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コンサバ会社員、本を片手に越境する

2025.01.09 公開 ポスト

2025年は「自分ひとりの小部屋にこもり」“消す自我”と“育てる自我”のバランスをとる梅津奏

大晦日は友人母子と餃子パーティ

人はみな自転しながら公転している

新しい1年がはじまった。12月は師走のせわしなさに追いかけられて目はバキバキ思考は鋭敏。力尽きた年末年始は、ぬけがらのようにすっかりぼけた頭で過ごすのが恒例だ。

「2025年の目標は?」

大晦日に友人宅で餃子を食べながら聞かれたときも、ポンコツ脳は難しいことを考えることを拒否。うーとかあーとか唸った末に出てきたのは、「自分のことを考えすぎない」だった。

 


この友人にもよく言われるが、私は年中自己分析ばかりしている。

私は何が好きで、何が嫌いで、家庭・学校・職場ではこんな立ち位置で、こんな風に見られたい……。「自分で自分のことを分かっている」ことが何より重要で、いつも辻褄が合うように気を付けながら生きている気がする。自分の意思ではどうしようもないことが多いから、せめて自分のことくらいはコントロール下に置きたいんだと思う。

加えて、ここ数年は「自分がやりたいようにやって、それが他人からも受け入れられる」という幸運が続いた。振り返ってみると、30代半ばという社会人としてのゴールデンタイムだったように思う。真摯に動けば意見も通るし成果も出る。そしてちゃんと評価される。


でも、それも一瞬のこと。

惑星の軌道のように、自分と社会が近づくこともあれば、また遠のくタイミングもある。山本文緒さんの小説じゃないが、人はみな「自転しながら公転する」のであって、人と人・個人と社会の関係は永遠に同じではないのだ。


2024年は、自分と社会の蜜月の終わりをひしひしと感じた1年だった。

過去の栄光にすがらず、ここまでまた仕切り直さないといけない。そんな意識が思考の底にふつふつと湧いてきていて、ふと出てきたのが「自分のことを考えすぎない」という目標だった。

正確には、「自分と他者(社会)との距離をはかりなおす」だろうか。ここしばらく自分と社会の境目が曖昧になっていて、「私の意見は受け入れられる“べき”」という過激な発想になりがちだった。いやはや、アラサーの頃に「薄情なほど客観的」「なにごとも他人事すぎる」と繰り返し吐き捨てられた人間とは思えぬありさま……。改めてゴールデンタイムの恐ろしさを実感する。

無駄に自我を出さず、相手を力でねじ伏せようとせず、ひとまず話を聞く。相手の意見に抵抗を感じても、一旦預かって考えてみる。「自分ならどうするか」にすぐ飛びつかない。職場ではだんだんプレイヤーとしての動きを期待されなくなってきているので、思考をシフトしてみるのにちょうどよい頃合いかもしれない。


しかしもはや、“殺す”には耐えられないほどの自我が育ってきてしまっているのも確か。読みたがり考えたがり意見言いたがりの分析モンスターであることは今更やめられない。

そんな私の僥倖は、執筆業という副業があること。読んで書く場所として、概念的にも物理的にも「自分ひとりの小部屋」にこもり、社会と自分の区別をつける。本業(会社員)では自我を消していき、副業(執筆業)では自我を育てていく。2025年は、そんなバランスを試してみようと思う。


自分ひとりの部屋 』(ヴァージニア・ウルフ著、片山亜紀訳/平凡社)
 


もし共通の居室からしばし逃げ出して、人間をつねに他人との関係においてではなく、〈現実〉との関連において眺め、空や木々それじたいをも眺めることができたなら――。――『自分ひとりの部屋』より

女性が小説を書くために必要なのは、お金と自分ひとりの部屋。「シェイクスピアに、同じ才能を持った妹がいたとすれば?」そんな問いをもとに、「女性と小説」について語る作家・ヴァージニア・ウルフ。“シェイクスピアの妹”は、過去にも現在にも未来にもきっと存在する。選びようもなく「他者のために生きる」しかなかった女性たちを鎮魂し、葛藤と共に“自分自身”を生きようとする女性たちにエールを贈る一冊。


カンタヴィルの幽霊/スフィンクス 』(オスカー・ワイルド著、南條竹則訳/光文社古典新訳文庫)
 


『一体、ここで何をしていたんです?』と僕は言った。
『あの方はただ客間にお座りになって、本を読んだり、時にはお茶を召し上がったりしていらしたんです』――『カンタヴィルの幽霊/スフィンクス』より

街で見かけたミステリアスな美女に心惹かれる青年。偶然彼女と再会した青年は思わず「ボンド街でお姿をお見かけしました」と声をかけるが、彼女は真っ青になって口止めする。神秘的な魅力にあふれる彼女にすっかり夢中になる青年だが、彼女が本宅とは違う場所を頻繁に訪れていることが気になって仕方がない。この短編小説のタイトルは、「秘密のないスフィンクス」。この意味するところは、読む人によってきっと解釈が変わるだろう。


父の詫び状 』(向田邦子/文春文庫)
 


こういう古今の大人物とわが身を比べるのは烏滸の沙汰だが、今これを書いている机は、居間の隅っこの壁に、田螺のように、はりついている世にも情けない小さな机である。――『父の詫び状』より

物書きの書斎の広さと机の位置は、その作品と微妙に関わっている――。そんな自論をもとに、我が身の“ていたらく”を自虐してみせる向田邦子さん。売れっ子脚本家・直木賞作家としてたくさんの原稿を抱えていた向田さんは、遅筆で有名でもあった。いつも締切に追われ、自宅でも旅先でも場所を選ばず書いた向田さん。生き急ぐように書き、短い人生を走り切った彼女に運命が授けたのは、「どこでも書ける」稀代の集中力だったのかもしれない。
 

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梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

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