『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
実家の掃除は褒めるが勝ち
大晦日から元旦にかけて、ひたすら実家の片づけをしていた。
我が家は元々カオスだった。まずは床が抜けてもおかしくない壁一面の本棚。もちろん本棚から溢れ、食器棚にもキッチンカウンターにも、なんなら床にもあちこち本の塔ができている。
本棚のないちょっとした隙間にも、世界各地で両親が買い集めた、アフリカのお面だの、韓国のトッケビのお面だの、夜見ると怖い系の民族グッズがみっちりと飾られている。
実家は現在、父、母、兄の三人で暮らしているが、父と兄にはもともと「きれいに片づけられた家で過ごしたい」という概念がない。ただ自分たちの趣味のものを集めてはいそいそと自室に運び込み、溜め込むばかりである。ハムスターかよ。
その中で唯一、一般的な衛生観念が備わっているのが母だったが、ここ2カ月、ひどい風邪を引き、身動きがとれなかった。そこで、私が帰省がてら、片付けと掃除を申し出たという次第。
まず、家に入れてもらうまでが大変だった。
「こんな汚い家を見られるのが恥ずかしい」「娘を正月くらいゆっくりさせてやりたい」「あんたに掃除されると申し訳なさで具合が悪くなる」と、母の激しい抵抗に遭い、寸前まで対面できるのかさえ、わからなかった。
そこを「病気の時に老親が娘に頼って何を恥ずかしいことがあるか」「お母さんがいつも家をきれいにしているのは知っている。今は風邪で非常事態なのだから、汚いのは仕方ない」「私が気になるから掃除したいだけ。その方が私が安心できるの」と説き伏せて、どうにかこうにか大晦日にお風呂掃除をすることができた。
そこで私は、ある一つのコツを見出した。
「実家の掃除は褒めるが勝ち」
とにかく私は褒めた。「お母さん、断捨離頑張ったんだね。脱衣所の棚に洗剤の買い置きが一つずつしかないのが素晴らしい。ふつう、この歳になると同じ洗剤がぎっしり何本も並んでいてもおかしくないのに」
すると母も気を良くして、「本当はここもきれいにしたいんだけどね……」などと、掃除に対して前向きな反応になっていく。
これは使える――。そう思った私は、元旦、父の部屋を片付けることにした。
父の部屋こそ、カオスの極み。端的に言うとゴミ屋敷。床は本、油絵の具、キャンバス、プリントで埋め尽くされ、地層ができている。母が寝込む前からこの状態だったが、あまりの巣っぷりに毎年見ぬふりをしてきたのだ。
けれど、今や父は杖が手放せないおじいさん。ふつうにこの状態は危ない。
「お父さん、ちょっとここに座ってね」と、父を椅子に座らせ、自分は床に座って、「この床の本は危ないから片付けよう。たとえばこれ。封筒で送られてきて、開けてもないみたいだけど、これはもう読まないんじゃない?」
すると父はムッとした顔をして、「いるの! 研究で読むかもなの!」とのたまう。「自分で片づけるからほっといて!」
なるほどなるほど、「捨てる」と言っちゃいけないのだな。
「そうなんだね。じゃあ、取っておこう。こんなにたくさんあるから、一人で片づけるのは大変だよ。手伝ってあげる。まず、テーマごとに分類しようよ。私が一つ一つ聞いていくから、これは何の研究のものなのか教えて」
「これは何の本?」「ウェーバーの研究の」「へえ、じゃあウェーバー関連はここに積んでくね」「これは?」「島唄研究の」「いろいろやってるんだね、じゃあ島唄関連はここね」
そうやって、いちいち感心しながら分類していくと、父もだんだん調子が出てきて、「あ、それはもういらないかも」と言う。そこですかさず、「おお、すごい。お父さん、捨てられるじゃん」と褒める。紙袋にどんどん放り込んで、「見て! こんなに捨てられたよ。すごいすごい」とまた褒める。
父のいいところは、自己肯定感がアホほど高いため、過剰な褒めもそのまま素直に受け取るところだ。むふむふと悦に入りながら「それは〇〇の研究、それはいらない」と椅子に座って指示を飛ばす。そして父が飽きてきたところで、すかさず「あとは私がやっとくね。絶対勝手には捨てないから」と言ったらあっさり任せてくれた。
数時間後、永遠に埋もれたままかと思われた床が現れた。正直、ここまでの成果をあげられるとは思っていなかった。
父と母に見せると「うわあー! すごい。ありがとう!」と感激している。母は気が楽になったためか、熱も下がったと言う。私も私で達成感がすごい。
帰省のたび、家の地層が厚くなっていくことを苦しく思っていた。家の中が停滞し、沈殿し、老親が心地よく暮らすことを諦めてしまったようで、なんだか家が終末に向かっていくようで、どうにかしなければとずっと思っていた。
それが、元旦に「まだ取り戻せる」という希望が見えた。
「実家の掃除は褒めるが勝ち」
みなさんも、ぜひ。うまくいったら、子ども側のメンタルにも非常に良い効果があります。
夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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