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本屋の時間

2025.01.15 公開 ポスト

第172回

神戸よ!辻山良雄

生まれてからこのかた、初対面の人に出身地を聞かれると、こころのなかにはぽっと小さな灯がともる。

何なら聞いてくれないかなと思っているくらいで、「ああ神戸、よいところですね」と、予想したとおりの言葉が返ってくると、「そうですかね、うふふ」など、自分の手柄でもないのに、得意気に照れ笑いまでしてしまう。

しかしそうした反応が、大きく変わったときがあった。「よいところですね」は「たいへんでしたね」に変わり、街はきのどくそうな、しんみりとした顔とともに語られるようになった。1995年1月17日。かつて街にあったピカピカした光は、一瞬にして失われてしまった。

 

それから月日が進むと、震災で傷ついた街には徐々にビルや家が建ちはじめたが、いっぽん裏の路地に入れば、住むもののいなくなった土地はガレージとなり、以前より空き地が目立つようになった。一度傷ついたものは、完全にはもとに戻らないのである。

 

いま神戸は、長い午睡(ひるね)のなかにいるようだ。コロナ禍以降回復したインバウンドにより、京都も大阪も人であふれているのに、その波はなぜか神戸まできていないようである。

でも、それが神戸の人の気質というものなのか、街の人たちはそのことに対し、どこかほっとしているようにも見えるのだ。

「そんなことは、ヨソさんに任せておけばええんや」

役所や大会社の人はいざ知らず、市井の人はそのように思っているふしがある。

この街が、特別何かに秀でた街ではなくても、わたしは神戸のことが好きだし、じゅうぶんによい街だと思う――そのように口に出すことはなくても、神戸に暮らすほとんどの人はそう思っているのではないか。

しかしそうした「ほどよさ」をよしとするメンタリティは、かつてはあまり目立つことがなかった。山を削り、海を埋め立て、人工島をつくるといったアッケラカンとした行動は、「株式会社神戸市」とも称され、その進取の気質はともすれば非難の的にもなった。古くから海という窓で外国ともつながっていた街だから、そうした外向的な性格が先にあったのだろう。やはり震災のように大きな出来事は、そこに住む人の性格までも変えてしまうのである。

1995年2月上旬、わたしは三宮の街で、ひとり立ち竦んでいた。地震で根元から傾いたいくつかのビルはそのままの状態で放置され、自分の立っている地面さえ歪んでいる気がして、頭がクラクラとした。大きな火災でほぼ全焼していた長田の街は、まるで戦後の焼け野原のようで、新長田駅からその光景を見たときには自然と涙がこぼれてきた。同じ電車に乗り合わせ窓から外を見ていた人たちも、誰ひとり言葉を発する者はいなかった。何かを話せるといった状況ではまったくなかったのだ。

そうした困難を体験した街の性格に、以前と少し変わったところがあるといって、誰に責められることがあるだろうか。

だが神戸はこの100年のあいだでも、三度危機を乗り越えてきた街である。

一度目は1938年の阪神大水害。

二度目は1945年の神戸大空襲。

そして1995年の阪神・淡路大震災。

震災から8日後、神戸在住であった作家の陳舜臣は、地元紙の『神戸新聞』に、「神戸よ」と題した文章を寄稿した。その文章は、次のように締めくくられている。

「神戸市民の皆様、神戸は亡びない。新しい神戸は、一部の人が夢みた神戸ではないかもしれない。しかし、もっとかがやかしいまちであるはずだ。人間らしい、あたたかみのあるまち。自然が(あふ)れ、ゆっくり流れおりる(うる)わしの神戸よ。そんな神戸を、私たちは胸に抱きしめる」

だからわたしは、どうしても期待してしまうのだ。いつかこの街が、ふたたび神戸らしい輝きを取り戻し、住むもののこころに小さな光を与えることを。そして落ち着いた慎み深い人たちが、自らの生まれ持った資質を伸びやかに羽ばたかせ、その人らしい人生を歩んでいけることを。

*参考『神戸――戦災と震災』村上しほり ちくま新書

今回のおすすめ本

生きるための読書』津野海太郎 新潮社

このいやなよのなかを生きのびるためにも、わたしたちには本が必要だ――そうしたあたらしい本の読まれかた、時代精神を、本を読むだけでたどり着いた恐るべし読書家の嗅覚。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年1月11日(土)~ 2025年1月28日(火)Title2階ギャラリー

Teeny Tiny
北原明日香 個展

本と本のあいだに、ページのすき間に、そっとひそんで暮らしている小さな子どもたち。よーく目をこらしてみると、きっとあなたのそばにもいるはずです。スタジオジブリの小冊子『熱風』に連載したイラスト「Teeny Tiny」の原画とともに、端材に絵を描いたウッドブロック作品の新作を展示販売します。


◯2025年1月31日(金)ー 2025年2月17日(月)Title2階ギャラリー

三國万里子『三國寮の人形たち』刊行記念
西荻窪と、本のある暮らし

ニットデザイナーの三國万里子さんが、人形を慈しみながら編んだちいさな服と、ことば。
西荻窪善福寺の住宅街にある「三國寮」を舞台に、手作りの洋服とヴィンテージ家具に囲まれて暮らす人形たちの写真と物語、エッセイ4本を収録した『三國寮の人形たち』。このたび、書籍の刊行を記念して、企画展「三國寮の人形たち 西荻窪と、本のある暮らし」を開催いたします。
善福寺公園で撮影した書籍未収録の写真や展示用の撮りおろし写真、書籍にも掲載しているイラストレーター・フランスガムさんによる「三國寮」周辺地図の原画を特別に展示。他にも気になるフェアや雑貨の販売がございます。詳細はリンクから。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

 

◯【お知らせ】

[NEW!!]

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回が更新されました。今回は、老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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