オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。
机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。
めぐみのことを白井に報告すると、彼は今朝の中村真奈の一件も忘れて美咲を褒め称えた。それはよかった、いや、立野先生の熱い想いは必ず子供に通じると思っていましたよ。ですが、浮足立たないように。このときの対応で、彼女が今後も登校できるかが決まるのですから──
満足げに自席に戻っていく白井の背中を見て、芝田が肩を竦めていた。
早歩きで三年二組の教室に戻ると、めぐみは席に座ったままだった。周囲の子は誰も席についていない。ぽっかりと空いた空間で、彼女は次の授業の教科書を読んでいた。美咲が教室に入ると、わずかに表情を綻ばせる。天妃愛たちは、天妃愛の席に集まって談笑している。自分がいなくなった途端にちょっかいを出さないか心配だったが、何事もなかったらしい。
美咲はなるべく、休み時間も教室で過ごすことにした。昼休みになっても、誰もめぐみに話しかけようとすらしない。他の子たちが仲良しグループで机をくっつけて給食を食べる中、めぐみは一人ポツンと取り残されていた。いたたまれず、美咲は椅子を持っていってめぐみの机で一緒に食べた。
だが、旧ゲオルグ邸のときとは違い、めぐみは一言も話そうとしなかった。うつむいたままチビチビと給食を口に運ぶばかりで、美咲が話しかけても首を横か縦に振るしか反応がない。仕方のないことだった。
午後の授業が始まる頃には、めぐみの登校というインパクトは薄れつつあった。
めぐみは真面目に授業を受けていたが、さすがにあてて答えさせることはしなかった。今日はとにかく、波風を立たせずに過ごすことが大事だ。
そうして、放課後がやってきた。
『帰りの会』が終わり、美咲はホッとした。結局、めぐみはクラスメイトの誰とも話さなかったようだが、今日はそれでいい。
椅子と机が教室の後ろにやられ、掃除当番の子たち以外は教室を出ていく。ランドセルを背負っためぐみに、美咲は声をかけた。
「小紫さん。ちょっといい?」
顔を上げためぐみは、口を一文字に結んでいた。
「ノートを渡すから、先生と職員室まで来てくれる?」
交換日記とは口に出せない。めぐみはすぐに察したようで、こくんと頷いた。
二人で教室を出てすぐ、美咲はこっそりと「めぐみちゃん、一日頑張れたね。えらいね」と褒めてあげると、めぐみは少し頬を赤らめてはにかんだ。
「明日からはどう? 来られそう?」
少しためらってから、彼女は首を縦に振った。
職員室前の廊下でノートを渡したそのとき、
「それ、何のノート?」
間に割って入ってきたのは、いつの間にかそこにいた天妃愛だった。
彼女の後ろには、西沢詩音と根本きらりが立っている。多分、どこかでめぐみに絡んでやろうと教室から追ってきたのだろう。美咲はつい嘘をついた。
「……宿題のノートだよ。返してただけ」
ふーん、と天妃愛は薄ら笑いを浮かべた。母親によく似たつり目が、生き生きと輝いている。すると、彼女はぞんざいに片手を伸ばして「見せて」と言い出した。
「何で? 小紫さんのノートだよ」
「いいから早く」
美咲はあっけに取られた。「自分以外の存在は自分の言うことを聞く」と信じて疑わない人間の物言いだった。どんな親ならこんな風に育つのだろう。
めぐみは動けずにいた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
天妃愛が近づき、めぐみの手にあるノートを掴む。
「ちょっと──」
「触ったらママに言いつけるから」
肩に置きかけた美咲の手を、天妃愛はその一言で制した。
「叩かれたって言うから。そしたらママ、また学校まで来るけど、いいの? センセー」
挑発的な眼差しに、今度は美咲が動けなくなる。それがどうした、大人を舐めるな。そう言ってやりたかった。
だが、中村真奈に対する恐怖心は骨の髄まで染み込んでいた。
天妃愛がノートを奪おうとし、めぐみは必死に抵抗する。宿題のノートという嘘は明らかに見抜かれていた。天妃愛は、どうしてここまでノートに固執するのだろう。天妃愛のような人間は、他人の弱みを嗅ぎつける嗅覚に優れているに違いない。
数秒間の引っ張り合いが続き、先に手を出したのは天妃愛だった。彼女はやにわにめぐみの髪の毛を引っ張り始めた。めぐみは声を出さないまま痛がる表情を見せ、そしてノートを抱いたまま亀のように廊下にうずくまろうとした。
しかし天妃愛はそれを許さなかった。無理やりめぐみの身体を仰向けにさせ、自分より小さなめぐみに馬乗りになった。ごっと鈍い音がした。
周囲では、異変に気づいた子供たちがざわざわとし始めている。
「やめて! いい加減にしなさい!」
声を荒らげた瞬間、天妃愛がぎゃあと叫んで尻餅をついた。
美咲は、めぐみが天妃愛の手を噛んだのかと思って駆け寄ったが、手は何ともない。
天妃愛は、目を見開いていた。
「お……お前、何、それ……?」
彼女の声は震えていた。めぐみは起き上がり、ノートを胸に抱いて天妃愛を睨みつけている。すると、天妃愛は床に手をついたまま後ろにずり下がろうとする。普段の彼女の態度からは想像もできない怯えっぷりだった。
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
「どうしたの?」
詩音ときらりが駆け寄ったが、天妃愛は「気持ち悪い」とつぶやくと、足早に走り去ってしまった。めぐみもまた、ノートをランドセルに入れると、さよならのあいさつもなしに廊下を駆けていった。美咲が呼び止めても無駄だった。
……失敗した。最後の最後で、めぐみに嫌な想いをさせてしまった。
すぐに止めに入っていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
明日からまためぐみは、学校に来なくなるだろう。
めぐみの家には、小人がいる。
滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の情報をお届けします。
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- 15話 交換日記を奪おうとしたいじめっ子...
- 14話 突然、めぐみが学校に登校してきた...
- 13話 身体にしみついているのは「いじめ...
- 12話 可愛いと思っていた小人のオーナメ...
- 11話 悪魔の館に入った途端、無数の何か...
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