
Youtubeでホラー作品を発表しているフェイクドキュメンタリーQによる新連載エッセイ。この連載では「とある事情にてお蔵入りとなった文章」として、映像とは異なるモキュメンタリーホラーを掲載します。初回は、壊れてしまった――もしくは壊されてしまった「母」についてのストーリー。あなたの「お母さん」は大丈夫ですか?
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『いなかの記憶』――2021年夏 某誌の怪談特集に掲載予定だった原稿
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兄と祖母のことが怖かったんです、とAさんは言った。
Aさんは現在都内の映画会社に勤める女性である。ひょんなことから出身地の話になった際、「生まれは静岡で育ちは富山だ」と言っていたのが少し気になっていた。
「じゃあご家族は今は富山に?」と聞くと、「そうなんですけど、あんまり帰ってなくて」と曖昧に濁された。
あまりプライベートなことに立ち入るべきではないと思い、そのときはそれ以上聞かなかったのだが、年明け間もないころ、Aさんから連絡があった。
祖母の葬儀でしばらくぶりに帰省したのだが、奇妙なものを見つけてしまい、一人で抱えているのも気持ちが悪いから話を聞いてほしい、とのことだった。
子どもの頃、Aさん一家は4人家族だった。母は物心がついた頃には病気で寝たきりで、繊維メーカーに勤めるサラリーマンの父が家事を担当し、Aさんの8つ上の兄が主に母の看病をしていた。まだ小さかったAさんは一人で遊んで過ごすことが多かったという。
父は、朝早く起きて食事を作ってから仕事に行き、夕方には帰ってきて洗濯や掃除もこなしていた。とても愛情深い人だという印象が、おぼろげながらあるとAさんは語った。
Aさんが幼稚園に上がる頃、母が入院した。その頃の記憶はあまりないらしいが、少しさみしいなと思うくらいで変わらない日々を過ごしていたのだろうとAさんはいう。
「変わったのは、母が退院してからです」
半年ほど経ち、父に連れられて母が帰ってきた。
しかし、退院したというのに、母は以前より悪くなっているように見えた。顔色は悪くほとんど口を聞かない。感情の起伏が激しく、時折Aさんに当たり散らした。Aさんは、以前とは別人のようになってしまった母のことが怖かった。
その年の暮れに父が亡くなった。
父がなぜ死んだのか、Aさんは知らない。だいぶ大きくなった頃、親戚のおばさんと話した際にその口ぶりから「おそらく自殺だったのだろう」と察したが、詮索せずにいた。
富山から父方の祖母がやってきて、Aさん家に同居することになった。そうすると、母の気性はますます荒く、Aさんたちに暴力を振るうようになってしまったそうだ。
ある日の夕方のことだったという。
祖母と兄が、二人がかりでなにか大きな包みを運び出すのをAさんは見た。なぜかとっさに「見ていることがばれてはいけない」と思い、Aさんは身を隠して二人の姿を覗いた。
しばらく見ていると、祖母がよろめいた拍子にブルーシートのような包みの端がめくれた。
中にくるまれていたのは、母だった。
めくれた部分から見えたのは間違いなく、いつも着ている母のパジャマで、そこから伸びる細く白い手首も母のものだと思ったのだが、一つ違和感があった。腕はだらりと垂れてこずに、ぴったりと身体に沿ったままだった。
「なんでお母さんはじっとしているんだろう、と思いました」
その時の光景を、Aさんは未だによく覚えていると言った。ぴくりとも動かない母をシートにくるんで運び出す祖母と兄の姿が、やけに赤い夕焼け空を背景に黒く浮かんで、とても怖かった。

その後、Aさんたちは3人で富山に越すことになった。祖母はAさんに「お母さんはまた入院することになって、今度は長い長い入院になる」と言った。富山の父方の実家には祖父が住んでいて、洋品店を営んでいた。そこでAさんは高校卒業までを過ごした。
Aさんは、あの夕方のことを、誰にも言えなかったという。
「なんだか怖くて、兄にも祖母にも聞けませんでしたし、祖父にも言いませんでした。当時はまだ小さかったですからよくわかっていなかったけど、大きくなるにつれ、2人がお母さんを殺したんじゃないか、と思うようになって……そう思ったら余計に言えなくて」
だから兄と祖母のことが怖かったんです、とAさんは言う。
Aさんは大学進学を機に富山から上京し、それからずっと東京に住んでいる。
祖父母や兄とは、没交渉とまではいかないが、なんとなく富山の実家には足が向かなかったそうだ。
しかし、昨年末、祖母が亡くなり久々に帰省することとなった。ばたばたするかと思ったが意外と手持ち無沙汰な時間もあり、暇つぶしも兼ねてアルバムを整理していたのだという。
そこに、封筒が挟まっていた。写真店で現像した際に、写真を挟んで渡されるあの封筒である。その中に、アルバムには貼られていない写真が数枚入っていた。見ると、静岡に住んでいた頃の写真のようだった。
その内の一枚を見て、Aさんはゾッとした。
それは女性のマネキンの写真で、よく見ると、腕が外れていて、どこかに乱雑に捨てられているようだった。

マネキンは、Aさんの記憶にある母の姿ととても似ているように思えた。
このマネキンが何なのかはわからない。
「ただ、これを見てから、父のことが恐ろしく思えて、同時に、兄と祖母に申し訳ないと思うようになりました。特に祖母とは、もうやり直すことができないですし」
せめてこれからはもう少し頻繁に兄の顔を見に行こうと思います、とAさんは言った。
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本稿は情報提供者からの申し出があり、お蔵入りとなった。
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この連載では、とある事情にてお蔵入りとなった文章を、一部再編集のうえ公開できるようにし、掲載していきます。呪われたモノ・こと・人…あなたのまわりにも「それ」はあるかもしれません。
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