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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2024.07.19 公開 ポスト

「同意」の先にあるもの:『セックスする権利』が現代のフェミニズムに問いかける課題鈴木綾

(写真:Unsplash/Womanizer Toys)

27歳の妻が巻き起こした議論

8月1日に開催予定のひらりささんとの読書会に向けて、アミア・スリニヴァサンの『セックスする権利』を読み返している。数年前に読んだ時の明瞭さと迫力は今なお色褪せていない。読み進めるうち、今春に英語圏のXで物議を醸したある記事を思い出した。

その記事は27歳のアメリカ人女性が綴ったコラムで、16歳年上の男性との結婚を語っていた。キャリアが既に安定している男性と結婚したおかげで、彼女は新卒者がやるような低給で退屈な仕事を避け、幸せに執筆活動に専念できているという。

 

この記事は賛否両論を巻き起こした。著者の選択を尊重する声がある一方で、一見自由な人生に見えても、単に男女の固定的役割分担意識に捉われているだけではないかという批判も聞かれた。また、彼女が強調する「年上の男性との関係」は、実質的に「裕福な男性との関係」ではないかと指摘する声もあった。

私の女性友達の間でも広く共有されたが、ほとんどの人が似たような経験をしていたようだ。20代前半――まだ大学生だった頃、あるいは社会人になりたての頃――に自分より年上の男性と付き合う経験。ある程度の可処分所得があり、キャリアが安定している男性。この「年上の男性」のおかげで、私たちは初めてミシュランの星付きレストランを体験できた。クリスマスにはブランドものバッグを、誕生日には海外旅行をプレゼントされる。飛行機から新しい世界を眺めながら、私たちは初めて「大人」になった実感を得る。

でも結局、そういった関係は長続きしなかった。そのような男性と付き合うことで得られた利益以上に、私たちは利用されていた。彼らが欲しかったのは私たちの若さであり、私たちとのセックスだった。本当の意味での自由はなかったのだ。同意があったとはいえ、それは不公平な関係だった。記事の著者はいつその事実に気づくのだろう、というのが私の友達の反応だった。

『セックスする権利』の中で、「同意」は繰り返し取り上げられるテーマだ。スリニヴァサンによれば、「同意」の有無だけでセックスを理解することはできない。セックスはYesかNoで片付けられるほど単純ではなく、たとえ二人が喜んで同意していると言っても、そこには様々な要因が絡み合っている。#MeToo運動は「同意」を性的正義への鍵(キイワード)として掲げたが、「同意」は不完全な判断基準に過ぎない、というのが『セックスする権利』のフェミニズム論への重要な問題提起だ。

スリニヴァサンによれば、性欲の「政治的背景」や他の要因――なぜ24歳の女性は年上の裕福な男性と関係を持つのか――を考慮しなければならない。『セックスする権利』に収められた6つのエッセイの1つの中で、スリニヴァサンは大学教授と学生の恋愛関係について取り上げている。

博士号を持ち、一流大学で学び教えた経験を持つスリニヴァサンにとって、これは重要な意味を持つテーマだ。こうした恋愛関係――多くの場合、男性教授と女子学生の間で生じる――は、たとえ同意の上であっても、多くのアメリカの大学で禁止されている。スリニヴァサンは、同意があってもこのような関係には力の不均衡が存在すると主張する。学生と教師を取り巻く環境は感情的に高ぶりやすく、学生が教師のような知識を渇望する気持ちと恋愛感情を混同する可能性が高い。さらに、大学生は法律上「大人」とされるものの、まだ若く未熟な面も多い。

件の27歳のアメリカ人若妻のコラムの中の一節は、まさにスリニヴァサンが語る学生と教師の関係を思い起こさせる: 「夫は私のパートナーではありません。彼は私のメンターであり、恋人であり、ある文脈の中では友人でもある」これが年上の男性と年下の男性の関係であれば、普通にメンターとメンティーの関係になっていることだろう。しかし、男女の場合、それはしばしば性的なものになる。

とはいえ、スリニヴァサンは道徳絶対主義というわけではない。私たちの政治的見解と性的行動は必ずしも一致する必要はない。フェミニストだからといって、ある特定の性的関係を望んではいけないというのは間違いだと、彼女は正しく論じている。

その延長線で考えると、スリニヴァサンがもしこの27歳の若妻のコラムを読んだら、彼女の「fuckability(ファッカビリティ)」、つまり、「セックスする相手にステータスを与え、セックスの対象として魅力的に思われること」についてコメントするだろう。彼女は高学歴で魅力的な美人。ルーツはラテン系とはいえ見た目は白人。性の階層では、彼女はかなり上位に位置する。

この若妻の記事が多くの人を憤慨させた理由はまさにこれだ。彼女はまるで女性たちに人生の秘訣を伝授しているかのように書いている――同世代の男性を感情的に未熟だとし、彼らと結婚する女性はお母さん扱いされるリスクがあるが、年上の裕福な男性と結婚すれば養ってもらえる、と。

しかし、このような関係はすべての女性に可能なことではないことを彼女は無視している。家父長制は彼女にはこの機会を与えるが、社会がファッカビリティが低いと判断する黒人女性や障害のある女性には与えようとしない。だから読んでいる私たち女性は裏切られたと感じる。どうして27歳の彼女は、女性たち全員の代弁者になれると思うのだろうか。

フェミニズムは一面的なものであってはならないということを、スリニヴァサンは『セックスする権利』を通じて私たちに忘れてほしくないと訴えている。ある人種的背景や社会経済的背景を持つ女性の権利や尊厳を向上させることが、必ずしも異なる背景を持つ女性にとって有利であるとは限らない。

社会、そしてフェミニズムは、多くの場合「一人の女性」について語っているのだ。スリニヴァサンが私たちに投げかける課題は、より多様な女性の経験を反映したフェミニズムを考えることだ。

彼女はその具体的な方法について多くを語らない。あとは、私たちが日々の生活の中でこれをどのように実践するかを考えることだ。よりフェミニストな世界を実現するために、女性であることの経験の多様性をどう考慮していくか。

8月1日の読書会イベントでは、このことをみんなと一緒に話してみたい。

8月1日(木)19時半~21時半オンライン読書会
ひらりさ×鈴木綾『セックスする権利』読書会~誰を求め、何を求められたいのか?

語りどころ満載の課題図書です。事前に課題図書を必ず読む必要はございません。聞くだけの参加もOKです。内容・申し込み方法は幻冬舎大学のページをご覧ください。

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鈴木綾さんのはじめての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』も好評発売中です。

10月19日(土)鈴木綾×ひらりさ「おいしいごはんが食べられますように」読書会開催! はじめて綾さんが会場にいらっしゃいます

内容・申し込み方法は幻冬舎カルチャーのページをご覧ください

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イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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