プレゼンであがってしまう、会議や飲み会などで話すときに緊張してしまう――そんな悩みを抱えていても、自分はあがり性で引っ込み思案だからと諦めたり、無理して努力をしてますます辛くなっていたりしませんか? 不安や緊張があまりに強い人は、じつは、「社会不安障害」という、こころの病気かもしれません。いったいどんな病気なのか、大野裕さん『不安症を治す――対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない』からダイジェストでお届けします。
人前に出たり、何かパフォーマンスをしたりするのが恐い
この章では、社会不安障害とはどんな疾患なのか、疾患として認められるまでの経緯も含めて、見ていくことにします。
社会不安障害(Social Anxiety Disorder)という疾患名のなかの「社会(social)」という言葉は、人が集まる、人と人が交わる、という意味です。社会不安障害とは、ひと言でいうと、「人前に出たり、何かパフォーマンスをしたりするのが恐い」という症状を中心とした疾患です。社会不安障害の人たちは、たとえば次のような場面で、著しい不安や恐怖、緊張を感じることがあります。
- 会議などで意見を言ったり報告したりする
- 人前で電話をかける
- グループ活動に参加する
- 他人の見ている場所で食べたり飲んだりする
- 権威ある人やよく知らない人と話をする
- 人前で仕事をしたり字を書いたりする
- 観衆の前で話す
- 他の人がいる部屋に入る
- 人と目を合わせる
- 来客を迎える
- 自分を紹介される
こういった場面で、強い不安を感じたり、非常に緊張したりする。そのために、たいへん苦痛を感じたり、日常生活に支障が出たりして、医学的な治療が必要とされる状態のことを、社会不安障害と呼んでいます。
うつ、アルコール依存に次いで多い
アメリカ精神医学会が作成し発表している、『DSM 精神疾患の診断・統計マニュアル』という精神疾患の診断分類があります。現在では、日本を含む世界各国で使用されるようになっているものですが、このDSMに「社会恐怖(現在の「社会不安障害」)」という疾患名がとり入れられたのは比較的最近のことで、1980年に発表された第3版『DSM‐III』においてでした。
それまで欧米の公的な診断分類では、「人前に出るのが不安」ということについて、独立した精神疾患という見方はされていませんでした。日本の医療機関でもよく使われる「社会不安評価尺度」を作成したアメリカの精神科医リーボビッツは、社会不安障害のことを「無視されてきた不安障害」であるといっています。
社会不安障害があまり注目されなかったことには、いくつかの理由が考えられます。まず、広場恐怖(人が大勢いるところに出ていく恐怖)や、高所恐怖、動物恐怖など、特定の恐怖症の一つと見られがちだったということが挙げられます。また、極端な恥ずかしがり屋とか、内気などといった性格の問題、あるいはパーソナリティの障害などと考えられる傾向もありました。
いずれにせよ、そういった悩みを持っている人は、人数としてそれほど多くはないだろうし、あったとしても、その障害の程度も、そんなに深刻な問題ではないだろうと思われていたのです。
しかしその後、1990年代にアメリカで実施されたECA、NCSなどという大規模な地域疫学調査の結果、社会不安障害は、うつ病、アルコール依存症に次いで多く見られる精神疾患だということがわかりました。しかも、そのように診断された人たちのなかで、医療機関を受診している人はごくわずかだったのです。
各種の不安障害のなかでは、社会不安障害が最も多く、そういった悩みを持つ人たちは、うまく学校に適応できない、結婚できない、結婚しても離婚する割合が高い、就職が難しい、自傷・自殺率が高いなど、非常に深刻な問題を抱えていることもわかってきました。
「不安」に気づかず内科にかかる人も
社会不安障害の人は、第2章【みんなとても悩んでいる】で挙げたように、人がいる場面に出たり、そこで何か行動したりするときに、強い不安や緊張を感じます。
そのなかで、特定の場面だけか、2つか3つの状況で強い不安を感じる人もいますし(非全般性社会不安障害)、ほとんどすべての状況で著しい不安を感じる人もいます(全般性社会不安障害)。
いずれの場合にも、強い不安や緊張を感じるとともに、実際にそのような場面に直面したときや、その直前などに、さまざまな身体症状を覚えたり、それが表面に出てきたりします。それは主に次のような症状です。
- 顔面、目……顔が赤くなる、青くなる 顔が硬直する 頭が真っ白になる 汗をかく めまい
- 口、喉……声がふるえる 声が出ない 食事が喉を通らない 口が渇く 息苦しい
- 上半身……手足がふるえる 動悸
- 腹部……吐き気 胃腸の不快感
- 下半身……尿が近い、出ない
そういった症状に悩まされたときに、かなりの人たちが、内科など一般の医療機関を受診して、それぞれの症状に応じた対症療法を受けています。動悸やめまいを抑える薬を処方してもらったり、胃薬を受け取ったりして、とりあえずその場をしのいでいるわけです。
その結果として、「人前に出るのが不安」「パフォーマンスが恐い」という状態が、精神症状の一種だと理解されず、社会不安障害という精神的なトラブルが表に出ることなく、適切な治療を受けられないままでいる人が、かなり多くいる可能性があります。
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