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『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』の著者、勝丸円覚さんは元警視庁公安部外事課所属で、TBSドラマ『VIVANT』では公安監修もされています。スパイとの攻防の生々しい事例を紹介しながら、スパイを見破る「手の内」を明かした一冊から、一部をご紹介します。
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スパイの変装テクニック
アニメにもなった漫画『SPY╳FAMILY』が幅広い世代に人気がある。この漫画は主人公である西国組織の敏腕スパイ・黄昏が精神科医(ロイド・フォージャー)に扮して東国で諜報を行う、という設定だ。赤の他人の殺し屋の女(ヨル・フォージャー)、超能力をもつ少女(アーニャ)と疑似家族を作って、敵国スパイ組織やテロリストたちと日々奮闘する姿を描いている。
『SPY╳FAMILY』のハンドラー(シルヴィア・シャーウッド)は表向き外交官の身分だが、現実でもスパイマスターは大使館の外交官が役割を担っていることもあり、ここはある程度、現実世界のスパイの役割と一致している。
また『SPY╳FAMILY』の黄昏はよく変装しているが、実際のスパイも変装はする。ただし、本物のスパイの変装はもっと地味だ。男性ならば、つけ髭をして眼鏡をかけるだけでも風貌の印象は大きく変わる。
または帽子をかぶる、色合いの違う服に着替えるなども効果的な手法として用いられる。
公安捜査官もスパイやモニターが潜伏している建物を監視するときに変装をすることがある。
じつは公安の各課には主要な制服がほとんどそろっている。「電気店員」「配管工」「宅配業者」などの制服があり、私の場合は「看板持ち」「サンドイッチマン」「釣り人」に変装して張り込みをした経験がある。
JRの駅近くの釣り堀付近で、釣り仲間と待ち合わせをしている風を装って、スパイが通過するのを張り込んでいた。
スパイもプロなので、私服でただ駅前近くにずっと立っていると、公安だと見抜いて移動ルートを変えてしまうからだ。
ほかには、ターゲットがよく行く店に協力してもらい、新人のバーテンダーに扮して、対象者が使ったグラスから指紋を採取したこともある。
皆さんも、駅前や歩道でゼッケンをつけた市の職員風の人たちが、ゴミ拾いなどしている姿を見たことがあると思う。
すべてとは言わないが、その中には公安捜査官が紛れ込んでいることもある。見かけても知らないふりをしてほしい。
「刑事ドラマとリアルな公安の現場の違いはなんですか?」
これはよく聞かれる質問のひとつだ。
ドラマ『VIVANT』でも、公安が尾行するシーンが出てきたが、リアルなことを申し上げると、ドラマでの尾行シーンはターゲットとの距離が近すぎる。
これは画面におさまる範囲で尾行しなければ、ドラマを見ている人に状況がわからないので仕方がないのだが、実際に2、3メートルの距離で尾行していたら、スパイにバレてしまうだろう。
リアルでは最低50メートル以上離れて尾行する。これは訓練していないと見失ってしまう微妙な距離であり、逆に言えばターゲットにバレずに尾行できる距離でもある。
ドラマでよくある電柱の陰に隠れたり、新聞を読むふりをして相手の動向を見守ったりすることも実際にはあまりない。
喫茶店などでスパイがモニターである情報提供者と密会しているときは、あえて店内で監視することもあるが、どの席が空いているかを瞬時に見渡して、店内ではできるだけ出入り口に近い席に座り、同じ尾行チームの別の公安捜査官は、店の外で監視をするケースが多い。
ドラマなどでは、3人の尾行チームのうち二人が店内に入り、ターゲットを監視するシーンがあったりするが、ターゲットが店を出たときに、慌てて席を立ったりしたら相手に警戒されて尾行がバレてしまう。
また、追う人数が一人になってしまうのが一番まずい。ここで撒まかれたり失尾したら、ジ・エンド。やはり接近戦は尾行では命とりだ。
ターゲットとは50メートル以上離れず、それ以上、近づかずに尾行する。この距離感こそ、プロのスパイハンターの鉄則だ。
もしドラマでリアルな距離感での尾行シーンを演出したら、主人公のスパイハンターはきっと群衆に紛れてどこにいるのか視聴者には見つからないだろう。
絵本の『ウォーリーをさがせ』のようで、それはそれで面白いかもしれない。
続きは、『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』でお楽しみください。