吸収力抜群の今だから“栄養”を厳選したい
久しぶりに、10日以上の休みをとった。
「そんなに休んでいいのかな?」と半信半疑だったが、いろいろとタイミングに恵まれ、気持ちよく休みに入ることができた。そして驚くほどリフレッシュでき、元気いっぱい職場に復帰するや、「長期休暇って良いものですね!」と(まだ夏休みもとれていない)上司に熱弁する私。
前回も書いたが、新年はいつも、師走を走り抜けた余波でぬけがらのようになる。“ぬけがら”は私にとって語感ほど悪いものでもなくて、雑念に悩まされがちな自分が比較的シンプルでいられる貴重な機会だ。
休暇中は地元仙台に帰省し、実家でのんびりと過ごした。読みたかった本を読み、たまに旧友に会い、夜は早めに床につく。原稿は何本か書いたが、それも含めて好きなことだけして過ごした10日間。東京仕様にセッティングされていた自分から、無理していた習慣・本当は嫌悪感をもっている価値観が自然とそぎ落とされて、つるんとした“自分”に還っていくような感覚といったらいいだろうか。
というわけで今、ここ数年で一番「すっぴんきれい」な状態。デトックスやエステが終わったときと同じく、吸収力がとても高くなっているはずだ。この後「何を食べるか」「何を塗るか」が非常に大事になる。
ひとまずフィジカル面では、一念発起して食生活の改善と運動を始めた。冷凍の宅配食を契約し、週一のピラティスチケットを買った。「頑張れば自炊できるんじゃないか」「頑張ればYouTubeで運動できるんじゃないか」と自分に何度期待して、敗れてきたことだろう。多少お金はかかるが、慢性的な体調不良と医療費・ストレス発散のための無駄遣いを考えればコスパはむしろ良いはず、と信じている。
そしてメンタルや思考面でも、「このタイミングで摂る栄養」を厳しく選びたい。
2025年の方針は「本業では自我を消し、副業と趣味で自我を育てる」。つまり、サラリーマンではない面の自分を育てることを意識して、“高級美容液”のようなインプットを集中的にしたいのだ。
本棚を眺めていても、珍しくなにも浮かんでこない。思いついて、前後二段になっている前の列の本を外してみる。顔をのぞかせた懐かしい本たちに、ぴんとくるものがあった。
白洲正子、幸田文、須賀敦子。
今は亡き、美と生活の巨人たち。三人の著書を手に入るだけ読むことを、新年最初の課題としたい。
『白洲正子自伝』(白洲正子/新潮文庫)
家に禿げ頭の家扶がいて、何かのはずみで「お可愛らしいお嬢ちゃま」といった時は、怒り心頭に発し、無言で禿げ頭をめった打ちにしたことがある。――『白洲正子自伝』より
華族出身で幼稚園児の頃から能を習い、14歳でアメリカに留学したという白洲正子。太平洋戦争後の日本において首相側近をつとめ、GHQとの交渉の立役者である白洲次郎の妻として頻繁に海外に同行、青山二郎や小林秀雄を師匠に学び、日本の美について多くの著作をものした文筆家でもある。「過去には興味がない」と言いつつ編集部の求めに応じて書いたこの自伝エッセイは、「韋駄天お正」と呼ばれた勝気な少女がいかに「白洲正子」になったかを伝える。
『父・こんなこと』(幸田文/新潮文庫)
一人のこして行く文子をいとおしみつつ愛しみつつ憐れみつつ、微笑していたその眼、まことに慈父であった。いま私はみずから愛子文子と信じて疑わない。――『父・こんなこと』より
幸田露伴の次女として生まれ、父が特に愛した姉弟が早世した後、露伴の看取りまで尽くし続けた幸田文。「自分は父に愛されていない」という思いと父への敬慕の念の間で静かに煩悶しつつ、父の死後に父との思い出を書いて文壇にデビューしたという、代表的な「父の娘」作家とも言える。父から受けた生活の些事にかかる薫陶のあれこれ、戦後の貧しい時期を工夫して乗り越えた独自の美意識を強く水面下に感じる著作たちは、いつ読んでも自然と背筋が伸びる。
『コルシア書店の仲間たち』(須賀敦子/文春文庫)
若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野ではないことを知ったように思う。――『コルシア書店の仲間たち』より
大学卒業後にイタリアに渡り、20代から30代を過ごした須賀敦子。イタリアで須賀を惹きつけたのが、理想の共同体を夢見る思想家たちのコミュニティとなっていたコルシア書店。書店を経営していた男性と恋に落ち、結婚。彼が6年後に急逝すると帰国し、イタリア語講師や翻訳者として働くようになる。須賀がエッセイに描く、彼女を育んだミラノの風景。それは不思議と、読む者にとっても憧憬の念を抱かせる。
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