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北海道小樽市で営まれる喫茶シトロンで、毎月第1金曜日に行われる読書会「坂の途中で本を読む会」。本を読むという行為を、ひとりでするのではなく、喫茶店で輪になり、課題図書を順番に朗読する。担当箇所をひとりが読み終わると、その朗読と内容について順番に感想を言い合っていく。会員は男女6人で、最年長92歳、最年少78歳という高齢者たちの集まりだ。本書はその読書会に、喫茶シトロンの店主を叔母から受け継いだ28歳の安田が加わることになるところから始まる。
ぐっと平均年齢を引き下げることになる安田を、会員たちは高齢者特有のマイペースさで輪にぐいぐいと引き込んでいく。「小説家」でもある安田に名誉顧問という肩書きを押し付け、会への参加を促す。返事をする間を与えられないまま当然のことのように参加する羽目となり、読書会20周年を記念した公開読書会の運営と記念冊子づくりの責任者という役割まで任命される。各々の際立った個性を目の当たりにして、安田の感情は揺れ動く。
発足20年という長い時間を経ているだけに、会員たちのやりとりは阿吽の呼吸そのもの。最高齢の「まちゃえさん」は感想を言い合う途中で息子を思って涙し、付き添いの若い旦那に涙や口元のよだれをぬぐってもらう。「会長」は顔色の悪さや昼寝姿など体調不良をどうにも誤魔化しきれない。そんな状況に安田は困惑するが、いつも誰かがタイミングよく手を差し伸べてことなきを得る。そして、本を読むという本来の目的に戻り、物語を読み進めることによって滞っていた彼らの時間も流れ出す。高齢者たちとは違って安田は楽観的な性質の人間ではないが、読書会の回数が重なるにつれて、彼の心持ちは穏やかな方へ傾いていく。
20周年を記念する諸々の作業を進めていくうちに、会員たちに直接聞き出すことが躊躇われていた様々な過去のわだかまり(主にまちゃえさんの息子のこと)が解き明かされていく。また喫茶シトロンという場所にいることで、安田自身の幼き頃に置き忘れた記憶も蘇っていき、それがきっかけとなって「小説家」としての彼の物語にも読者は引き込まれていく。
なにより、本を読むことによる複雑で芳醇な魅力を本書は教えてくれる。もちろん、ひとりで読むのは楽しい。でも誰かと共に本を読むという行為によってもたらされる豊かさには、それとは全く違う快楽があるのだ。
このページでわたしが本を紹介するのは今回で最後。お付き合いくださり、ありがとうございました。来春小学生になる娘と「ふたりぼっちの本を読む会」を立ち上げようと思っています。
本の山
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