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文化系ママさんダイアリー

2008.12.01 公開 ポスト

第二十一回

古書よりも子供が大事と思いたい堀越英美

 いったい猟書ママさんというのはこの世に存在するのだろうか。

 近年は「古本女子サミット」なんていうイベントも開かれるくらい、古本好きの女の子は珍しくない。私自身、猟書家でも古本マニアでもないけれど、数十年単位で豪快に世に後れをとりがちな性分ゆえ、古本屋めぐりは数少ない趣味の一つだった。同好女子4人でささやかな古本イベントを開催したこともある。育児中の今、全ては遠い過去の話ではあるが……。そういえば古本屋で子連れのママさんなど見たことない。古本女子たちはみな出産を経て卒業してしまうのだろうか。

 ママさんが古本から遠ざかる理由の一つに、妊婦の巣作り本能があると思う。育児スペースを確保したいという衝動は、古本に限らずコレクター趣味の敵。とりわけ誰がさわったかもわからない、どんな細菌が棲み着いているかもわからない古本など、家にも入れたくないというのが通常の妊婦なんじゃなかろうか。今日もどこかの家庭で妊婦とコレクターの夫の壮絶な縄張り合戦が繰り広げられているに違いないのだ。私の場合、妊娠中の引っ越しの際に、集めた本を大量に処分してしまった。巣作り本能は薄れても、今後子供周りの持ち物がどんどん増えるというのに、狭いマンションで自分の物を増やす気にはどうしてもなれない。先々の教育費を思うと、自分の趣味にお金を使うのも気が引ける。

 古本街も子連れでは行きにくい。どこにエレベーターがあるのかわからない地下鉄、通路まで値付け前の古本が積み上がっている古本屋は、子連れにとってはバリアフリーどころかバリアまみれのダンジョンに等しい。もちろん古本街にオムツを替えられる施設など望むべくもない。西荻窪のような趣味の町は家族連れに厳しいのだと、たしか「東京から考える」で東浩紀が言っていたような気がする。たとえバリアフリーの古本街なるものができても、10キロの米袋なみに重い我が子を抱えて古本を漁って持ち帰るなんて、想像するだけで肩が凝りそう。

 でも古本趣味を手放さざるをえない一番の理由、それは……

「はいっどぅー(=はいどうぞ)」

 絵本をぐりぐり押しつけながら読めと執拗に迫る我が子なのだった。我が子が家にいるかぎり、いつでもどこでも「はいっどぅー」攻撃はやむことがない。ご飯作っている最中でも「はいっどぅー」、トイレから出たら「はいっどぅー」、就寝中でもムクっと起きあがって「はいっどぅー」。1冊読み終えたら次の本と、保育園が休みの日など1日100回以上は絵本読みを強要されている。シカトしようものなら絵本の角でゴンゴン殴りつけてくるDV乳児と暮らしていては、自分の趣味どころではないのである。文句を言おうにも、本への執着も我の強さも、どう考えても私ゆずり。おとなしくDVに屈して絵本を読むしかない。日に日に自分そっくりに育つ娘に、不安は増すばかりだ。

 というのも先般、実家に帰ったときに小学3年生時の作文ファイルを眺めていたら、こんな作文が見つかったからである。クラスメートに手紙を書こうという課題で書かれたものだ。

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今、どんな本よんでる。わたしはまじゅつつかいの本をよんでるよ。こわい話ばかり、のってて、すごくおもしろいよ。死んだまじゅつしのたましいが、少年にのりうつってにいさんの首の肉をたべたり、おじいさんの首をしめて、ころしたりね。
よんでみたら。
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 お前はいったい何を読んでいるんだ。そしてその間違った上から目線は何なんだ。これに対するクラスメートからの返答はといえば、「わたし、こわ~い話とか、大すき。よめる時(引用者注・時間?)がなかったら、そのお話きかせてね」と、読む気がないことをきっぱりアピールしながら相手を立てる、小学3年生ながらあっぱれな社会性を見せていて、私との落差が甚だしい。一方で遠足の作文を見ると、お昼ご飯を一緒に食べる人がいないから●●さんの班に入れてもらった、というような記述があり、そりゃそうなるわな、とせつない気持ちに。いやだよねえ、首狩りの話が好きな女子小学生とランチするのは。

 そもそも私がそんなデス系小学生に育ったのは、健全な児童書が家になく、読書欲を図書館で満たしていたからだ。児童書よりは大人の本のほうが子供の目をひく扇情的な体裁だったりするもの。青い鳥文庫とワニブックスだったらどっちをのぞいてみたいかって、ワニブックスに決まってるじゃないですか。

 我が子を悲しいお一人様にしないためには、前もって健全な児童書をふんだんに仕入れておくしかない。そう思っていた折、「モヤモヤ育児雑誌クルーズ」でネタにする育児雑誌のバックナンバーを入手すべく、近所のブックオフを訪れてみた。今まで注目したこともなかったが、多くのブックオフでは家庭雑誌コーナーに児童書のコーナーが隣接している。それこそ育児雑誌でおしゃれ有名人が「私をおしゃれにした思い出の一冊」的に紹介しているようなおしゃれ良書がいくつも見つかるのである。子の将来のためにと購入しているうちに、眠っていた情熱が芽生えてきた。

 た・の・し・いー!

 女の狩猟本能が児童書で再びバーストしてしまったようだ。「大どろぼうホッツェンプロッツ」や「エルマーのぼうけん」すら知らないくらい、児童書は未開拓の領域。どれを読んでも発見があって楽しいのだ。短くて簡単なので授乳中にさらっと読めるのもいい。子供のため、という大義名分があるので財布の紐もいくらかゆるくなる。「クワガタクワジ物語」や「マチルダは小さな大天才」がこんなに面白いなんて。ああ、もっと古本屋をめぐって面白児童書を探し回りたい。

 児童書読むくらいなら1歳児向けの育児情報でも収集したら、というツッコミは百も承知。1歳を過ぎて我が強くなってきたのは絵本のことだけじゃない。栄養バランスのとれた離乳食を作っても口もつけずに顔をそむけ、結局味噌汁ぶっかけメシしか食べてくれなかったり、その食べたご飯粒を半径1メートルにわたってばらまいてみたり、9時から寝かしつけても何度も抜け出してようやく寝付くのが12時だったり、夜間授乳をやめようとトライしてみても泣き疲れて眠るどころか朝の4時までパイを求めて泣き続けたりと、我が育児状況は目を背けたい大惨事。自我があるのに言葉は話せない1歳児が、こんなに面倒臭いなんて。この喩えで伝わるかどうか不安だが、電車の中でハロウィンパーティーをやると言い張ってきかないポルトガル人と暮らしてるみたいだ。絶対にダメ出しされるに決まっているので、1歳児向け育児雑誌なんて恐くて読めない。「Aしたら子供がBになりました」とママさんたちが賢い育児テクを披露するのを見て、「そもそもそのAができないんだもん。ええそうですよ、どーせ私はバカですよ」とひがむのがオチだ。

 今日も今日とてDV乳児にゴンゴン絵本で殴られながら、児童書を読んで「お母様、今日はこんな本を読んだのよ」「オホホ、さすが我が子、センスあるわあ。ほら、お小遣いをあげるからたんと面白い本を買ってきなさい」「まあお母様、だーいすき」と架空の健全近未来に意識を飛ばしてやり過ごすのである。お願い、早くしゃべれるようになって。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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