
ノスタルジーと、可笑しみと。
自分の中の記憶を、町単位で振り返る。そこから掘り起こされる、懐かしいだけでは片付かない、景色と感情――。
気鋭のエッセイスト・古賀及子さんの書き下ろしエッセイ『巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある』に「オモコロ」編集長・原宿さんよりメッセージをいただきました。
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とにかく素晴らしいタイトルである。巣鴨の寿司屋で「帰れ」と言われた。
経緯はどうあれ、そんな話は絶対に聞きたい。「帰れ」と言ったのは大将なのか、常連客なのか、一体何が原因で? 寿司自体は美味しかったのか? ちょっと「エヴァンゲリオン」の碇ゲンドウっぽく言われていたらどうする? 本を開く前から、この屈辱的瞬間のディティールが知りたくて知りたくて待ち切れない。
作中で、古賀及子さんは「帰れ」の話を息子に聞かせるのだが、「それ、すごいエピソードだね」と息子が顔を輝かせたとあり、やはりこうした過去のちょっとイヤな経験は、他人からすると宝石を抱えているようにも見える。敗北を語り直せる人は、まばゆい。それは過去の失敗や敗北が語り直されている時、そこでは語り手と同時に、聞き手も癒やされているからかもしれない。
心理療法のひとつに、「ナラティブ・セラピー」というものがある。人は出来事そのものではなく、「語り」によって人生の意味づけを変えることができるというものだ。人生に起こったエピソードをもう一度語り直すことで、自分の手に取り戻す。それは言ってみれば、「過去を所有し直す」ということだろう。人生というやつに打ちのめされてしまったあの夜、田園調布の知らない人の家で飲んだまずい水、味のしない鯛のにぎりを食べながら「帰れ」と言われた寿司屋。書くことで、語り直すことで、人は敗北から立ち上がる。あの時の無力だった自分を迎えに行ける。
21編の小さな復権の物語(本当に小さいのが面白い)を読んでいて、俺にも迎えに行かなければいけない自分がいるような気がしてきました。今行くぞ、塾の合宿で女の子にかっこいいところを見せようと、SMAPの「がんばりましょう」にのせたオリジナルダンスを踊っていた自分。(思い出したくねー)
「オモコロ」編集長・原宿
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巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある

ノスタルジーと、可笑しみと。
池袋、飯能、日本橋、所沢、諏訪、田園調布、高知、恐山、湯河原……。
自分の中の記憶を、街単位で遡る。そこから掘り起こされる、懐かしいだけでは片付かない、景色と感情。
気鋭のエッセイスト、最新書き下ろし。
『好きな食べ物がみつからない』が話題の、最注目のエッセイスト・古賀及子最新書き下ろしエッセイ。
幼い頃からの「土地と思い出」を辿ってみたら、土地土地、時代時代で、切ない! でもなんだか可笑しいエピソードが横溢!