「子育てとは親育て」とはよく言ったもので、子供を育てていると蒙を啓かれることが多々ある。今日もまたひとつ賢くなった。「笑っていいとも!」の存在価値についてだ。
長らく謎だったのだ。芸能人がスプーンでゆで卵運び競争的なことしている姿を見て、いったい何が面白いのかと。素人の年齢やらクレープのフレーバーの人気ランキングやら、多少なりとも興味をもってしまったら負けだと思わざるをえないクイズのどうでもよさは何事なのかと。安っぽいBGM、ぬるい台本、中途半端なSMAPのネタ回答。「笑っていいとも!」と力強く許可を与えられても、「けっこうです」と目を伏せながら返したくなる笑えなさ。にも関わらず安定した視聴率をコンスタントにはじき出し、今年で26年目に突入するという。生き馬の目を抜くテレビ界において、20年来センスが変わってなさそうなこの番組の存続が許されるのはなぜなのか。
洗濯物を畳むついでにテレビをつけたら、ちょうど「笑っていいとも!」の時間だった。久々に見る浮かれアワーは、とてもまぶしかった。
子を持った母は、「浮かれ」からしばし遠ざかる。10年間飲み会に参加したことがない母などざらにいるらしい。飲み会以外にもライブ、クラブイベント、合コン、浮かれが許される場は多々あれど、乳飲み子を抱えてはそれもままならぬ。もとよりにぎやかなところが苦手でひきこもり上等の私ですら、人恋しさが募る今日この頃。まして独身時代は手帳が飲み会やイベントの予定で埋め尽くされていた社交的なママさんなら、その寂しさはいかばかりか。ピンポパーン……ピンポパーン……ああ、合コンゲームが懐かしい。やったことないけど。
そこで「笑っていいとも!」である。研ぎ澄まされた笑いも、練った企画も、ここには必要ない。笑いの沸点の低さに挑戦するかのようなゆるいギャグ、本気になる必然のないゲームにむりやり本気になるところから生み出される高いテンション。絹さやの筋取りや排水溝のかごの掃除その他、ひたすら地味で単調な家事をこなすばかりのローテンションな母ちゃんたちに、飲み会の浮かれを疑似体験させる。まさにウキウキウォッチンである。
たとえ発言に冴えがなかろうと、SMAPは絶対に必要だ。地位の高いイケメン様が腰を低くして笑いを取りにいってくださる、という接待効果でウキウキがさらに倍になるのだから。ロマンティック浮かれモードが恋しいママさんたちに宴会気分のお裾分け、それが「笑っていいとも!」の存在価値に違いない。
しかしコミュニケーション欲求を「笑っていいとも!」で満たすのは、なんだかまずいのではないか。そろそろママ友を作ったほうがいいのかもしれない。お昼休みはウキウキウォッチンしている場合ではない。近所のママ友とランチでもして、社会復帰を果たさねば。
公園デビューに始まるママ友の人間関係の難しさは、巷間よく言われるところである。夫の地位や子供の成績で専業主婦が張り合うのは、なるほどありそうなことのように思えるが、『週刊朝日』2008年2月11日号によれば、「ママカースト制」なるものまで存在するという。ママバッグやベビーカー、子供服のブランド、マンションの階数etc.によってママ界に厳密な階級制がしかれており、うかつに異なる序列のママ友に近づくと大変な目に遭うらしい。シャープツブゲンゴロウとオサムシモドキゲンゴロウとチビコツブゲンゴロウの争いみたいだ。そういうことなら、自分と同じカーストのママ友と知り合いたいものである。
『子はカスガイの甘納豆』(伊藤伸平)というオタ夫婦による育児マンガに、オタクのママ友を早々とゲットしたエピソードが載っている。両親学級に参加した帰りに、「もしかして同人とかってわかります?」「その尋常でない髪の長さは(コスプ)レイヤーか同人作家かと」とオタク妊婦からナンパされたという。さすが、オタクは同類をかぎわける嗅覚がすごい。わかりやすいオタクオーラを出していれば、かえってママ友ができやすいのだろう。私はそこまでオタクでもないから、そんなおいしい出会いは見込めなさそうだ。
まずは公園デビューをしたいところだが、すでに公園には出入りしている。というか、マンションの前が公園なので毎日通っている。しかしママ友らしきグループを見たことがない。サボり中のサラリーマンやイチャついている中高生カップルならいくらでも見かけるのだが……。砂場がない公園などデビューするにあたわず、ということなのだろうか。さりとて2駅先の大きな公園に出かけてみても、今度は大きすぎてどこにママ友がたむろしているのだかわからない。おお、私のママ友はいずこに。
そんな折、mixiの地域ママコミュでお花見をしようという企画が持ち上がった。場所は自宅の最寄り駅だ。これはママ友を作る絶好のチャンス。
しかし絵文字、顔文字を駆使した参加表明で埋め尽くされたトピを見てやや不安がよぎる。巻髪で参加したい、かあ。みんな『小悪魔ageha』に出てくるようなギャルだったりして。その場合、ママカースト的にはずいぶん開きがありそうだ。子供を産んでみすぼらしさに磨きがかかった私。美容院で渡される雑誌が『InRed』から『Oggi』に変わった時点ではまだかろうじてファッション誌だったが、やがて『anan』になり、グルメ情報誌になり。もはや女性誌ですらない。女として戦力外通知も同然だ。子供を笑かすために顔筋を駆使して変顔を作るのが唯一のアンチエイジング。こんな私と同じママカーストの人はいるのだろうか。
おびえながら待ち合わせ場所に行ってみると、さながらそこはママさんの一個小隊駐留地。ヤンママっぽい人はちらほらいたが、たいていのママさんは地味だった。子供のゲロや鼻水、食べこぼしで常に汚れがちゆえ、こぎれいな格好はしづらいし、基本はノーメイク。ありがたいことに全身ユニクロでも、「女子力足りてないゾ★」「女磨き、怠ってな~い?」と脅しをかけてくるような人はいなそうだ。ああ、ママさんになってよかった。
20人以上のママさんたちがベビーカーを押してずらずらと大通りを行くさまは圧巻であった。すでに友達グループができていたら入りづらいなあと思っていたが、ママ友を作るために一人で参加した人々がほとんど。妖怪好きの先輩ママさんがいたので、仲良くなっていろいろ話を聞いてみた。
「そろそろ公園デビューしたいのですが、どこでデビューしたらいいんでしょう」
「あー公園デビューねー。ドラマだとあるみたいだけど、そんなのないよー。みんな適当に公園に来て、適当に帰るだけだよー」
「そうだったんですか。でもほら、公園のボスママがいて、挨拶しないといけないみたいな」
「見たことないなあ。私が会ったお母さんはみんな普通のいい人ばかりだよ」
「はー、それは安心しました」
確かにこの場も、みな常識的でいい人そうなママさんばかりだ。ありがたいことだが、ちょっとつまらない。全身嘗め回されるように見られた挙句「お宅は何階のどちらの部屋? ご主人はどちらにお勤め?」と矢継ぎ早に問い詰めるような珍ママにも出会ってみたかった。そんな思いは共通のものであったらしく、誰かが「児童館で見かけた珍ママ」の話をしたとたん、どこどこ? だれだれ? と一同すごい食い付きを見せる。残念ながら隣駅の児童館と聞いてみなガッカリ。会いたかったんだ、珍ママに。
そんなこんなで、公園デビューはしそこねたが、ママ友おそるるに足らず、という結論に。しかし妖怪の話を初対面でふられたということは、妖怪アンテナが立つほど怪しいオーラが出ていたのだろうか。玄関に水木しげる先生の色紙が飾ってあるくらいだから、そりゃあ好きですけれども。そうか、私も相当見た目にわかりやすいオタクだったのか。おかげで面白そうなママ友できたからいいけど。
文化系ママさんダイアリー
フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??
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