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女40代はおそろしい

2025.01.06 公開 ポスト

後編

男の子は小さい頃から「ありのまま」を奪われているのかもしれない田房永子(漫画家)/西井開(日本学術振興会特別研究員/臨床心理士)

2024年11月10日、田房永子さんの新刊『女40代はおそろしい 夫より稼いでたら、家に居場所がなくなりました』刊行記念トークイベントが、本屋B&Bにて会場とオンライン配信で開催されました。

対談のお相手は『恋愛社会学―多様化する親密な関係に接近する』(共著/ナカニシヤ出版)が同時期に刊行された、立教大学大学院社会デザイン研究科特別研究員の西井開さん。主に臨床社会学、男性・マジョリティ研究をされています。

これまでも、パートナーシップや家族、暴力と責任などについて語り合ってきた二人の今回の対談テーマは「わたしとぼくの凶暴性と粘着性」。

イベントでは、「切り離し」や「嫌知らず」がなぜ起こるのか、そして息子への接し方に確信が持てないという田房さんの悩みについて、話が弾みました。イベントの様子を前後編の2回にわけてお届けします。(前後編の後編。前編はこちら

構成・文 安次富陽子

モンスターやサイコパスだと言いたくない

西井 今DVの加害者臨床に携わっているんですが、その話をすると、”DVをする人”はどんな人なのか、例えば「認知が歪んでいるのか」「衝動性が高いのか」など、よく質問されます。どれほど異常で自分たちとは違うのか知りたいという意図を感じます。

田房 “モンスター”に違いないだろう、と。

西井 そう。「DV加害者」という言葉自体も強すぎるのかなとは思うのですが、実際に出会うとありふれた男性たちです。それと、DVと聞くと怒りを抑えることにスポットライトが当てられがちなのですが、暴力そのものは問題の全体像から見ると氷山の一角のようなものです。日常の中に常にいろんな問題があって、それがある瞬間に暴力として出てくることがある。だから、その瞬間の怒りのコントロールも大事だけれども、それ以前の問題に目を向ける必要がある。なのですが、そこで「自分はDVをするような人間ではない」と切り離しをされると、途端に通じなくなる感覚があります。

田房 凶悪事件が起きると、ワイドショーで加害者の卒業アルバムが出るじゃないですか。生い立ちとかどんな作文書いたかを紹介されたり。あれも切り離しの心理ですよね。見ている側の「すごく変な人であって欲しい、私たちとは全く関係のない人であって欲しい」という願望。

西井 そうですよね。なので、田房さんの『喫茶 行動と人格』(竹書房)を読んだ時に、本当に素晴らしいなと思って。ひとまとめにされやすい「行動」と「人格」を分けて出来事を捉えなおすアプローチはもっと広まってほしいです。

田房 その漫画の中で「人格」は、出自とか体質とか変えようのない部分を指すんですけど、最近「サイコパス」って言葉が日常生活でも使われるようになりましたよね。「あの人ってサイコパスだよね」とか。深い意味で使ってないとは分かるんだけど、私はどうしても抵抗があって。「あの人はモラハラをしてる」だったら言動を非難されてる感じがするけど、「サイコパス」は人格そのものがヤバいって意味になっちゃって、人格否定してる感じがする。

西井 問題のある行動を出自や体質とだけ結びつけて考えるのは、別の側面でもよくないと思います。例えば、性差別的な発言をした男性に対して「昭和の家父長制の空気の中で育ってきた旧世代の遺物」みたいなレッテルを貼り付けた場合、本人が「昭和生まれなので、どうしようもありません」と開き直って変わろうとしない可能性が出てくる。だから人格の話ではなく、行動の話をしようという『喫茶 行動と人格』は示唆に富んでいて本当にいい本でした。

0歳の息子の立ちションに衝撃

田房 ありがとうございます。西井さんの連載や本も、データだけでなくご自身の体験も入っているからすごく読みやすいんですよね。男性が自分で自覚する弱さの話や、普段隠している怯えについてはなかなか聞くことができないので貴重です。それで、私、西井さんと話したかったトピックスがありまして。息子と母親の関係です。私には中学生の娘と小学校低学年の息子がいますが、息子との接し方はこれでいいのかなーと思うことが多くて。

西井 それは、子育てに自信がないという話ですか?

田房 そうですね、問題は息子じゃなくて私のほうにある感じです。娘が小さい時は、性別を意識しないで接しようと思っててそれができてると思ってたけど、息子に対しては「よくわからない」と感じる度に「自分とは違う性別の“男”だからかな」と思ってしまったり。あー、この人は男性なんだなーと思ったことが私の中で大きいのかもしれない。

西井 どのような時に?

田房 例えば……、0歳の後半で立ち上がれるようになった頃なんですけど、浴室で立たせて体を洗っていたら、おしっこをしたんです。シャーっと床に落ちていくおしっこを見て本当に驚いて。だって、遠いんですよ。着地点が!

西井 着地点が遠い(笑)。

田房 もちろん、男性が立ちションをすることは知っていましたが「男って、ホースみたいに体から離れた場所におしっこ飛ばせるんだ!」って衝撃を受けました。女性が立ちションしたら脚が尿まみれになるし、その始末もしなきゃならない。でも男性は身体を汚さずに、尿だけ遠くに放ってサッとその場から立ち去れる。

前編の「嫌知らず」のような、女性からそれは嫌だと伝えられた時に「俺は嫌じゃないから大丈夫だよ」と答えちゃう男性のなんか他人事な感じと、私の中でリンクしたんですよね。「ああ、おしっこがこんなに遠くに飛ぶんならそうなるよね」と。息子も、私と違う性別なんだなーと強く感じた瞬間でした。

西井 斬新な発見ですね……。

男の子は早いうちから「ありのまま」を奪われる?

田房 髪の毛も。娘は生まれてからずっと髪を伸ばしていたんです。初めてハサミを入れた日は、感傷的になって泣いてしまったほどでした。息子もそうしようと思ったのですが、いざ2~3歳になって周りの男子が短髪にしているのを見ると「切らなきゃ」って焦りが出てきたんです。でも伸ばしたい気持ちもあるから、夫婦で葛藤して。結果、前髪だけものすごく短くカットしたキダ・タローさんのような髪型になりました。キダ・タローを経て、ちゃんと短く切りそろえた時は安堵感がありました。

その時、実は男の子のほうが早くから「ありのまま」の自由を取り上げられているのでは? と思って。学校の制服でも、ジェンダーレスが広がっていますが、性自認が男性のままで男子がスカートを履くのは想定されていないですよね。一方で女子は、今日は寒いからスラックスを履くとか、リボンにするかネクタイにするかなど選択肢が多い。そういう環境で育った男子が大人になってSNSを見て、女性は大変だという話題に触れても「お前ら、超自由だったじゃん」と感じることもあるのではないかと思って。

西井 そうですね。僕も学校の制服にパターンが欠如しているのは奇妙だと思っていて、男性とされている身体の個人が女性的な振る舞いや、装いをすることに対するスティグマが日本社会の中で強くあるのだろうなと感じます。あと、尿の話ですが、男性器があるということと、その子の性自認は別の問題なので、おしっこが身体にかからないからといって、「男らしくなる」わけではないのは前提として持つべきかなと思いました。

田房 そうですね、そこをあまり繋げすぎないようにしなきゃ。西井さんの子供時代はどうでしたか? お母さんとの関わりで記憶に残っていることはありますか?

西井 うちは田房さんのお子さんたちと同じ、姉と僕の2人きょうだい。姉は破天荒タイプで、それを反面教師にしたのか僕は優等生タイプでした。母はそんな僕に不満があったようで「あんたの3者面談は面白くないから、トラブルの1つくらいやってきなさい」と言われていました

田房 そう言いたくなるくらい、いい子だったんですね。

西井 そうかもしれません。当時は無茶言うなと思っていましたが、学校という権力に抵抗することを学んだ気はします。

私は息子に女神化されたくない

田房 あ、今ひとつ気づいたことがあります。

西井 なんですか?

田房 女性よりも男性のほうが、自身の母親に対して美化する傾向がある気がしちゃってて。女神化というか。「うちの母も毒親っぽいんです」っていう方に話しかけられる時、女性とは「ヤバいよねー!」って盛り上がるんだけど、男性は「いや、でも母は僕のことを愛してるんで」みたいにピシャーッと閉じられることがあるんですよね。女性は母へ現実的な評価をするけど、男性はなんだかんだで母を現実より良いほうへ盛る、みたいな偏見が自分の中にある。だから、息子も結局は最後は私を女神化するのかな、とか思っちゃう。

西井 女神化ですか?

田房 男性が母を語る時って、なんかウットリする人が多い気がする。武田鉄矢の「母に捧げるバラード」とか。

西井 なるほど。母の美化が出てくるのは、年齢の差もあると思います。例えば、異性愛の男性の場合、年齢が若いうちは「マザコン」と言われるのではないかという恥ずかしさがある。ところが、ある程度の年齢になると「うちの母親はこんなこともしてくれていた」という母性愛の話が出てきて、その役割を妻に求めるというのはあると思います。でも、うちの場合はあまり母にウットリというのはなかったかもしれない。さっきの話のようにサッパリした関わり方をされていたのが大きかったかもしれません。

田房 ああ、なるほど。私はウットリされることにプレッシャーを感じているのかもしれません。

「息子を非モテにしないために、どうしたらいいですか?」

西井 そういえば以前、非モテ研のSNSアカウントに、息子を持つ母親から「うちの息子が非モテにならないためにはどうしたらいいですか?」という質問が届いたことがありました。

田房 うわーお。

西井 それを僕らに聞くんやと思ったんですけどね(笑)。息子に対する母親たちの強い危機感のようなものを感じました

田房 そうですね、子どもが将来どんな人になるか、って不安はキリがないから。

西井 最近はリベラルな観点から、将来息子が性差別的なふるまいをする男性にならないように教育しないといけない、という言説も多いですよね。そういう母親の危機感を理解はしつつ、先回りしすぎるのも怖いなと思うんですね。それは子供に対する親のコントロールになりかねないので。

田房 「お前はそうなる」って、先に決めつけちゃっていますよね。

西井 そういう目で見られていたら、子供も嫌ですよね。差別は誰もが意図せずしてしまう可能性を持っていますが、男性だからという理由で先回り的に親から注意され続けるのはしんどい。しかももし性差別的なふるまいをしてしまった時、怒られるのではという恐れから、向き合うのではなく隠すようになったり、「差別的なふるまいをしてしまった自分はどうしようもない人間だ」と過剰に自己否定してしまったりするかもしれない。「こうならないように」という予防的な関わりよりも、何か問題が起きてしまった後にフォローすることの意義を重視したいですね

田房 本当にそうなんですよ。ある程度そういう問題があるという前提で子供をサポートしてあげなきゃいけなくて。やっぱりそれも、行動だけを調節して人格は尊重するってことを頑張らないと、行動も変わらない。その概念がもう少し世の中に浸透していくといいな。そうでないと、母親の育て方が間違っていたから人格全部ダメになりました! みたいなことになるから。あ、こうなるのが怖いから母親も必死になるのか。

西井 そうか。生い立ちを責められるということは、母親が責められる。ここにつながるんですね。

田房 それもね、よく考えたら父親が不在な感じなのもアンバランスさがあるので、深掘りしたいですね。ちなみに、前出のお母さんの質問にはなんて答えたんですか?

西井 まず、恋人ができないことを否定的に見るのはやめたほうがいいのでは、と返しました。自分に恋人ができないことに親がショックを受けているって、息子の側からしたら自分が否定されている気持ちになりますよ。なので、まずはその意識を改めるといいのではないかとお伝えしました。

田房 そうですよね。結局、「息子」の問題じゃないんですよね。質問者の「非モテ」に対する意識の問題。西井さん、今日はありがとうございました!(完)

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田房永子 漫画家

1978年生まれ、東京都出身。漫画家、コラムニスト。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。他の著書に『ママだって人間』『キレる私をやめたい』『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』『喫茶 行動と人格』などがある。最新刊は『女40代はおそろしい』。

西井開 日本学術振興会特別研究員/臨床心理士

1989年大阪府生まれ。立命館大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専攻は臨床社会学、男性・マジョリティ研究。一般社団法人UNLEARN(DV加害者更生カウンセリング)所属。モテないことに悩む男性たちの語り合いグループ「ぼくらの非モテ研究会」発起人。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』(集英社新書)がある。

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