
テレビ局に勤務しながら、漫画家としても活躍中の真船佳奈さんの新刊『正しいお母さんってなんですか!?「ちゃんとしなきゃ」が止まらない!今日も子育て迷走中』が話題です。出産前は仕事に遊びに、めいっぱい自由を謳歌していたのに、突然「お母さん」になり――。子どもはすごくかわいい。でも自分はちゃんと「お母さん」が出来てるだろうか…そんな風に自分を追い詰めてしまった真船さんの七転八倒ストーリーに、連載「想像してたのと違うんですけど~母未満日記~」が大反響中の夏生さえりさんが書評を寄せてくれました。
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拝啓
長い冬が過ぎ、あたたかくなってきましたね。慣らし保育をがんばる0歳児たちの泣き声が響き渡るなか、3歳の息子はクラスに入るなり大好きなお友達と手をつないで行ってしまい、ママのほうを見向きもしないようになりました。「ママが『いってくるねバイバイ』って言ったのは聞こえてたんだけど、こっちもお友達と遊ぶので忙しかったからさあ」とのことです。そちらはいかがお過ごしでしょうか。
このたび、真船佳奈さんが描かれた『正しいお母さんってなんですか!? ちゃんとしなきゃが止まらない! 今日も子育て迷走中』の書評を書かせていただくことになりましたが、書評には慣れていないので、お手紙という形で感想を伝えさせてください。
『正しいお母さんってなんですか!?』は、正しいお母さんになろうとする著者の真船さんの、様子がおかしい姿をありのままに(褒めてる)、文字量の多い漫画で(褒めてる)描いたコミックエッセイで、「正しいお母さんってなんなの!?」と奮闘する姿がゴリゴリと描かれていましたね。
見ず知らずのオバサン・オバアサンたちに突然育児のダメ出しをされる「育児斬り」にダメージを喰らったり、周囲の視線と圧に怯えてみたり、無理やりママ友を作ろうとしてみたり、子の習い事を積極的に始めてみたり、全部自分でやらなければと気合を入れすぎたり、その反動で、子供をかわいいと思えない瞬間がやってきたり、鬱になったり入院したり。そうして紆余曲折ボコボコ困難ロードの果てに、自分らしい育児にたどり着いていく……。その様子を拝読いたしまして、まずは一言、感想を言わせてくださいませ。
……わっかる~……(噛み締めるように)。
私も真船さんと同じくらいの時期に、社会から突然「母」として扱われて、戸惑いながら母になる過程を味わってきたのですが、その道のりたるや、同じく紆余曲折ボコボコ困難ロードで「思い描いていたような“母”にはなれない」と、突きつけられるような日々でした。
思い描いていたハッピーマタニティライフとは程遠く、妊娠中は宇宙人に腹を乗っ取られたような気分になり、肋骨を蹴られ、膀胱を蹴られ、尻の骨の痛みに耐え、それでも仕事を続けて「産休に入ったら、スタイでも作るか」と思っていたのに、結局、出産前日まで仕事をしていたような有様で「思ってたんと違う……」からスタートした育児。
出産が終われば、本能とやらが起動してスムーズに授乳もできると思っていたのに、実際はぐらぐらでふにゃふにゃの赤子の頭を鷲掴みにして「頼むから飲んで!!!」と懇願する、上半身裸の女が爆誕しただけ……。乳首を咥えさせるだけで時間がかかるなんて予想外だったし、慣れてきたら慣れてきたで、授乳クッションに寝かせて乳を与えながら自分はご飯をかき込む、ハンズフリー授乳スタイルになることも、予想外だった。
子のささいな動向も気になって、夜な夜な検索魔になって眠れなくなったり、ボサボサの産後ハゲで児童館に行くとオシャレなママがいて泣きたくなったり、「しらすをペースト状にする」などというイカれた離乳食メニューを一生懸命作ったせいで睡眠時間が減って、夫に八つ当たりをしたり。
あの、すみません……、だれか、だれかいますか? 私がやってるコレは、正解なんですか? 不正解なんですか? この方法でいいんですか? こんな気持ちになる人なんていますか? 私、うまくできてますか? この子は「ふげふげ」しか言いません、コレであってますか? 私、お母さんになれてますか? いいお母さんってどんな人ですか? いいお母さんになるにはどうしたらいいんですか!?
「いいお母さん」の先輩がOJTをしてくれたらいいのに、いつのまにか「現場責任者・母である私」になっていて、誰も私に指導なんてしてくれない。けれどまだ、母としての自覚もなく、心得もなく、取扱説明書もなく。ピカピカの命を目の前に怯えていた。それでも。責任者であることからは逃げられず、弱音を吐くことも許されない気がして、いままで積み上げてきた自分の人生とかキャリアとか友人関係とか感情とか体とか、そういうのが消えて、「母」という名前の、知らない誰かにならなきゃいけないような、そんな孤独な夜も何度もありました。
いまでもはっきり覚えている。
夕方、子を抱いて、アナウンサーがニュース番組を締める挨拶をしているのを、先週と先々週と先々々週と全く同じ場所で同じ姿勢で見つめながら「はやく仕事に戻りたい」と泣いた。子はまだ生後2ヶ月で、こんなにかわいいのに、恵まれているのに、かつては「子の成長を見守って3歳くらいまでは家庭にいる、素敵であたたかいお母さんになる……」なんて思い描いたこともあったはずなのに、それでも30年以上生きてきた「私」は、育児だけでなく仕事をも求めていて……。ああ、そうか、私は、かつて思い描いたような「母」にはなれない、「母という名前の知らない誰か」にはなれない、私は、私のままで母になっていくしかないのだ、と、観念した。
あの夕方を境に、こんなつもりじゃなかった、と、こんなふうにしかなれない、を繰り返して、今、息子はまもなく4歳になります。想像した「母」にはなっていないけれど、髪を真っ赤に染めてママチャリで爆走しながらガハガハ笑い、仕事と育児と自分の時間を謳歌している自分は、想像していたよりもずっと良い姿な気がしています。
真船さんがそうであったように私も、必死で子に対峙して、検索して、不安になって、鬱っぽくなって、八つ当たりして、イライラして、それに後悔したり、泣いたり、自分の気持ちを蔑ろにしたり、見つめたりを繰り返して、今では「母(なのか? これは……こ……、これが、母なのか?)」になれています。
お腹で10ヶ月育てただけで母になれるわけではない、赤子を抱いていれば母になれるわけでもない。赤ちゃんが生まれるのと同じ瞬間に、「母」も生まれる。赤ちゃんがうまく乳を飲めないのと同じように、母も乳を飲ませるのが下手で、子供が愚かな失敗をするように、母も愚かな失敗をする。想像と違う、理想と違うと挫折して、自分を嘲笑いながら、それでも前に進んで成長していく。きっと、それでいいんだろうな。
たくさんの戦士たちが、いまも迷いながら、真っ暗闇の中を手探りで進み、傷を負いながら母になっている。真船さんのような失敗をしながら。私のような挫折をしながら。その道のりは、ぜんぶ正解なんじゃないかと、心からそう思います。
同じ洞窟を進むことはできないけど、目を瞑れば、この世界中に同志がたくさんいるから、大丈夫。たくさんの失敗と葛藤を描いてくれて、ありがとうございます。なんだか強くなれました。この先も時空を超えて、ばちくそ失敗しながら共に育っていきましょう。
敬具
正しいお母さんってなんですか!?

令和の子育て、ハードモードすぎ!!
『令和妊婦、孤高の叫び!頼りになるのはスマホだけ!?』の 著者がちゃんとした育児を目指して迷走し、ついに自己崩壊!?
やらかしながらも辿り着いた「自分らしい子育て」とは――
爆笑!のち共感、そして号泣! 育児エッセイ漫画。