース、キリスト教系で聖書のカードゲームなども取り扱っているブース、なぜか志茂田景樹の絵本を大フィーチャーしているブース等々。そのさまは百花斉放百花繚乱、もひとつおまけに百鬼夜行。世界は広い。子供の好奇心はもっと広い。

 子ども向けの本はライバルがゲームやケータイだからか、しかけ絵本をはじめ本の作り方が自由なのも目に楽しい。そうした変わり種絵本の実演販売にいそしむ営業熱心なおじさんもいれば、他社とまったり茶飲み話をしているおじさんあり、客の子供と真剣にカードゲームに興じる若手社員ありで、出版社によって売り子さんのテンションもさまざま。作り手の顔が見えるところもコミケ的だ。客層はさすがに親子連れやカップルが中心だが、中には頭からつま先まで黒ずくめのゴス母娘、バーゲンに興奮しすぎた母に取り残されて「お母さんどこ行っちゃったんだろうねえ」と途方にくれる父子、エスニックな衣装に身を包んだ年齢不詳の女性2人組などがいたりして、近くの上野動物園とはなんとはなしにオーラが異なる。

 絵本のコミケと呼びたくなる因果な雰囲気、伝わっただろうか。

 さて、オタクがこれをやらねばコミケを終われないという行為、それは買った本を自慢する「戦果報告」である。私も僭越ながら、「いい本買っちゃったのよ~そうよ2割引きなの! お買い物上手でごめんあそばせ!」とばかりに購入品を一部ご紹介したい。

●『ももんちゃん』シリーズ(童心社)

 ピンクの表紙にパステル系イラストの赤ちゃんという官公庁のパンフレットのような装丁。1歳児クラスの保護者会で、保育士さんに「みんなこの絵本が大好きなんですよぉ」と見せられたときは、「うちが買うことはあるまい……」と思っていた。ところが我が子は「ももんちゃん」シリーズが並んだブースを数メートル先から見つけるや、「もも!もも!」と一目散。そこまで好きなら仕方ないと大人買いすることにした。
 普段は絵本の中の知っているものに反応するだけの即物的な読み方しかしない我が子だが、この絵本だけは私が文章を最後まで読み終わるまでページをめくろうとしない。主人公の赤子「ももんちゃん」がサボテンにほおずりされるページでは痛そうに顔をゆがめ、泣くヒヨコをいいこいいこするページでは一緒に頭をなでる。どうやらももんちゃんに同一化し、ストーリーを楽しんでいるようなのだ。1歳児なりに、「これってアタシ!」を感じているということか。
 子供にもわかるように世界を単純化して見せるのがおおかたの絵本なら、「ももんちゃん」はそれらとは少しアプローチが異なるようだ。描かれるのは乳幼児のほとばしるパトスと、それを暖かく受け止める周囲。交友関係も赤子のくせに金魚からサボテン、ライオン、オバケ、飛行機とスケールが大きい。描かれる感情や世界観は赤子そのものなのに、やってることはえらくパワフル。これが乳幼児ウケする理由なのかもしれない。
「ももんちゃん」シリーズは乳幼児ウケがいいだけでなく、「うちの子(孫)にそっくり」と全国のパパママジジババをメロメロにさせているらしい。実は私も萌え死にした1人である。正直ナメてましたももんちゃん。絵本は読まなきゃわからない。
 ももんちゃんはママにだっこされたい一心でクマを突き飛ばして山を走り抜け、しこをふんでは砂漠を揺らす。泣く子がいれば全力であやし、眠たくなったらすぐ寝てしまう。何かに似てると思ったら、『崖の上のポニョ』のポニョだった。なるほどポニョも、「うちの子にそっくり」と萌えられがちなキャラである。「愛」や「思いやり」という言葉で規範化される以前の強烈な執着と衝動、他者への慈しみ。ももんちゃんやポニョがその見かけに関わらず現実の乳幼児を想起させるのは、こうした情動をうまくすくい上げてデフォルメしているからだろう。オムツ一丁のももんちゃんは、ゼロ年代を生きるゼロ歳代のリアリティの体現者なのだ。というわけで、萌え目的で読むなら、『どんどこももんちゃん』『すりすりももんちゃん』『ももんちゃんえーんえーん』あたりからお勧めしたい。

●『ブーン!オ・ド・ロ・キ虫百科 (A DORLING KINDERSLEY BOOK) 』(フレーベル館)

 朝から晩まで「ぶーちゅ!(YouTube見せろ!)」と言いたおす世界最年少クラスのネット中毒患者である我が子の興味をパソコンから引きはがすためには、世界の動物・昆虫動画より面白い図鑑が必要……。そう思って子供用図鑑を探していたのだが、なかなか面白いものが見あたらない。別に面白くなくたって子供が喜べばいいのかもしれないが、単に情報が並んでいるだけならインターネットでいいじゃん、と思ってしまう母もやはりネット中毒患者なのである。
 あらかた図鑑をパラ見して、ようやく見つけたのが、「DK」のマークでおなじみイギリスのオシャレ学習図書出版社「ドーリングキンダースリー」の昆虫百科の翻訳版。野ざらしになったねずみの死体をウジ虫が食いついくしていくさまを「小野小町九相図」のように連続写真で見せる、日本の児童書ではありえないアグレッシブな姿勢がたのもしい。カイコの顔の拡大写真はスターウォーズのクリーチャーなみのかっこよさだし、「ミツバチ幼虫のココナツクリーム和え」「カリカリタケツトガの幼虫炒め」といった昆虫料理のレシピページはカフェめしみたいだし、特に昆虫好きではない大人が読んでも心をくすぐられる凝ったデザイン。もちろん昆虫オモシロ情報も満載。我が子は知っている昆虫に食らいつくばかりだが、小学生ぐらいになったらこの本の真価を見いだせることだろう。ぜひ虫めづる姫君としてクラス内でニッチな立ち位置を確保してほしい。

●『おでかけまるちゃん』(ユニバーサルデザイン絵本)

 実演販売の熱心さにつられてついつい購入。ユニバーサルデザイン絵本は目が見えない子供のために、透明の凸を採用した印刷方法で触って絵を感じられる絵本のシリーズを扱っている出版社。マグネットで「まるちゃん」というキャラを動かして散歩させて遊ぶ絵本というアイデアが面白い。点字付きでバリアフリーというだけでなく絵柄もシンプルでセンスがいい。もっと有名になってほしいなあという気持ちを込めて紹介してみた。我が子は絵本よりマグネットに夢中ですが。

 我ながらしつこい戦果報告で申し訳ない。育児と猟書を両立できる機会はなかなかないのでつい舞い上がってしまった。本物のコミケはエロスの祭典という側面もあるので子連れではなかなか行きづらいが、絵本のコミケなら無問題。毎年でもはせ参じたいものだ。GWの上野公園で妙なテンションの母娘を見かけたら、生暖かく見守ってほしい。 

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文化系ママさんダイアリー

フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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