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女40代はおそろしい

2025.01.04 公開 ポスト

前編

「女だってバリバリ働いて稼ぎたい」という希望を叶えた後の苦しみとは田房永子(漫画家)/西井開(日本学術振興会特別研究員/臨床心理士)

2024年11月10日、田房永子さんの新刊『女40代はおそろしい 夫より稼いでたら、家に居場所がなくなりました』刊行記念トークイベントが、本屋B&Bにて会場とオンライン配信で開催されました。

対談のお相手は『恋愛社会学―多様化する親密な関係に接近する』(共著/ナカニシヤ出版)が同時期に刊行された、立教大学大学院社会デザイン研究科特別研究員の西井開さん。主に臨床社会学、男性・マジョリティ研究をされています。

これまでも、パートナーシップや家族、暴力と責任などについて語り合ってきた二人の今回の対談テーマは「わたしとぼくの凶暴性と粘着性」。

イベントでは、「切り離し」や「嫌知らず」がなぜ起こるのか、そして息子への接し方に確信が持てないという田房さんの悩みについて、話が弾みました。イベントの様子を前後編の2回にわけてお届けします。(前後編の前編)

構成・文 安次富陽子

大黒柱妻たちが「声をあげた後のこと」を描きたかった

田房 私たちは西井さんのはじめての著書『モテないけど生きてます』(青弓社)が出た時に対談をしたのがきっかけで知り合ったんですよね。あの本、すごく面白かったです。

西井 ありがとうございます。僕自身も「非モテ」に悩んでいた時期があったのですが、「非モテ」男性の生きづらさをモテないこと――恋人がいないことや、セックスができないこと――それだけに集約していいのかという疑問を持ってきました。2017年に対話グループ「ぼくらの非モテ研究会」(以下「非モテ研」)を立ち上げて、男性同士で語り合いを実践してきました。『モテないけど生きてます』はその取り組みについて書いた本ですが、田房さんとはとても楽しい対談ができました。

田房 今回私が出した『女40代はおそろしい』は、『大黒柱妻の日常 共働きワンオペ妻』(エムディエヌコーポレーション)の続編にあたります。前回は、夫より多く働いて稼いでいる女性たちに取材を重ねる中で“昭和のお父さん”みたいな行動をしてしまうという声を多く聞いて、これって男女に関係なかったんだと気づいたことを描きたかったのですが、今作では、中年女性のセックスの話や収入が減る怖さなどを入れつつ、裏テーマとして「声をあげた後のこと」を描きました。

こちらの要求を踏まえて変わってくれた相手をきちんと受け止める

田房 前作で、主人公のふさ子は、女性だから出産したら家に入って仕事をセーブしなきゃいけないということに怒りを感じて、封印してきた仕事欲を爆発させて、夫と役割を交代します。そのために夫は勤務時間の少ない業種に転職してくれたわけだけど、声をあげた側は、自分が望んだ状況を手に入れたのと引き換えに、今度は結構な責任を負うことになる。そしてさらに“昭和のお父さん”化までして、自分の中の凶暴性みたいなものにも気づかされるという……。

西井 人には言いにくいしんどさがありますね。

田房 そうなんです。私は2010年から2019年までフェミニズム系のサイトでコラムを書かせてもらっていたんですが、2015年から自分のコラムの影響力を感じるようになりました。当時の私の原動力は男性中心社会への怒りで、男性そのものへの怒りを隠すことなく「女から見える理不尽な景色」をそのまま書いていました。とんでもない数の人に読まれて、もちろん批判もあったけど「そうだったのか、もっと知りたい」という感想も多かった。どんどん書けてどんどん炎上して。ちなみにあの頃は、読まれた数でインセンティブがつくような仕組みはなかったので、どんなに燃えても1円にもならなかったんですけど。

西井 炎上損ですね。

田房 ほんとそうです、メンタルケアで赤字。だけど、声をあげれば世論が変わっていくというような実感もありました。私の怒りが世の中を変えた、というわけではないけれど、あの頃社会の表面に現れてきたフェミニズムの波の小さな一つになっていたとは思います。

それ以前は、痴漢の問題を取り上げたいと提案しても「読みたい人がいないから結構です……」なんて突き返されていましたから。その時と比較すると、明らかに社会は変わっている。最初は無邪気に思ったことを書いてたけど、社会が呼応してくれるとなると、だんだんそうはいかなくなってくる。自分が言ったことに責任を持つのは当たり前なんだけど、広がるにつれて良く思わない人も当然いるわけで、曲解されて見当違いな批判をされることも増えるんですね。

こっちの言ってることを理解してる人の指摘や批判なら釈明できるけど、言ってないことで猛烈に怒ってる人にはこっちから話しかけるのは無理で。一方、伝わる人にはすごく響いている感じもする。次第に「言いづらくなる時期」が来たんですよ。なんか、私が言ってることって、人によっては犬笛と思うのかも? ちょっと怖い……みたいな。

西井 犬笛(笑)。話がどんどん膨らんで、何かの代表として押し出されるような感覚ですか?

田房 まさにそうです。そんなこともありつつ、私は今45歳になりました。このぐらいの年齢になると周囲の目も変わってくるので、自分の持つ権威性とか加害性とかに気をつけなくてはと恐れていたら、ふと、夫婦関係とか単位の小さな人間関係でも同じなんじゃないかなと思ったんですよね。

例えば、小さな子どもを持つ女性がいて、彼女はサウナ好きな夫が忙しい時に限ってサウナに行ってしまうことに日々イライラしているとしますよね。ある日思いきって夫に「サウナ禁止!」と言う。実際に夫はサウナに行かなくなって、家事育児をするようになる。すると、女性は自分の要求が通ったはずなのに「夫の楽しみを奪ってしまったのでは」と今度はハラハラしてしまう、みたいなことって結構あると思うんですよね。

相手が変わってしまったら、こっちも要求したことに責任を持たなきゃいけなくなる。1人だけ上がってたステージに「お前も上がってこい、変われ」と言ってる時って実はまだラク、というか。責任を持つっていうのは、ハラハラの罪悪感に負けて「やっぱりサウナ行ってもいいよ」とか卑屈に言ったりしない、とかです。変わってくれた相手の決意や覚悟をちゃんと受け止める、っていうのをがんばんなきゃいけないんだなと思う。家族はそんなに堅苦しくなくていいと思うけど、でもやっぱ「変わってと言ったら変わってくれた」ということを覚えている、くらいはしないといけないかなと思うんですよね。マナーとして。

それは、社会に対して声を上げた1人として、本当に変化してくれた部分のある社会に対して私が思うことでもあります。

今作では、女もバリバリ働いて稼ぎたい、という自分の要望を叶えた主人公たちが陥る、苦しさの部分も描いています。

妻が突然キレた?

西井 一方で、なかなか男性たちが変わらないという問題もあると思っています。僕は心理臨床家として、男性を専門にしたカウンセリングをしているのですが、例えば結婚して十数年経って、専業主婦をしている妻が急に怒り出したという話を時々聞くんですね。妻は、結婚を機に仕事を辞めて、ずっと家庭を優先させてきたけれど、それは十分な対話を経た結果ではなく、暗黙の了解でそうなっていた。そこには個人の生き方を縛るジェンダーの問題がからんでいます。妻は自己実現が妨げられたことに不満を抱えてきたけどなかなか表には出せず、それが募り募って急に怒りとして出てくるというケースが少なくないんです。でも夫の側からすれば、突然のことでその怒りの理由がよくわからない。

田房 夫からすると「妻は家事が好きで、専業主婦も望んでやっていると思ってた」ってやつですか。

西井 はい。ようやく気づいたことなので、妻も理路整然と話せるわけではなく、夫もなかなか理解できないし、理解するための枠組みもない。だから、妻が急にヒステリーになったとか、更年期障害の影響だとか、安易な結論を出してしまってすれ違いが起きているケースが結構あるんです。

田房 声を上げた側が言語化して伝えることを求められますよね。つらい思いをした側が、何も分かってない相手にさらに苦労して説明しなきゃいけないのは理不尽だし、技術としても難しいことだと思います。最近、SNSで「嫌知らず」という言葉が生まれたのですがご存じですか?

西井 はい。主に女性が男性に「それは嫌だ」と伝えているのに「俺は嫌じゃないから」「俺は大丈夫だから」と、指摘を無視したり、矮小化したりしてそのままやり続けるという現象ですよね。

田房 そう。嫌だって伝えてるのにスルーし続けられたら、キーッ! ってなっちゃうのも仕方ない。すると今度はそのキー! っていうのをヒステリーとして「加害」にカウントされちゃうんですよね。西井さんのところに相談に来ている方も通じているんじゃないかな。

「家族の責任を負う覚悟はできてますぅ?」

西井 話は変わりますが、今回の本の中で40代の「責任」とは「自分の懐に確かに貼り付いていて手放すことが1000%許されていない、手で触ることのできる責任」であるという一節が印象深かったです。僕は今35歳で、自分の未来を重視して責任を持てばいいんだけれど、40代になると周囲の人に責任を持つことが当たり前となり、それを見越して自身の健康にも責任を持つことになる。具体的に少し先のことが想像できました。

結婚をして家族がいる場合、どちらかと言うと家計を支える人ほど、こうした責任感を強く持っていて、カウンセリングの現場でもその責任を自分一人で負わないといけないと抱え込んでしまう男性が少なくありません。田房さんは、こういった事態が男女関係なく起こるのではと書かれていましたが、僕としては男女で非対称な部分があるとも感じています。

田房 どんな部分ですか?

西井 妻の側が大黒柱になると宣言すると、男性が専業主夫をすると言うよりも周囲からの批判や非難が多く飛んで来るだろうなと。本にもありますよね、「仕事がなくなっても家族の責任を負う覚悟ができてますぅ?」と嫌味を言うおじさんが出てくるシーンが。

田房 あのセリフは、実際に連載していた時に、漫画へのコメントとしてSNSで男性からかけられた言葉です。彼は主人公のふさ子さんに語りかけていました。「この場で『はい』と言えばあなたを認めますよ」って。

西井 女性が家計を担うという、いわば「一般的」と違う選択をすると、より強く自己責任論が覆いかぶさる感じがあります。

田房 ほんとそうですね。上から目線でわざわざそんな事を漫画の登場人物にぶつけないといられないくらいの、苦しみがある感じがした。「女性のあなたに男性の苦労がわかるんですか?」って感覚。

西井 なるほど。ふさ子が家計の多くを担う一方で、ふさ子の夫は、自分の仕事を減らしてケアの割合を多くとりましたよね。この行動は、おそらく今の時代、批判より褒められることのほうが多いんじゃないかと思ったんですね。

田房 たしかに、褒められると思います。

西井 ひと昔前だと、妻の尻に敷かれている、甲斐性のないやつだと揶揄されたかもしれない。僕も今、パートナーと暮らしているのですが、相手の転職に伴って最近引っ越しをしたんです。パートナーの職場に近くなるように。この話をすると周りの人から「えらいね」「優しいね」と言われるんです。でも、これが男女逆ならば、そんなこと言われないですよね。

田房 あんまり言われなさそう。西井さんは、褒められたらどうするんですか?「いえ、こんなの当たり前ですよ」と言うの?

西井 双方が納得する選択ができることが当たり前のことだと思いつつ、褒められると悪い気はしないのでそんなかっこよくは返せないですね。

田房 そうなっちゃいますよね。

あっち側とこっち側に分けたがる「切り離し」とは

西井 他の男性と違って、自分は進歩的な男であるように見られたいという欲望がここにはあると思っています。それは男性間に新たなヒエラルキーを生む結果をもたらすので、そういう態度には批判的な立場をとっているのですが、いざ褒められると……という葛藤はあります。

田房 生きのびるブックスでの連載「あいつはフツウと違うから」にも今お話されているようなことが書かれていますよね。

西井 はい。以前から男性同士でよく見かける、「他の男性と自分は違う」という自身も陥りがちな独特のマウンティングが気にかかっていました。例えば、国際男性デーがある11月は新聞などで特集が組まれたりするのですが、ある時男性の記者から「インタビューがしたいので生きづらさを抱えている男性を紹介してほしい」と依頼がきたことがありました。いやいや、あなたの周りにたくさんいるでしょう、そもそもあなた自身はどうなんですか、と思ったわけです。

田房 そうだよね。

西井 彼の目線では「生きづらい男」という一群がいて、自分はそうではないという感覚があったんだと思うんですね。そんなふうにあっち側とこっち側を分けて、どちらかというと自分は優位なポジションでいたいという心理的なメカニズムとコミュニケーションのあり方を「切り離し」と呼んで連載をしています。ただ、これは男性特有のものではなく、マジョリティ特有のものなのかなという気がしています。民族やセクシュアリティーなど様々な軸の中で、何か批判されたり指摘されたりした時に、マジョリティーほど「私は違うから」と言いたくなる衝動に駆られるのではないかと思っています。

田房 すごくありますよね。私が描いてるのは“毒親モノ”と呼ばれるジャンルなので「私も親がしんどくて」という話を聞く機会があるんです。「田房さんの家ほどひどくないんですけど」と前置きされることが多いです。遠慮の意味だと思うけど私としては「切り離し」された感じがしちゃいますね。話をするうちに「親から殴られて育った」と言ってたりして、私の家は身体的暴力はなかったので、「?」となったりします。

西井 不思議な現象ですね。いま話を聞いていて感じましたが、「私は関係ない」「相手がおかしいだけ」という切り離しは、問題を個人に帰属させるので、両者の間に部分的に共通している問題や、社会の問題を見えなくしてしまう危うさがありますね。例えば先ほど話題に出てきた痴漢の加害について論じる場合でも、加害者の異常性にかんする言葉ばかりが出てきてしまって、社会を問う話ができない印象を持ちます。

田房 これからするべき痴漢被害対策の話をしている時に、すかさず男性が割り込んできて「痴漢冤罪のほうが大変だ」と怒り出すのは定番ですよね。これって言い換えると「痴漢しない男もいるんだよ、それは俺だ。同じ男でくくるな」っていう「切り離し」の主張なんでしょうね。被害を訴える側は、まずその「しないのは俺だ」勢の鎮圧をしなきゃいけなくて、「痴漢被害者と冤罪被害者は対立する関係ではない」とか解説してる間に、実際に起きている痴漢被害をどうしたら防げるかという本題からどんどん離れていっちゃう。

(後編に続く)

関連書籍

田房永子『女40代はおそろしい 夫より稼いでたら、家に居場所がなくなりました』

40代は最高って誰が言った!?  収入半減、義母問題、夫の監視、加齢とセックス、部下との不倫? 女性用風俗……共働き夫婦の行き詰まりと未来を描いた中年クライシス漫画、誕生! 丸山ふさ子(40歳)、フリーデザイナー。2児の出産育児、そして夫とのバトルを経て「共働きだけど、夫の方が家事育児多め」という夫婦関係にやっとのことで行きつく。しかし、その矢先に大口の仕事を失い、収入半減の危機に。一般企業でバリバリ働くまい、そして起業家のかおりとは頻繁に集って話す仲だが、彼女たちもそれぞれの40代クライシスに陥っていた。仕事、家庭、そして性のこと……これまで見て見ぬふりしてきたけれど山積みになる諸問題。彼女たちに明るい未来はやってくるのか!?

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田房永子 漫画家

1978年生まれ、東京都出身。漫画家、コラムニスト。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。他の著書に『ママだって人間』『キレる私をやめたい』『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』『喫茶 行動と人格』などがある。最新刊は『女40代はおそろしい』。

西井開 日本学術振興会特別研究員/臨床心理士

1989年大阪府生まれ。立命館大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専攻は臨床社会学、男性・マジョリティ研究。一般社団法人UNLEARN(DV加害者更生カウンセリング)所属。モテないことに悩む男性たちの語り合いグループ「ぼくらの非モテ研究会」発起人。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』(集英社新書)がある。

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