速水健朗さんのポッドキャスト「これはニュースではない」と幻冬舎plusがコラボし、「80年代と90年代はどう違ったか。」が3回配信されました(ゲストは米澤泉さん。その1、その2、その3)。時事ネタ、本、映画、音楽について、膨大な知識を背景にしたウィットにとんだ切り口が人気の速水さんのポッドキャスト。その書籍版『これはニュースではない』も読み物ならではのおもしろさがあります。コラボを記念し、抜粋記事をお届けします。
リアリティー番組から人気者が生まれる
2022年の後半は、「BREAKING DOWN(以下BD)」ばかり見ていた。
1分1ラウンドでキックボクシングのルールで戦う素人の格闘技大会。朝倉未来のYouTubeチャンネルから生まれて企画が次第に大きな規模に発展していった。僕が見始めたのは、2022年8月16日開催のBREAKING DOWN 5.5からだ。ナンバー大会の間に「.5」と名前の付いた小規模な大会を挟む。このネーミングは、士郎正宗の攻殻機動隊っぽい。
1分のルールが絶妙だ。むしゃらに拳を振り回す素人が、気合だけでプロに勝つこともある。ショートコンテンツの時代にも乗っ取っている。出場者は、ケンカ自慢の元暴走族、ヤンキー、ホスト、落ち目のインフルエンサーらやお騒がせYoutuberら。そこに全盛期を超えた格闘家たちが加わってくる。ほとんどの出場者はYouTube配信者でもあり、ここで勝つこと、または目立つことで多くの登録者を得ることができる。
人気が数値化され、現金化に直結している現代ならではのプラットフォーム。これをやるために、朝倉未来は、地上波の放送がある総合格闘技の試合で勝つために「YouTubeの登録お願いします」を連呼していたのだとしたら納得である。彼は、テレビ中心の格闘技時代に早くに見切りをつけ、自分の意思通りにコントロールできる自由な足場を築きたかったのだろう。
少年院の入所経験のある朝倉が、転落した人の人生にセカンドチャンスの場を用意する側に回った。この人情話のようなくだりも嫌いではない。
BDがおもしろいのは、格闘技である以上に、リアリティー番組であるところ。
リアリティー番組は素人参加のゲーム形式のバラエティー。歴史を振り返ると、アメリカで2000年に始まった『サバイバー』が始まりだった。出演者たちがどこか僻地に連れて行かれ、その中で生活を続ける。その様子をテレビカメラがずっと追いかける。途中、参加者が一人ずつ投票で減っていき、最後に生き残った人が100万ドルを手にする。ほどなく、アメリカの有名セレブは、皆リアリティー番組出身者を指すようになった。
日本でも。去年からM-1グランプリが、ややリアリティー番組寄りになった。単に漫才のグランプリを決めるのではなく、無名のコンビが一夜にして売れっ子になる様子をカメラが追いかける。ちなみに去年の番組キャッチコピーは、「人生、変えてくれ。」(2021年大会)だった。ネットで予選大会が公開されているのも、この路線への取り組み。
BDでは、試合で勝って一気に知名度が上がることを「ブレイキングドリーム」と呼ぶ。興味深いのは、BDでその夢を叶えているのは、い「10人ニキ」であるというところ。彼は、10対1の喧嘩に勝ったという話を買われて毎大会オーディションに登場するのだが、スパーリングで派手にKOされ本大会にはなかなか出られない。それでも態度だけは常に大きい。
『リアリティ番組の社会学』の著者であるダニエル・J・リンデマンは、リアリティー番組から生まれるスターは、身近にいてもあまり友だちになりたいというタイプではないという。不快なことを平気で言い、すぐに人に楯突き、調和を乱す。視聴者は、当初はその人物を不快に思うが、のちに評価は変化していく。傲慢さの裏にある愛嬌に気が付き、横柄な態度も裏表のないことの裏返しに見えてくる。
「10人ニキ」に僕が憶えたものこれだ。最初は不快感しか感じない。だが、彼の言動が、実は一周回ってすごいのだと思い始める。ファンは次第に増え、BD内でのポジションが上がり、気が付けばインフルエンサーになっていた。
リアリティー番組は、かつてのテレビにはなかった人種的、階層的な多様性があるのだとダニエル・J・リンデマンは、書いている。テレビには足きりがある。リアルな下層や人種的マイノリティーは、かつてのテレビショーでは、出演のチャンスすら与えられなかった。だが、リアリティー番組には、本当の嫌われ者が出演し、階級的に多様な人々が活躍できる。BDにある種の人々が嫌悪感を感じるのは、従来のメディアが足きりしていた人たちが映っているからだ。
「嫌われ者が一周回って人気者になる」。この構図は、行き過ぎてしまうと大変だ。アメリカ人は皆それを知っている。トランプ現象がそれだったから。トランプは、文字通りリアリティ番組『アプレンティス』の司会者だった。10人ニキが総理大臣になるなんて誰も信じないだろう。ただあなどってはいけないのだ。
朝倉未来は、政治家になりたいとは思わないだろう。いやわからない。もしなろうと考えるなら、いまでも近いところにいる。皆が思っている以上に。
* * *
【お知らせ】
米澤泉さんと速水健朗さんのトークは、音声と動画の両方を公開をしています。ぜひご覧ください。
「80年代と90年代はどう違ったか。その1」米澤泉さんと対談。雑誌『Olive』とハラカドの話。(音声/動画)
「80年代と90年代はどう違ったか。その2」米澤泉さんと対談。「世界の坂本」が90年代にいかに向き合ったか(音声/動画)
「80年代と90年代はどう違ったか。その3」米澤泉さんと対談。2人のキョウコの話。(音声/動画)
これはニュースではない
ライター・編集者・速水健朗さんによるポッドキャスト『速水健朗のこれはニュースではない』の書籍版からの試し読みです。