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「アート」を知ると「世界」が読める

2024.05.02 公開 ツイート

アフリカから略奪されたベニン・ブロンズ 返還運動の背後にある国際政治の思惑 山中俊之

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

人もアートも奪われたアフリカの“反撃”

アフリカ大陸の南北は8000キロ、東西は7400キロ。東京とロンドンの距離が約9500キロですから、アフリカの南北の距離は日本から東ヨーロッパくらいの距離になります。

アフリカに足を運ぶたびに私が感じるのは、その壮大さ。アフリカ大陸は実に広いのです。

アフリカの大きさが日本人にあまりピンとこないのは、赤道近くが小さく描かれる世界地図が多いこともその一因でしょう。アフリカは国家というより多くの民族がいた多民族社会だったこともあり、広大なアフリカ大陸の文化は当然ながら多様です。また、エジプト、モロッコなどの北部はアラブ・イスラム文化で、民族的にはアラブ人が主体です。いわゆる「アフリカ」と一般に考えられているのは、サハラ砂漠以南に広がるサブサハラと言われる地域です。

アフリカのアートを知るうえで忘れてはならないのが、長く続いた奴隷制度。主として西アフリカから、若い労働力が極めて残酷な形で奪われました。

「おたくの国の人を、うちの国の労働力として輸入したいんだけど」という欧米の白人と、「はいはい、いくらで何人出荷しましょうか?」という現地の黒人支配者層の間で、1500万人とも言われる人たちが品物のように取引されました。

人材の略奪に他ならない奴隷制度は、今日のブラック・ライブズ・マターにつながる問題ですし、アフリカ人の心に大きなトラウマを残しました。

 

さらにアフリカは前述のとおり、植民地時代や戦争の際には、アートそのものが大量に略奪され、ヨーロッパに持ち去られました

その象徴と言われるのが「ベニン・ブロンズ」。その名のとおりブロンズ像が主ですが、象牙の彫刻や仮面なども含まれ、今のナイジェリアにかつて存在したベニン王国の美術品の総称です。ベニン・ブロンズの中でも特に貴重とされるものは、新たな王が即位するごとに権威の象徴と系譜を兼ねて、代々つくられていたブロンズ像。精緻なのに大胆なアートは、思わず見入ってしまうほどです。

ベニン王国の象牙のマスク(Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons)

ところが、それを鑑賞できる場所は、ナイジェリアではなく欧米でした。19世紀末にイギリスが侵略して王国は滅亡、植民地化される際にめぼしいアートは根こそぎ奪われた──それらは売買され、ヨーロッパ各国やアメリカのコレクターや美術館の所蔵品となったのです。

ベニン・ブロンズはイギリスを中心にドイツ、スイス、フランスなどに存在し、ナイジェリア政府は1930年代に返還を要求。戦後、略奪アートは欧米でもたびたび問題視されてきましたが、議論は進みませんでした。転機が訪れたのは、最近の話です。

「略奪アート返還運動」の背後にある思惑とは

2017年に「アフリカのアートがヨーロッパの博物館にあるべきではない」と明言したのは、フランスのマクロン大統領。かつてフランスの植民地だったダホメ王国(現在のベナン共和国)から略奪したアートを返還するべく動き始めました。

マリ、コンゴ、エチオピアなどの略奪アートも、ヨーロッパ各国から返還されつつあります。アメリカのメトロポリタン美術館、ボストン美術館が懸命に返還に取り組んでいるのは、ブラック・ライブズ・マターが追い風となっているのでしょう。

大英博物館に展示されている古代エジプトの「ロゼッタ・ストーン」(© Hans Hillewaert)

略奪アート返還運動については、ヨーロッパ側ではフランスが積極的。これを「さすがフランス、アートの国だ」と言うのは長閑のどかすぎる発想で、したたかな外交戦略でもあります。

略奪アートという過去の不正義について反省の意を示し、文化や人権意識が高いことをアピール。旧植民地との関係を改善して、影響力を維持、拡大していきたい──そんな狙いもあると私は見ています。

ゆえにフランスが意識しているのは「豊富な資源と人材を有するアフリカ」だけではなく、「アフリカ大陸で、とみに存在感を増している中国やロシアというライバル」です。

経済援助を通じてアフリカと絆をつくりつつある2つの国に対抗したい。これはヨーロッパ各国やアメリカも意識しているはずです。

 

ビジネスパーソンは「略奪アートの返還はすなわち、国際政治の重要なツールである」と押さえておきましょう。残念ながら日本での報道は多くないのですが、世界ではよく知られた「知らないと恥ずかしいトピックス」です。NYタイムズでも頻繁に記事になっています。

アフリカ以外にもカンボジア、ギリシャなどに対して略奪アートの返還が始まっていますが、そう簡単にいかない理由が主に3つあります。

第一に、法律関係の複雑さ。略奪後、アート市場に出れば、所有権が移転していることも多く、個人が所有している場合には、返還を強制することは難しくなります。

第二に、せっかく返還されても、アフリカやアジアの博物館では適切な管理ができないケースが多いこと。貴重な美術品を損ねないための温度や湿度の調整には専門知識をもった人材と設備が必要ですし、紛争が頻発している国では、アートの展示すら難しい。

そのため、書類上では元の所有国に返還し、実際には欧米の美術館が「所有者であるアフリカに使用料を支払って借用・展示する」という形をとることもあります。

第三に、輸送費用が膨大になることもあり、その負担も課題です。破損しないように慎重に取り扱わねばならず、かなりの保険もかけます。「段ボール箱に入れて輸送しよう!」というわけにはいかないのです。

 

それでも略奪アート返還の動きは、アフリカやアジアのアートの価値が改めて認められる重要な契機になると私は考えています。お互いのアートの価値を認め合うことが政治の緊張を和らげ、経済交流につながるきっかけになるはずだと。

関連書籍

山中俊之『「アート」を知ると「世界」が読める』

NYタイムズではアート関連の記事が頻繁に1面を飾るなど、アートは欧米エリートにとって不可欠な教養である。他方、日本でそのようなことはなく、アートに対する扱いの差が、まさに欧米と日本のイノベーション格差の表れであると、世界97カ国で経験を積み、芸術系大学で教鞭をとる元外交官の著者は言う。アートに向き合うとき最も重要なのは、仮説を立てて思考を深めることである。そこで本書ではアートを目の前にして、いかに問いを立て、深い洞察を得るかについて解説。読み終わる頃にはアートの魅力が倍加すること必至の一冊

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「アート」を知ると「世界」が読める

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

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山中俊之 著述家・ファシリテーター

芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。2024年現在までに世界97カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。京都芸術大学卒(芸術教養)。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA。大阪大学大学院国際公共政策博士。著書に『世界9カ国で学んだ元外交官が教えるビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)などがある。

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