速水健朗さんのポッドキャスト「これはニュースではない」と幻冬舎plusがコラボし、「80年代と90年代はどう違ったか。」が3回配信されました(ゲストは米澤泉さん。その1、その2、その3)。時事ネタ、本、映画、音楽について、膨大な知識を背景にしたウィットにとんだ切り口が人気の速水さんのポッドキャスト。その書籍版『これはニュースではない』も読み物ならではのおもしろさがあります。コラボを記念し、抜粋記事をお届けします。
中森明菜の降臨と救済、そして不安
WOWOWで配信されていたテンセント製作版のドラマ『三体』を全30話を一気に見た。地球外文明の三体星人の存在が明らかになる。彼らが地球に到達し、人類が危機を迎えるまでは、時間的な猶予が残されている。対処するための地球三体協会が結成される。滅亡を突きつけられた人類はいかに行動するか。
人類は大きく2つに分派する。救済派は、三体文明を崇拝する人々。高次文明を敬い、生きるために解決策を探ろうとする。この一派は、宗教団体に見える。敵対する降臨派は、そもそも人類は滅びるべきと考え、地球文明を滅ぼそうとする。彼らは、環境テロリズムのような存在として描かれる。
一応、もう一派存在する。生存派は人類は滅亡しないと考えるポジティブな人々。ただ少数派ゆえに数の内に入っていない。
80年代の日本も、大きく2つの派閥に分派していた。聖子派と明菜派である。
その時代の才能がきっぱり2つの勢力に分かれた。聖子側は、財津和夫、ユーミン、松本隆、大滝詠一に尾崎亜美など。明菜側は来生たかお・えつこ姉弟、芹澤廣明、売野雅勇、康珍化、林哲司、玉置浩二、井上陽水。途中で両レコード会社も、製作スタッフが重ならないように意識し始めたのだろう。例外は細野晴臣で聖子に「ガラスの林檎」、明菜に「禁区」を提供。ここだけ別文明から来た人といった扱い。
ちなみに僕は80年代の好きなアイドルで言うと桃子派なのだが、それはおいておくとして、聖子、明菜派のどちらかでいうなら明菜派である。このテーマでポッドキャストを録音しているのは、突然、クリスマスの日に中森明菜の公式のYouTubeチャンネルが開設されたから。突然の「降臨」に心底驚いて、これを録り始めた次第。そして、この動画で明菜は、スタジオで「北ウイング」を歌っている。このタイミング、この曲というのは、作曲家の林哲司のデビュー50周年の再録音にあわせてのこと。今から紅白に出るという可能性は低いが、何はともあれその降臨にこちらは、救済された気分である。
中森明菜が「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」「DESIRE -情熱- 」とレコ大を2年連続で獲った直後のこと。明菜は、シングルカットされた曲がない。『CRIMSON』というアルバムを発表した。竹内まりやと小林明子、方向性の違う女性シンガーソングライター2人が、5曲ずつ提供するというコンセプト。ボーカルの音量バランスが抑えられていて、ボーカルも楽器の1つと割り切られた、先進的なアルバムだった。
もっともレコードが売れていた最中にシングルヒットではなく、コンセプト重視の作品に移行。明菜は、脱アイドルなんて領域をはるかに超えた場所で、実質的なセルフプロデュースを意識して作品に向き合っていた。
このアルバムには、のちに竹内まりやも自身でカバーした「駅」と「OH NO, OH YES!」が入っている。竹内まりやの路線としても、この2曲は異端だったように思う。大人の女性リスナーに向けた、目線がリアルな日常におかれる歌詞。当時のポップスの売れ線とも違っていた。
とはいえ、このアルバムの録音時の明菜は、20か21歳だ。歌はデビュー時から十分大人風。デビュー前は、童顔すぎるというコンプレックスを抱いていたが、そのアンバランス差が何よりの魅力だ。
歌声とキャラクターにギャップがある、日本のディーバの系譜においては、重要な要素だ。山口百恵もそうだし、のちの安室奈美恵も、浜崎あゆみらもその系譜だ。
2022年の紅白歌合戦の話。「工藤静香 間違えた」が大晦日にTwitterのトレンド入りをしていた。この日、紅白歌合戦に出演を果たした工藤静香が歌詞を間違えた。わざとだという説もある。そう思っても不思議ではないほどに、貫禄十分での出演だった。紅白の前には、NHK『SONGS』で中島みゆきと共演して、両者の師弟関係が再確認されていた。
工藤静香もまた、歌の大人っぽさと、それ以外で見せる顔のギャップの大きさに特徴のあるディーヴァの系譜の1人。年代的に、中森明菜直撃世代ゆえに影響は少なくないはず。意識していないとは言わせない、工藤静香には「ジェネリック中森明菜」の側面がある。間に、「ジャニーズ事務所」を挟んでみると見えてくるものもあるかもしれない。
「難破船」は加藤登紀子が明菜に提供した曲で、この路線の楽曲がもう、1、2曲明菜のディスコグラフィーに追加されていたら、歴史は別のものになっていた。それは、工藤静香と中島みゆきが辿った「黄砂に吹かれて」「MUGO・ん・・・色っぽい」「FU-JI-TSU」といいうディスコグラフィーと重ねてみてしまう。言葉を濁さずに言うと、なぜ中島みゆきは、中森明菜に曲を書かなかったのかということ。
明菜派とは、このようについ恨みがましく思ってしまう後ろ向きの人種を指す。
『CRIMSON』で中森明菜に楽曲提供をしていたのは竹内まりやだ。「駅」も「OH NO, OH YES!」もこれ以上、明菜向きの提供曲もないと思える最上級の楽曲。竹内まりやは、80年代には岡田有希子に楽曲を提供し、こちらはまりやらしいアメリカンポップス風。明菜には、別の作風の楽曲を提供していたのが今日深い。明菜vs聖子は、派閥と言うよりも、80年代の2大プラットフォームのようなものだった。
中森明菜のYouTube降臨。歌い終えた明菜は、ややふらつきながら、部屋の奥にフレームアウトする。さすがだなと思った。彼女は、いつもきちんと「すこし不安」を提供してくれる。
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【お知らせ】
米澤泉さんと速水健朗さんのトークは、音声と動画の両方を公開をしています。ぜひご覧ください。
「80年代と90年代はどう違ったか。その1」米澤泉さんと対談。雑誌『Olive』とハラカドの話。(音声/動画)
「80年代と90年代はどう違ったか。その2」米澤泉さんと対談。「世界の坂本」が90年代にいかに向き合ったか(音声/動画)
「80年代と90年代はどう違ったか。その3」米澤泉さんと対談。2人のキョウコの話。(音声/動画)
これはニュースではない
ライター・編集者・速水健朗さんによるポッドキャスト『速水健朗のこれはニュースではない』の書籍版からの試し読みです。