ビジネスパーソンであれ何であれ、同僚やライバルの活躍を見れば、人間、いろいろな意味で心ざわめくもの。夫婦ならなおさら!? ——『小説幻冬』2023年2月号から新連載を同時スタートした、櫻井稔文さんと沖田×華さんのご夫婦に、同業夫婦の楽しさと苦悩をうかがいました。気になる新連載「ヘレテクの穴」(沖田さん)、「男のいない女たち」(櫻井さん)への意気込みもお尋ねしたので合わせてお楽しみください。
(撮影:帆刈一哉)
忘れられない二人の出会い
———— 沖田さんはもともと櫻井さんの漫画アシスタントをしていて、そこから漫画家の道へ進まれたそうですが、お二人の出会いも漫画がきっかけだったのでしょうか。
沖田 会ったのは、まだ櫻井さんが実話誌で風俗ルポ漫画を描いていた頃ですね。櫻井さんの漫画の最終ページに「セックスフレンド募集」と出てた回があって、おもしろいから冗談でファンレターを送ったんです。
櫻井 雑誌の企画でした。編集者やカメラマンにナンパ指南をしてもらって、それを実践して漫画にするという。でも成功していない人ばかりだったので全然ダメで。「キャバ嬢には夢のある男がモテるので、夢のあることを語ってください」とか彼らが言うので、夢のあることって何ですか? と聞いたら、「たとえば冒険家、とか」と指南されて。実際キャバクラ行った時、「ご職業何されているんですか?」と聞かれたから「冒険家です」と自信満々で答えたけど、「あ、そうですか」で終わった(笑)。
沖田 だははは!
櫻井 で、マンガでは「結局ダメでした~」となった後に、「セックスフレンド募集します」とシャレで最後に書いたんです。
沖田 そこに顔写真もあって。当時、小学生だった櫻井さんの娘さんに手だけで殴られて鼻血を出してる、みたいな写真も載ってて、この人、おもしろいなと思って。
櫻井 ハガキなんか来るわけないと思ってた。「1通、来ましたよ」というのが、この人だったんです。
沖田 送った2カ月後に櫻井さんから連絡が来たんですけど、それまでなんの音沙汰もなかった。どうしてかというと、編集部で私のファンレターが回し読みされていたかららしくて。
櫻井 ははは。ひどいな、それ。
沖田 うん。「風俗嬢は嫌です」とも書いてあったんですけど、その時、私、風俗嬢だったから、「すいません、いま、私、名古屋のヘルスで働いているんですけど、セックス大好きです!」って心にもないことを書いちゃって(笑)。それで送ったら、編集部で読まれて、写真も見られて、放置された2カ月後に櫻井さんから電話が来ました。でもかけてもらった時、私すごい機嫌が悪かった日だった。つっけんどんだったんです。
櫻井 そうやったっけ。
沖田 なんでつっけんどんだったかっていったら、その時、私、デリヘルやってて、毛じらみをもらっちゃってたんですよ(笑)。もう! ってなりながら、パウダーでワシャワシャしてる最中に電話がかかってきた。誰? 知らんやつからだわ、と思って電話に出たら、「櫻井です」って。で、別の日に歌舞伎町で会うことになったんですけど、その頃まだあったコマ劇場の前で待ち合わせしてたら、ジャスコのお父さんみたいなファッションで来てました。
———— ジャスコのお父さん……?
沖田 夏でした、夏。
櫻井 ははは。あれはね、ボロボロのTシャツ、短パンに、草履履いてたんですけど、それで靴下も履いてる。サラリーマンが履く茶色とか灰色の靴下です。
沖田 そうそう。そんな姿でボケ~っとコマ劇で待ってるんです。えー、まさか、と思って。
櫻井 この人の第一声がね、「大丈夫?」でした。
沖田 だははは!
櫻井 顔色がすごく悪かったんですよ。徹夜明けで。
沖田 うん。すごい悪かった。それが出会いで、そのあと何回か飲みに行くようになって。最初は〈東京ー名古屋〉の遠距離恋愛だったんですよね。
櫻井 その前に、俺は前の奥さんと離婚の話になっていて。
沖田 私以外にも同時進行で付き合っていた人が4人いたらしいんですよ。
櫻井 いやいやいや……。
沖田 一番若いやつが選ばれましたって感じだったんだろうけど。
櫻井 もう、ろくでもないよ。
沖田 ほんとろくでもない(笑)。
櫻井 ろくでもないね。気づいたら16年経ってました。
仕事場のふたりと1匹
———— いまはお住まいだけでなく、仕事場もお二人、一緒なんですか?
櫻井 そうですね。前は仕事場を別に借りてたけどね。
沖田 東中野の家賃4万5000円のボロボロの元寮を借りて、私はそこで仕事をしてて、櫻井さんは自宅で仕事をしてたんですけど、いまは一緒です。
———— それぞれの仕事部屋があるにしても、朝から晩までずっと一緒に過ごしている。
櫻井 この人ね、仕事部屋あるのに、普段はリビングで描くんですよ。通いのアシスタントさんが来る時だけ、仕事部屋をパッときれいにして、その時しか使わない。リビングに誰もいなかったら、犬が私の本を食ったりして、いたずらするからちょうどいいんですが(笑)。
———— ワンちゃんを。いつから飼われてたんですか?
沖田 2年前からです。今年の5月で2歳。生後3カ月くらいの時にペットショップで買いました。櫻井さん、仕事なくて病んじゃって、「癒しが欲しい、癒しが欲しい」って言うから、「私じゃ、癒されないのかな!?」とか思いながら(笑)。
櫻井 ははは。ちょっと仕事がね、『週刊漫画アクション』で連載してたやつが終わった……、売れなくて4巻で終了したんですよね。そこから新企画をいろいろ進めたんですけど全部ダメになって。1年ぐらい持ち込み続けていたら、病んじゃったんですよね。で、癒されたいなと思って犬を飼ったんですよ。そしたら今度は犬の世話が大変で。
沖田 悪夢です。
櫻井 シュナウザーなんですけど、ほんと大変だった。
沖田 大ゲンカしたよね。
櫻井 噛みつくしね。そこらじゅうに、うんこ、おしっこするし。
沖田 子犬だから回数もすごいんですよ。
櫻井 二人でこう、田植えするみたいに、ずーーっと掃除してるんだよね。
沖田 うん。私も腰やられたし。私はその時、まだ仕事部屋があったので、「もう、あっちで生活する!」って怒って出ちゃったりして。
櫻井 俺もウツがね、2倍になっちゃったんですよ。
沖田 育犬ノイローゼ(笑)。
櫻井 ふとこの先、15年くらいこの生活になるのかと思ったら……なんの自由もないじゃないですか。それがショックで。いままで2人でふらっと旅行とか行ってたけどそれもできないし。そういうことを考えてたら……。
沖田 4㎏くらい痩せちゃった。ははは!
櫻井 ごはんがノドを通らなくなったんですよ。朝も食えないし、夜も食えない。
沖田 で、仕事もないし。一日中ネットフリックスばっかり見る毎日でしょ。そしたら櫻井さんがある時、急に叫び出して。「うわー!! オレは、オレは、何やってんの!!」って(笑)。
櫻井 (笑)。この人ひどいんですよ。最初買って来た時は「あ、かわいい!」って言ってたのに、24時間後に「このクソ犬が!」って怒ってて。
沖田 だって私の服、破くんだもん! お気に入りの絨毯にうんこするんだもん! だからこうやって手を皿にして受けとめて、「このままトイレに捨てに行く」とかやってて。
櫻井 という感じだったんですけど、今はね、ほんとうにかわいくてしょうがないんですよ。
沖田 そうそう、トイレを覚えてから一気に楽になって。名前は「ピノ」っていうんです。それまでずっと「名前は<うんこくさい>にしなきゃいけない」「もう<うんこくさい>以外、何も思い浮かばない」とか言ってたのに。
櫻井 今はもう、自分の子どもぐらいかわいいんですよ。
沖田 うははは!
櫻井 ちょっと愛おしすぎてるんですよね。うん……今もインタビュー受けながら、頭の隅でずっとピノのこと考えてますよね。どうしてるかなって。
———— 2年前といったらちょうどコロナ禍で、世の中はリモートが日常になって、ご夫婦がずっと一緒に家にいる環境になって問題が発生したり……。
沖田 離婚しちゃったりね。
———— そういうお話かなと想像していたら、別なところで大変だったんですね。
櫻井 オレらなんか最初から一緒だもんね。
沖田 そう、ずーっと一緒。
櫻井 16年間、四六時中、隣にいますから。
同業でよかったところ、悪かったところ
———— 生活する時間帯も同じですか。
櫻井 自分はだいたい朝5時に起きて犬を散歩させて、エサあげて、ちょっと遊ばせてから仕事場に籠もるんですけど。この人はリビングで犬と遊びながら、ずーっとゴロゴロしてます。
沖田 でも、仕事はちゃんとするんですよ(笑)。
櫻井 夜中にいきなりやり出す。でも、あっという間に終わるんです。俺なんか延々と籠もって描いてるのに、眉間にシワ寄せて、また描き直しか……とかずーっとやってるのに、この人ね、ニッコニコで描いているんです。
沖田「ハイ、おしま~い!」みたいなね(笑)。
櫻井 子どもがお絵描きしてるみたいに、ニッコニコで。時々、自分の漫画で笑いながら。
沖田 ははは!!「お前、ほんとに幸せなやつだな」とか言われて。私、描いたものを忘れちゃうんで。たまに、『やらかし』(『×華のやらかし日記』)とか『蜃気楼』(『蜃気楼家族』)とか、1年ぶりに読んで爆笑してましたね。「こんなアホなことを描いとるわ」みたいな感じにずっと笑ってるんだよね(笑)。「なんか幸せでいいね」とか櫻井さんに言われながら。いつもひがまれますね。
———— そうした日常の気になることのほかに、お互い漫画家で良かったこと、あと逆に困ったこととかありますか?
櫻井 良かったことはそうですね、籠もって仕事をするじゃないですか。そこへの理解がやっぱりありますよね。同業じゃない女性だったらたぶん、「どっか連れてって」とか言われちゃいますから。そういうのがなくてお互い自由にしてる感じがあるので。
困ったことはなんだろう……ないかな。この人ね、あんまりうるさくないんです。こっちが何時に寝ようが、何時に起きようが、人のことどうでもいいんですよね(笑)。でもそれが楽なんですよ。
———— お二人は、連載中の作品をお互いに読んだり、話したりはされるんですか?
櫻井 基本的にしないですね。
沖田 この連載(『小説幻冬』に連載中の「男のいない女たち」)の時も、なんにも教えてくれない。ネームを見ようとしたら、「見るな、見るな」みたいな感じ。掲載後のお楽しみ。
櫻井 互いの漫画は関知しませんね。過去、近しい人にいろいろ言われたトラウマも自分はあるので。
———— 連載が始まる前、アイデアの段階で何か話したりは。
櫻井 しないですね。全くジャンルが違う。画も全然違うし。私は完全にオリジナルで描く派ですので。
沖田 私は最近、原案のあるものが多かったりするんですけど、でも半分はオリジナルかな。
櫻井 だからあんまり同業で悪かったことはないです。唯一、いま『小説幻冬』で同時連載していてスケジュールが一緒なんですけど、描くスピードが全然違うので、それは焦らせられますね。俺はまだ1話の10ページ目を描いているのに、この人、もう3話目のネーム渡してるの? といった焦りです。
沖田 ははは。
櫻井 それぐらいですね。君はなんかあるんか。
沖田 良かったことは……なんか漫画家の裏話をいっぱい聞けて楽しい。ははは!
櫻井 ああ。その漫画家しか知らない話というのが、お互い、ネタがあるんですよ。
沖田 あと漫画と違いますけど、いわゆる「女の役割」みたいなものを要求してこないのがいいですね。自分で料理つくるし、掃除もするし。
櫻井 それは諦めてる。
沖田 え、何が?
櫻井 最初の頃はね、洗い物やってくれないかなとか、料理つくってくれないかな、とか思ったんですけど。この人はことごとくできなくて。一回、レトルトカレーぐらいはつくれるだろうとお願いしたら、あれって袋ごとお湯につけて沸騰させるだけじゃないですか。そうしたら鍋にすごく浅く水を入れるから、袋ごと燃えちゃっているんですよ、レトルトカレーが。全部が溶けて鍋に広がってて。
沖田 がはは!
櫻井 もう、ええわ、となって以来、ほとんど自分が家事担当です。16年前から。たまに洗濯はしますね。
沖田 でも雨が降ろうが台風来ようが外に干したまま(笑)。
———— 櫻井さんが家事をしている時、沖田さんは何を……。
沖田 納豆を混ぜてる。
櫻井 寝っ転がってるやん。
沖田 うん。寝っ転がって、納豆混ぜて(笑)。
櫻井 いつも寝っ転がってるだけですから。
沖田 いや納豆混ぜてるだけですので(笑)。でも櫻井さん、そう、怒らないんですよね。
櫻井 いや、もう諦めたんです。期待しないでおこうと思ったんです。食べたいものがあったら自分でつくるしかない。
沖田 あと私、少食で食べられないんですよ。いっぱいつくられても残しちゃうから、「残りものをくれ」って言ってます。でも一番ひどかったのは、ラーメンの汁。今はもうしませんけど。
櫻井 そうそう。ラーメンをね、一緒に食うんじゃなくて、ちょっと俺、小腹空いたんで1人分のラーメンをつくって食べてた。それをこの人、横でずーっと見てるんですよ。そして「汁残ったらちょうだい」って言うんです。
沖田 ははは!
櫻井 これが嫌で、嫌で。こっちはインスタントラーメンぐらい、「汁、残さなあかんのか?」とか考えないで食べたいんですよ。汁も全部飲みたい時あるじゃないですか。いつも言われる。でもそれだけは嫌で。といった話を以前、別の雑誌で対談したときに、初めてちゃんと伝えたんですよ。それから言わなくなりました。
沖田「汁ドロボウ」って言われるようになっちゃったから(笑)。
櫻井 ほんと汁ドロボウだよ。
沖田 ははは!! なんて、みみっちい話(笑)。
櫻井 え?
沖田 みみっちすぎるよ。ははは!! 汁くらいくれよと思って。
櫻井 いや、違うんだよなぁ……汁はね、飲みたい時もあるし、残る時もある。そういうものなんだよ。
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