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小泉今日子と岡崎京子

2025.01.07 公開 ポスト

『CUTiE』が種を蒔き、『sweet』が育て、『InRed』が開花させた“自由に生きる”「大人女子」米澤泉

2025年、女性たちの生き方は、どう変わっていくでしょうか――。かつて女性たちの生き方は、女性誌が牽引してきました。昨年7月に発売された、社会学者の米澤泉さんによる『小泉今日子と岡崎京子』には、ふたりのキョウコを例に、雑誌がどんなメッセージを発してきたかその軌跡が手際よくまとめられています。雑誌が果たした大きな役割を抜粋して、お届けします。

良妻賢母規範からの脱却──大人女子という生き方

こうして、創刊以来『InRed』は「30代女子」を積極的に誌面で使用していった。小泉今日子が登場する表紙やグラビアページに躍る「30代女子」という言葉。それはまさに新しい30代女性像の具現化であると同時に、新たな女性の生き方の模索でもあった。

ファッションと生き方──それは、とりわけ大人の女性にとっては密接に結びついているものだった。30代女性ともなれば、選んだライフスタイルによってファッションも規定されていた。未婚なのか、既婚なのか。主婦なのか、キャリアなのか。母親なのか。デパートの売り場までもが、それに従って区分けされていた。ミセスの婦人服、キャリアの婦人服。同じ30代であっても、そのファッションは立場とともに明確に線引きされていたのである。

ファッション誌も当然そうであった。例えば、同じ30代向けでも1995年に創刊された『VERY』は新専業主婦をターゲットにしており、いつも妻として母としてどのような装いが相応しいのかというところから、そのファッション特集は始まっていた。「妻、母、嫁、女。“役者”な私の最強着まわし服」(2008年1月号)、「オシャレも“賢妻”ブームです!」(2014年3月号)という具合に。

よって、同じ30代でも未婚で子どものいない「負け犬」(酒井2003)は、『VERY』の世界からは排除されていたのである。そのような状況の下に「30代女子」を謳う『InRed』は登場した。ハイブランドずくめのコマダムでもない。パンツスーツを着こなすキャリアでもない。節約に勤いそしむ主婦でもない。「若い頃はクラブとかでガンガン遊んでたような30代女性が納得できるファッション」(『小泉今日子の半径100m』62─63)と小泉今日子が言うように、いくつになってもロックなテイストやエッジイなセンスを持ち続けている女性たちに向かって、『InRed』は「30代女子」と呼びかけたのだ。それは、大人になった宝島少女や、リアルな金田サカエ(『東京ガールズブラボー!』の主人公)たちへのメッセージでもあるだろう。

(写真:Unsplash/Artem Beliaikin)

「30代女子」が示そうとしたのは、結婚、出産と引き替えに妻、母役割を自明のものとして引き受け、良妻賢母的に生きざるを得なかった従来の30代女性とは明らかに異なる、新たな女性像であった。30代になっても好きな服を着て、好きなように生きていく女性。たとえ結婚していても、母親であっても、妻や母という役割にとらわれず、一人の「女子」として生きる女性。成熟した女性の役割を拒否するという意味でも、それはやはり「女子」でなければならない。「大人女子」は良妻賢母規範をも軽やかに脱ぎ捨てる一つの生き方であり、新たな「オトナ・オンナライフ」なのだ。

結婚していてもしていなくても30代女子。母であってもなくても30代女子。立場や役割を問わない姿勢を打ち出した『InRed』は、30代女性の絶大な支持を得て、2003年の創刊以来、30代女性誌のトップシェアを『VERY』や老舗の『LEE(リー)』と争うまでに成長した。

しかし、創刊から7年の時が経ち、「30代女子」たちも不惑を迎えようとしていた。30代までは「女子」として、好きな服を着て好きなように生きてこられたが、果たして「不惑でも女子」は可能なのか。いつまで「女子」でいられるのか。この大問題に正面切って「イエス」と答えたのが、2010年に宝島社から創刊された『GLOW』である。本邦初「40代女子」のための雑誌の表紙を飾るのは、もちろん小泉今日子であった。親友のYOUとともに、すでに最強の「40代女子」となっていた二人は、ミニスカートやショートパンツ、キラキラ光るミニドレスやライダースジャケットなど、年齢も立場も飛び越えた理想的な「40代女子」の姿をこれでもかと見せつけたのだ。

『CUTiE』が種を蒔き、『sweet』が育て、『InRed』が開花させた「大人女子」が、40代でも咲き続ける。「大人女子」として人生を歩み続ける。ファッション誌界における「女子」の誕生とその成長は、宝島社の雑誌とともにあったと言っても過言ではない。そして、「大人女子」の旗手である小泉今日子が、女子たちの水先案内人の役割を担い、明日を、明後日を照らし続ける。

「好きに生きてこそ、一生女子! 私たち40代、輝きます宣言!」(『GLOW』2010年12月号)──小泉今日子とYOUによる『GLOW』創刊号の表紙にはインパクトのある見出しが躍る。「好きに生きてこそ、一生女子!」という秀逸なキャッチフレーズは、小泉今日子を『InRed』の時代からイメージモデルに抜擢した大平洋子編集長によるものだ。「女子」という言葉を繰り返し紙に書いていたら、いつまにか「好」という字になっていたことから生まれたらしいが、「女子」という言葉に込められた意味をこれほど的確に表しているものはない。まさに好きに生きることが女子を意味するのであり、好きに生きられれば、女性たちは一生女子であり続けられるという力強いメッセージである。

「40代女子」の生活が充実していけば、おのずから50代、60代につながるでしょうね。私は80代も女子だと思っているので、いくつになっても女子が自分の好きなことを追求できる、もっと生きやすく、楽しく過ごせる環境を、雑誌を通じて作っていければと思います。

(東洋経済ONLINE「問答無用!『40代で女子』はタブーじゃない」2013年7月2日)

大平編集長も述べているように、「女子」に年齢は不問なのだ。好きに生きられるのならば。40代女子はもちろん、50代女子、60代女子、そして80代女子……。なぜなら「女子」とは、好きな服を着て、好きなように生きたいという女性たちの意志なのだから、誰に遠慮することなく、自由でありたいという女性たちの想いなのだから。よってこれは、『sweet』の「一生、“女の子”宣言!」と同じく、「私たち40代、輝きます宣言!」すなわちマニフェストでなければならないのだ

なぜなら、40代以降も「女子」として、好きなように、自由に生きていくという決意表明であるからだ。逆に言えば、「輝きます宣言!」をわざわざしなければならないほど、それまでの40代女性は輝いていなかった、輝くことができなかったということだろう。折り返し地点を過ぎた40代ともなれば、人生も後半戦。2000年代に入っても、樋口可南子が「後半戦を美しく」と資生堂のCM(2001年「アクテアハート」)で40代に呼びかけていたことを忘れてはならない。

だが、人生100年時代、2020年に日本女性の二人に一人が50代以上となった世の中においては、40代はもはや後半戦などではない。新しい自分を発見し、まだまだこれから輝ける世代なのだ。写真家の蜷川実花も言う。「大きなメインテーマは“いつまで現役女子でいけるのか”死ぬまで絶対現役でいたいし、しかも今のままのスピードで駆け抜けていきたい」(蜷川2012:117)と。これは蜷川流の「好きに生きてこそ、一生女子!」宣言であろう。

『GLOW』という誌名にも端的に示されているように、いくつになっても「私自身が輝きたい」という想いを女性たちは内に秘めている。だが、今まではそれを表に出すことができなかったのだ。妻として母として生きることが優先されたからである。「オバサン」が輝くことを許さない、40代女性に対する世間の眼差しのせいでもある。そのような状況の下で40代女性たちの願望を包み隠さず、「私たち40代、輝きます宣言!」とストレートに表明したのは、『GLOW』が初めてなのではないだろうか。

もちろん創刊号だけではない。初期の『GLOW』は、とりわけ周年記念号ごとに、小泉今日子とYOUを表紙に起用し、40代女子たちを鼓舞し続けた。

創刊1周年(2011年12月号)──「今の私がいちばん好き! 40代女子、万歳!」(表紙モデル=小泉今日子・YOU)

創刊2周年(2012年12月号)──「恋しても、働いても、ミニスカはいてもいいじゃない! 40代女子はまだまだわたし新発見!」(表紙モデル=小泉今日子)

創刊3周年(2013年12月号)──「服もメイクも、今の私らしく! 今の私が好き! 40代の輝かせ方」(表紙モデル=小泉今日子)

創刊4周年(2014年12月号)──「40代女子は定番色で大逆転! 守りのグレーから攻めのグレー!」(表紙モデル=YOU)

創刊5周年(2015年12月号)──「なんだか最近、いい感じ♥ 大人が楽しい」(表紙モデル=小泉今日子・YOU)

「今の自分がいちばん好き!」と肯定し、40代という年齢も今までの人生もまるごと受け入れる。「恋しても、働いても、ミニスカはいてもいいじゃない!」と年齢を重ねても、好きな格好をして好きに生きることを推奨するメッセージ。

ここから最初に浮かび上がってくるのは、強烈な自己肯定の意識である。つまりは「40代女子」礼賛である。

40代という年齢を積極的に受け入れて「今の自分がいちばん好き!」と肯定することによって、『GLOW』は40代女性の前に立ちはだかっていた年齢の壁を取り払ったのだ。さらには、「30代女子」と同じように、専業主婦、キャリア、未婚、既婚、子どもの有無など立場の違いという壁も「40代女子」という言葉によって打ち破ったのである。

このように、『GLOW』の第一の功績は、さまざまな状況に置かれている40代女性をこれまでの人生も含めて「40代女子、万歳!」と肯定したことにある。

二つ目の功績は、「ツヤっと輝く、40代女子力!」「好きに生きてこそ、一生女子!」といったキャッチフレーズによって、良妻賢母規範からも脱却しようとしたことだ。20世紀までのこの年代の女性たちには、まだまだ夫や子どものために生きることを要請されていた人も多い。結婚や出産を経て、誰々さんの妻、誰々ちゃんのママと呼ばれることを余儀なくされていただろう。それが「女の生きる道」とされ、女性のライフコースの主流であったからだ。しかし、『GLOW』は、「30代女子」に続き、良き妻、良き母というイメージにとらわれない「40代女子」という新たな女性像を示した。いくつになっても、装いだけでなく、自分の好きなように生きること、自由に生きることを打ち出したのである。

さらに三つ目の功績として、『GLOW』が女友達の存在を重視し、女性たちの連帯がエンパワメントになることを早くから示唆していたことが挙げられる。小泉今日子とYOUという実際に仲の良い二人を頻繁に表紙や誌面に登場させたのは、なぜなのか。それも創刊号、創刊1周年、5周年という記念号に。ファッション誌の表紙というものは、基本的にその雑誌のイメージキャラクターとなるモデルが一人で飾ることが多い。その方が雑誌の世界観を伝えやすく、表紙モデルがその雑誌の顔としても定着するからだ。創刊号ともなればなおさらである。

その掟を破り、『GLOW』がことあるごとに二人を表紙に登場させたのは、滲み出る二人の仲の良さ、信頼関係、連帯感、すなわちシスターフッドとも言うべきものが、「40代女子」には不可欠だと伝えるためではないか。「好きに生きてこそ、一生女子! 私たち40代輝きます宣言!」というマニフェストを実行するためには、一人ではなく「私たち」でなければならない。女友達の存在なくしては、「なんだか最近、いい感じ♥ 大人が楽しい」と実感することはできないからではないか。岡崎京子がしばしば作品の中でシスターフッドを描いたように、女友達と「げらげら笑いながら生きていく」40代女子の姿を小泉今日子とYOUを通して示しているのではないだろうか。

二人が40代を卒業してしまったこともあり、2016年以降は表紙から遠ざかっていたが、10年間の集大成とも言える2020年の創刊10周年記念号には、小泉今日子が再び表紙モデルに起用された。そこでは、「お洒落も仕事も、本番はこれから。『大人咲き』宣言!」(2020年12月号)というキャッチフレーズともに、50代半ばになった小泉今日子が40代の後輩たちをエンパワメントし続けている。

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【お知らせ】

米澤泉さんと速水健朗さんが、80年代と90年代の違い、そしてふたりのキョウコについて語り合いました。トークもぜひご覧ください。

「80年代と90年代はどう違ったか。その1」米澤泉さんと対談。雑誌『Olive』とハラカドの話。(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その2」米澤泉さんと対談。「世界の坂本」が90年代にいかに向き合ったか(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その3」米澤泉さんと対談。2人のキョウコの話。(音声動画

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つづきは、『小泉今日子と岡崎京子』でお楽しみください。

関連書籍

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小泉今日子と岡崎京子

2024年7月3日発売『小泉今日子と岡崎京子』について

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米澤泉

甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。世の中で「取るに足りない」と思われることから社会の本質を掬いとることを研究の目的とする。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『おしゃれ嫌い』『筋肉女子』など著書多数。

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