6月21日に発売した『アリアドネの声』が話題沸騰中の井上真偽さんと、大学在学中に発表した『名探偵は嘘をつかない』でデビュー後、ミステリー界の第一線で活躍を続ける阿津川辰海さんの共演が実現。いま最も熱いお二人の対談をお届けします。(2023年7月25日対談)
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二人の最新作が9月に発売!
井上 今回、9月21日に発売する『午後のチャイムが鳴るまでは』を事前に読ませていただいて、とても驚きました。爽やかな青春物になっていて、阿津川さんは本当に作品の幅が広いなって。あれは編集者さんと阿津川さんのどちらから出た話なんですか?
阿津川 取っ掛かりは編集者さんからです。「学園ミステリーが欲しいです」って編集者さんからリクエストをいただきました。でも、ただの学園ミステリーだとなかなかやる気が湧かなかったんです。一般的に学園ミステリーって放課後が主戦場ですよね。部活動や課外活動の話ができるのが放課後なので、普通に学園ミステリーを書くと放課後の話がメインになるのは当然だと思うんです。
ですが、2019年に青崎有吾さんが書かれた『早朝始発の殺風景』という短編集の表題作が、朝の話だったんです。しかも、朝であることに必然性があって、読んだときに「やられた!」って気持ちがありました。だから対抗意識もあって、私は昼休み縛りで学園ミステリーを描こうと思ったんです。
井上 なるほど。編集者さんからももらった話に、自分自身で縛りを設けたんですね。
阿津川 正直大変でしたね。でも、その意味では井上さんの9月13日の新刊『ぎんなみ商店街の事件簿: Sister編』『ぎんなみ商店街の事件簿: Brother編』も本当に衝撃でした。小学館さんの雑誌「STORY BOX」の連載とWEBの「小説丸」での同時掲載という形で、同じ事件を別の視点、別の人物、別の推理で描く。なんてしんどいことをやっているのかと思ってしまいました(笑)どういう経緯で書かれたんですか?
井上 しんどさをわかっていただき、ありがとうございます(笑)『ぎんなみ商店街の事件簿』もやっぱり編集者さんから最初にお話をいただきました。「二誌同時並行で連載をお願いしたい」「二誌連載だからこそできる面白いことは何かないか」という。そこで色々考えて、手がかりは同じだけど推理は違う方向で進む話はどうだろう、って思いついたんです。あんなにしんどいとは思わなかったです(笑)
阿津川 作業としてはどう進めたんですか?
井上 基本的には片方の作品を書いて、それに合わせてもう一作を考えて、という作業でした。ただ、書いていくと二作品の辻褄を合わせていく作業がとても大変で……。最初の一作は普通に書けるんですよ。でも対応するもう一本を書くところから、苦しみが始まる。自分もつらかったけど、校正さんも大変だったと思います。
阿津川 そうですよね(笑)これだけ大変な作業って、思いついても誰もやりたがらないと思うんです。本当にすごいですよ。
井上 その意味では『その可能性はすでに考えた』を書いた時もそうですけど、初めはアイデア以外に何も考えてないんですよね。作業の見積もりも事前にしていません。だけど、「これができたら面白いな」ぐらいの感覚で始めるから、「なんて馬鹿なことを考えたんだろう」って後から気づくパターンが多い(笑)阿津川さんは今まで一番きつかった作品はなんですか?
阿津川 自分の場合は、デビュー版元である光文社さんの初代担当編集が無茶ぶりの多い方だったんです。短編集『透明人間は密室に潜む』の各短編は、私が一言まず何か、入り口となるシチュエーションを言うんです。すると、編集者から「その設定だったらこうしてみなさい」と、より縛りのキツいお題が返ってくる。
井上 いきなり編集者から洗礼を受けたんですね。でも最初にそんな経験ができたのは今後のことも考えると良かったんじゃないかと思います(笑)
(第4回に続く)
〈対談者紹介〉
井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身。東京大学卒。2015年、『恋と禁忌の述語論理』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。2020年、『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。2023年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞《評論・研究部門》を受賞。