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文化系ママさんダイアリー

2008.06.15 公開 ポスト

第十一回

男の子がいいか、女の子がいいか堀越英美

おかあさん
ゆうべ
夢をみました

まだ生まれてもいない赤ちゃんが
わたしにいうのです
男に生まれたほうが生きやすいか
女に生まれたほうが生きやすいか

 大島弓子のマンガ『バナナブレッドのプディング』(白泉社文庫)に登場する有名な一節である。おなかの中の子供に問いかけられた妊婦の答えはこうだ。

どっちも同じように
生きやすいということはない

 妊娠5ヶ月目にして胎児が女の子であることを知らされた私は、この一節を思い返して「いや、それは人によるだろう」と考えていた。ルックスがよくてバカなら女の子のほうが、ルックスはダメでも賢かったら(あるいはスポーツ万能だったら)男の子のほうが生きやすい、という認識はわりと世間で共有されているように思う。

 ひるがえって我が子はどうか。うーん、男の子のほうが生きやすいだろうなあ。オタクの子はオタク。男のオタクの上がりにはビル・ゲイツ然りジェームズ・キャメロン然り、燦然と輝く成功者たちがあまた存在するが、女のオタクの上がりって何? 自分の上がりさえも見えないのに……。

 と胎児を勝手にオタクと決め付けて悩んでいると、夫が「マンガ家にすりゃいいじゃん」と一言。なるほど、その上がりがあったか。しかし、そのために親ができることはあるのだろうか。女性マンガ家は母との関係性の問題から優れた作品を生み出している人が多いから、とりあえず娘をイグアナ扱いするところから始めてみようか。萩尾望都じゃなくてタモリ方面に育ったりして。それはそれで将来有望かも。いや、やっぱり普通でいいです。

 ともあれ性別がわかると、子供を育てるということについて一気に現実味が増してくる。生理になったらお赤飯を炊くべきか。無神経と嫌われて女性性に嫌悪感を抱かれたりしないか。結果、二次元世界に旅立ったりしないか。その場合プラトニックはいいけどハードエロな同人誌は許しませんよ! と厳しく躾けるべきか。厳しく躾けた反動で出会い系で監禁王子みたいなのを連れてきやしないか。そもそも私の著書(『萌える日本文学』幻冬舎刊)が家にある時点で躾の説得力が皆無なんじゃないか。「お母さん、どうして私をブサイクに生んだの!」と罵られたらどう答えるか。「私だって聞きたいよ!(造物主に)」と泣きながら一緒にグレるか。思春期の反抗のされ方まで見えてきた。

 ああ、女の子ってめんどくさそう。男の子だったら飛行機ブーン! 鉄道ビューン! カブト虫かっけー! とか言ってる間に大人になりそうなのに。おもちゃ屋の鉄道コーナーで見た父子などは、

父「おい、この電車かっこいいだろ!」
子「↑$∞§↑#※⊆∂_∂★!!!!(聞き取り不能の奇声)」
父「そんなに好きか! よし、お母さんのところに行ってこれ買ってって言ってこい!」

 あんたが欲しいだけだろう! と心の中で突っ込みつつも、実にほほえましい光景だった。夫がオタク仲間として子供と遊んでいる間に私はのんびりできそうじゃないか。

 ところが世の中の母親は、圧倒的に女の子をほしがるものらしい。中国新聞情報文化センターが2005年に広島都市圏の既婚女性を対象に行ったアンケートによると、実に78パーセントが女児出産希望と回答している。

 そういえば黒木瞳が昔、雑誌のインタビューで「私の娘は何もかも私にそっくりなんです。だから何にも心配してません」と答えていた。なるほど、黒木瞳ほどの完璧超人ともなれば、自分のどこが娘に遺伝しようが不安などないわけだ。こういう人が娘をほしがるのはわかる。千秋みたいな永遠の女の子が娘をほしがるのもわかる。でも、78パーセントもの人が女の子をほしがる理由がわからない。みんな、女の子がめんどくさい生き物だったことを忘れてしまったのか。それともめんどくさかったのは私だけなのか。がぜん世の中のママさんたちが遠い存在に思えてきた。

 ママさんたちが女の子をほしがる理由は実にさまざま。

「女の子のほうが話し相手になったりお手伝いをしてくれる」
「大きくなったら一緒にショッピングや旅行に行ける」
「かわいい服や髪型で遊べる楽しみがある」
「男の子に比べ病気もあまりしないし暴れない」
「結婚後も実家に居着いてくれそう」
「老後に頼れて安心」

 なるほどねえ。一般的には女の子のほうが育てやすいということになっているらしい。そう畳みかけられると、主体性のない私は女の子でヨカッターと思えてくる。しかし私は自分の母親とショッピングや旅行に出かけたりしないし、実家にもそんなにひんぱんには帰らないし、かわいい服や髪形にも興味がないので、実質メリットは「男の子に比べ病気もあまりしないし暴れない」だけのような。それもその子しだいなんじゃないかという気もするし。

 一方男の子はどうか。2ちゃんねるの育児板をのぞいてみると、「【男はダメ】男の子いらない4【産みたくない】」「【男児】男の子は育てにくいツー(2)【BOY】」という物騒なタイトルのスレッドが見つかる。どうやら不良、犯罪者、ニート、引きこもり、DV男になるのを恐れてのことらしい。中にはおなかの子が男の子だと知って絶望して堕胎を考える人もいたりして、先走りすぎ! と言いたくもなるが、環境にもよるんだろうなあ。私は自分の夫を選んで暮らしているわけだから、そのミニ版(息子)が家庭に参戦してきても何の心配もないが、夫が荒くれていたら、ミニ夫が増えるのは考えものかもしれない。

 とはいえ、おなかの子の性別にあれこれ文句を言っていた人たちも、実際子供が生まれてきてしまえば、女の子だろうが男の子だろうが関係なくかわいい、と口を揃えて言うものだ。事実私もそうなった。こんなに愛らしい我が子が反抗なんてするわけがない。「かわいい」と他人に言われてあられもなく愛想をふりまく我が子が女性性に悩む姿なんて想像つかないし、天津木村のエロ詩吟にはしゃぐくらいだから男の趣味だってきっといいに決まってる。

 ただ、男の子が欲しいという気持ちが完全に消えたわけではない。子が思春期になったらどうしよう、と悩みすぎたせいで、男女の思春期(いわゆる中2病)の実際をそれぞれじっくり観察してみたくなってしまったのだ。本屋で男女産み分け法の本があるとつい立ち読みしてしまう。ある本によれば、男の子を産むには夫は酸性、妻はアルカリ性の食事をするといいらしい。著者の妻は毎食夫婦別々の食事を用意して、産み分けに成功したのだとか。うん、それ無理。

 妊娠前まで勤めていたIT系企業の同僚(男性)から聞いた話なのだが、彼は「X精子(女の子)は酸に強くアルカリ性に弱い」という性質を利用して強アルカリ性の温泉で子作りに励み、見事男の子を授かったらしい。温泉の効果のほどはわからねど、夫がIT系だと女の子が生まれやすい、という俗説がある中でよく健闘したと思う。

 でもそこまでして次も女の子だったら? がっかりしてしまいそうな自分が怖い。1人目は私から生まれたくせに奇跡的にかわいいが(客観的にどう見えるかは知らないが)、2人目がかわいくなかったら? 岡崎京子『リバーズ・エッジ』(Wonderland comics)みたいに姉妹で殺し合いが始まったりしないか?

 最初から読み返してみると、私の不安の原因はすべてマンガの読みすぎにあるような気もしてきた。子の将来を憂える前に自分の本棚を見直したほうがいいのかもしれない。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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