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昨年、『21世紀の恋愛』『セックスする権利』『おいしいごはんが食べられますように』の読書会を行ってきた鈴木綾さんとひらりささんの往復書簡が始まります。ともに30代半ば、ロンドンと東京で考える、恋愛というもの――。まずは鈴木綾さんからの1通目です。
(上記3回の読書会アーカイブ動画を再販売します<視聴期限:3月31日17時>。詳細は記事の一番下をご覧ください)
ひらりささんへ
あけましておめでとう! 2024年は期待もしていなかったことがたくさん起きた年だったなーとすごく思う。トランプが再選された。体操の「女王」シモーネ・バイルズがオリンピックで復活した。私は6年もロンドンに住んでいる。そして、私たちは、往復書簡をすることになった!
私たちが知り合ったのは、そんなに前じゃない。たった3年前のことだ。ひらりさは、私が2022年に出したエッセイ集『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』に帯を書いてくれて、そしてひらりさが留学から帰国する直前にロンドンで会った。いつももっと早くロンドンで会えばたくさん遊べたのに、と悔しく思っているけど、ひらりさが東京に戻ったことで、二つの国や文化圏の間の架け橋になって、読書会とか、面白いコラボができることになったのかもしれない。私たちは、まるで国際文学コラボレーターみたいだね。
私は母国を離れてから13年経つけど、海外に住む醍醐味の一つは、本来なら会うはずじゃなかった人と知り合って、「こんなに通じ合うんだ!」と思う瞬間。私は6年間日本に住んだけど、その時は外資系金融に近い業界で働いて、そのあとヨーロッパでMBAを取得してロンドンに移住した。ひらりさと会うはずじゃなかったこの世界で、私たちは読書とフェミニズムと日本がきっかけで知り合った。せっかくこの縁で、一緒に恋愛や女性の葛藤を考えて、これからの活動に生かすことができたらいいと思ってる。
正直に告白すると、私は、「ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた」状態から抜け出せていない(笑)。そんな中、去年のクリスマスにインフルエンザにかかって、家でダウンしてしまい、せっかくのクリスマスを一人で過ごしてしまった。
クリスマス当日、寒風が窓の隙間から忍び込む部屋で、食欲も気力も失い、ただ布団の中で時間が過ぎるのを待っていた。私は、派手にクリスマスを祝う家庭で育ったので、長い海外生活で母国の祝日への思い入れが薄れていく中でも、クリスマスだけは特別な存在であり続けている。日本人のお正月の過ごし方と同じような感覚かもしれない。
窓から冬枯れを見ながら、ふと日本にいた頃に過ごしたクリスマスの記憶が蘇ってきた。当時付き合っていた日本人の男性が「日本の伝統的なクリスマスを体験してみたい」と言い出した。ご存じの通り、日本のクリスマスは家族ではなく、恋人と過ごす日として定着していたが、当時の私はぼんやりとしか「日本の伝統的なクリスマス」をイメージできていなかった。
彼はクリスマスイブに高級ホテルと高級レストランを予約してくれて、私の大好きなキャラクターグッズをたくさんプレゼントしてくれた。クリスマスケーキはもちろん食べた。こういう過ごし方でも悪くないな、と思ったけど、豪華な食事のあと、豪華な部屋でセックスして、やっぱり違うと思った。イエスキリスト様の誕生日にそんなに真剣に付き合っていなかった人とセックスする。私は別に信心深い人間ではないけど、すごい申し訳ない気持ちになった。こんな淫靡なことをキリスト様の誕生日にしていいのか?
その違和感は単なる宗教的な罪悪感ではなく、関係自体への違和感だった。その人をそこまで大事に思っていない証拠だった。それからそんなに経っていないうちに自然と距離を置くようになった。ちなみに、その人はあとで有名なユーチューバーになった(笑)。
両親が離婚し、兄弟も恋人ができ、そして私は海外に住んでいるので、昔みたいに家族みんなで祝日を過ごすことは困難になっている。残念ながら、クリスマスをゆっくり家で過ごす、あるいはホテルで肌を重ねて過ごせるような人はまだ見つかっていない。
でも、本を書いた時と違うのは、積極的に探すのをやめたこと。自分の中で彼氏を見つけることの優先順位が落ちた、というかもはや優先順位から消えた。いま、自分の中で大きいのは仕事をすることと執筆活動。去年1月に会社をやめてフリーランスなマーケティングコンサルをやりながら英語で小説を書くことに専念することにした。周りの女性友達は子供を産んでいるけど、私は本を産むことに全てを注いでいる(笑)。
ひらりさは日本に戻った後、彼氏ができたけど、彼にあまり仕事のこと話していないよね。私たちみたいに、複数の仕事を同時にしている、仕事をとっても大事にしている人にとって、綺麗に仕事と恋愛を分けるのは全然ありだと思う。「恋愛関係はこうあるべき」というプレイブックに囚われなくてもいい。
それでも、独身であることに苦しんでいる、本当に苦しんでいる女性が周りにたくさんいる。この女性たちは別の選択肢をする自由はあるのに、昔ながらの「形」に誘惑される。
ある友人の姿が鮮明に思い浮かぶ。趣味に没頭し、人々を魅了する社交性を持ち、キャリアも順調な彼女が、長期的なパートナーができていないことで頭がいっぱいになる。パートナーがいないことで、他の幸福は意味がないと感じている。まるで自分の心に穴が空いているよう。恋人がいない限り、この穴は埋められない。
私が常々考えているのは、社会が私たちに刷り込んだ固定観念によって、本当の願いが見えなくなってしまっているのではないかということだ。その「固定観念=レンズ」を外したら、彼女が望んでいるのは本当に恋人なのか、それとも全然違うものなのか。私たちの生きる時代は、おそらく人類史上初めて、個人の本当の願いと社会の期待が一致しない時代なのかもしれない。生存のために社会の規範に従う必要がなくなった今、その「ズレ」がより鮮明になってきている。
ひらりさと今まで開催してきた読書会の中で、一番最初に読んだ『21世紀の恋愛』が特に印象に残っている(*1)。恋愛がこれほど難しいことと、現代の男性と女性の間で大きなズレが存在していることを理解する上で、非常に参考になった。
作者、スウェーデンの漫画家、リーヴ・ストロームクヴィストが説明する通り、現代の男性の「領域」に女性が上々潜入してきた。家庭内、職場、娯楽の場でさえ女性は存在感を増してきた。政治家や有名俳優など著名人の会員を誇った、1831年にまでその歴史を遡るロンドンの著名な会員制クラブの一つ、ギャリック・クラブは去年女性を入れるように決めた(*2)。男女平等からはまだ遠いが、女性が最も入りにくいとされてきた「空間」に女性が入れるようになっている。男性は無意識にでも自分たちの領域が侵食される「脅威」を感じている。自分の「男性らしさ」と見せるために別の基準を探し求めている。好きな時に女性とセックスできる、パートナーに困ってない、いくらでもやれる、ということだ。
一方で、女性は歴史上最も教育されている、お金を持っている。そうなれば自分に相応しいと考える男性の条件はどんどん厳しくなる。それに加えてハイパガミー(上昇婚)、自分より高い社会的地位を持っている人と付き合いたがる、結婚したがる。女性の社会的進出が進んだことで、自分より社会的地位の高い男性は減ってきた。
この根深いすれ違いは、単なる個人の孤独という問題を超えて、社会全体に暗い影を落としている。欧米では、女性は女性で相応しいと思える男性がいない。他方男性の方は女性に相手にされず、言ってみれば取り残される男性が増える。そんな男性たちの中から生まれてくるのがインセル。
『21世紀の恋愛』の次に読書会で取り上げた『セックスする権利』(*3)に、2014年に女性に断られて彼女ができないことに怒って複数の女性を殺害したエリオット・ロジャーがインセルのコミュニティで英雄視されている事例があった。女性に対する暴力の増加。これは孤独の問題を超えて大きな社会問題になっている。
去年、イギリスで一つの調査結果が大きな波紋を投げかけた(*4)。それは、世界的な規模で、若い世代の男性が伝統的な性役割を支持するなど保守化する傾向にある一方で、女性は移民を受け入れることに賛成することなど、より進歩的(progressive)になっている。この傾向は先進国と西洋だけではない、中国やチュニジアのような国でも同じ現象が見られている。英ファイナンシャルタイムズによると、私が住んでいるイギリスでは、18歳から29歳の進歩的な女性の比率は同年代の男性より25ポイント高い。
この背景には『21世紀の恋愛』が解説すること以外にも、経済的要因が大きい。実質賃金の増加は90年代から鈍化している。国際労働機関(ILO)によると、インフレと経済成長の減速を受けて、2022年に実質の給料の成長が21世紀に入ってからマイナスになった。男性の観点からすると、自分の生きづらさの原因を経済的に解決するよりフェミニズムやウォーキズムを非難した方が楽。
現実には家事や育児の負担は女性がまだ圧倒的に背負っているし、男女の賃金平等はまだ達成されていない。でも男性はそんなことは認めたくない。
今私が一番懸念しているのは、こういう社会的発展が――少なくとも欧米社会では――政治やビジネスのリーダーに歪められ、利用されていること。男女をはじめ、人種、社会階層、宗教、社会の中の様々なコミュニティの間の対立を煽り、促しているリーダーが政財界を牛耳っている。アメリカではトランプやイーロンマスクなど、まるで中学生のガキのような人がこの世界の最も有力な国を支配している。マスクは今ヨーロッパに圧力をかけ、保守派の反移民政党に支援を示している。これ、プーチン大統領がやったら、内政干渉だ、と大問題になるんだけど。
今月(2025年1月)、MetaのCEOマークザッカーバーグは、社内の多様性対応を中止することを発表した同じ日に、多くの企業が「男性精神」を失ってしまったことが残念だという考えをポッドキャスト番組で示した。「男性精神」って何? 闘争心? こんなこと、あり得るのか?
こういった時代錯誤な考え方は気候変動対策にも影響を与えている。アメリカの大企業は気候変化へのコミットを破棄している。私たちは地球を殺しているのに、「利益」のために、経済的力を持っているリーダーたちは四半期報告と株主のことしか考えていない。この短期主義で誰が苦労するの? 女性。マイノリティ。子供たち。要するに、ビリオネア以外の人たち。
私がクリスマスと同じくらい信じているのは、平等な社会の重要性。私は全ての国民・市民にできるだけ平等な機会を与える社会、そして弱いものを守る社会に住みたい。しかし、トランプやマスクやザッカーバーグが築こうとしているワールドは、勝つものと負けるものがはっきりしている社会。自分たちに有利な社会を作るために、彼らには都合のいいスケープゴートが必要。
アメリカでは、トランプの支持者は既存の「authority」をその標的にしようとしている。官僚、マスコミ、大学の先生、専門性を持っている人を攻撃し、信用を落とさせようとしている。啓蒙時代以来、社会の基盤になったロジックやサイエンスへの尊重が崩壊しつつある。それがなくなってしまうと、何が残るのか?
男女間の乖離、社会の分断が深まるこんな時代だからこそ、イデオロギーや主義主張を一旦脇に置き、人類共通の未来について、男女が率直に対話を重ねていく必要があるのではないだろうか。だから昨年10月の『おいしいごはんが食べられますように』読書会に男性の参加者もいたのがとても嬉しかった(*5)。これからのイベントにもっと参加してほしい! 日本にもこういう傾向は見られているのか、気になる。ひらりささんはどう思っている?
私たちがより多くの人たちが豊かになる社会にするために、どんな道具があるの? 文学、執筆だけでいいのか?
この往復書簡を通じて、希望が持てる理由を探したい。
(ひらりささんからのお返事は、3月8日公開予定です)
(参考)
*1 鈴木綾×ひらりさ『21世紀の恋愛』読書会レポート
*2 時事通信2024年5月11日
*3 鈴木綾2024年2月8日
*4 ひらりさ×鈴木綾『セックスする権利』読書会レポート
*5 ひらりさ×鈴木綾『おいしいごはんが食べられますように』レポート
アーカイブ動画販売のお知らせ
下記イベントのアーカイブ動画を再販売いたします。視聴期限は3月31日(月)17時です。ぜひこの機会にぜひご活用ください。
鈴木綾×ひらりさ『21世紀の恋愛』読書会(2024年4月23日開催)
鈴木綾×ひらりさ『セックスする権利』読書会(2024年8月1日開催)
鈴木綾×ひらりさ『おいしいごはんが食べられますように』読書会(2024年10月19日開催)