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往復書簡 恋愛と未熟

2025.04.23 公開 ポスト

はじめて日本人の彼氏ができた時、「価値観の違い」にずっと気づかなかった―でもそれを「恋愛の失敗」だとは思わない鈴木綾


Dear Hirarisa, 

いや〜、飛行機のその値段はちょっと引いちゃうね!それでもきてくれることに感謝してる。今は仕事の融通がかなりきくから、人混みを避けて博物館や美術館、一緒にゆっくり巡ろう。

でもね、正直いうと、ロンドンの一番の魅力って、芸術でも街並みでもない。やっぱりいろんな国の人たちが集まってるっていう、この多様性こそがロンドンの真の魅力。

昨日の夜、友達の紹介で最近ロンドンに引っ越してきたカップルと遊びに行ったんだ。ポエトリーリーディングに参加した後、耳に注がれた作品について語り合おうってことで近くのワインバーへ向かった。照明が落とされた地下の部屋は、テーブルごとに一本の長い蝋燭だけが灯され、まるで災害の避難所か停電中の家のような雰囲気だった。知的な議論を交わすにはぴったりの空間。

カップルの男性の方が、脳科学者としての自分の仕事について語り始めた。彼はサイケデリックな薬(向精神薬や幻覚剤)の研究をしていて、その一環として失恋した人を対象に実験を行っているんだって。彼の話によると、最近恋人と別れた人に麻酔薬のケタミンを投与し、その失恋体験を語ってもらうという実験で、薬の効果で失恋した人たちは別れの経験を新たな視点から見られるようになって、心の痛みが和らいだ、という。

そこで隣に座っていた彼女が口を挟んできた。

「彼がこういう実験をしていると聞いた時、私、すごく抵抗を感じたのよね」 

理由を尋ねると、彼女はこう答えた。 

「だって、失恋を癒すだけじゃなくて、失恋そのものを消してしまうなんて嫌だと思わない?失恋がない世界って恐ろしいと思わない?」

 

「失恋がない世界...」という言葉を聞いた瞬間、ひらりさからもらった「失敗」についての問いかけがピンときた。家に帰るとすぐに、この手紙を書き始めた。

20代前半、初めて日本人の彼氏ができた。彼は私より一回り上で、キャリアもしっかり築いていた人。かっこいいお兄さんみたいに日本社会のあれこれを説明してくれて、たまごから出たてのヒヨコのような私をいつも守ろうとしてくれた。決して悪い人じゃなかったけど、当時の私はまだあまりにも世間知らずで、彼の社会的地位に感銘を受けていたのか、それとも単純に異文化の魅力に惹かれていたのか、その時は結構真剣に付き合っていたんだけど、彼と私の価値観が大きく違うことに気づかなかった。

同じ国の人同士だと、その人の人となりを示す暗黙のサインがあるよね。同じ文化圏の人にしか読み取れない微妙なヒント。でも当時の私にはそういう「読む目」がまだなかった。私の勘違いに気がついたのは、もし結婚したとして、子供を産んだ後に仕事に戻るかどうかという話になった時。私にとっては、女性が仕事に復帰するのは当たり前のこと、議論の余地すらなかった。彼の答えに絶句したよ。「別に戻らなくていいよ。僕たちのかわいい子供たちの世話をして、家でゆっくりしてれば?」って。その瞬間、目から鱗が落ちた。私は対等なパートナーシップを望んでいたのに、彼の頭の中では男性優位の関係が当然だったんだ。そんな関係に未来があるはずもなかった。

その関係は本当に色んな意味で複雑だったし、彼からのモラハラもかなり酷かった。しんどくて立ち直るのが大変だったけど、それでも今思えばその関係を「失敗」だとは思わない。単なる若気の至りだったのかもしれないけれど、この経験も私の人生の大切な一部だから。

私は、恋愛を含め、全ての人間関係に失敗はなく、全ては経験と学びだと思っている。白人の私を「トロフィー彼女」扱いした男性と付き合ったことも一つの経験だったし、片思いをしたことも経験だった。失恋して涙が枯れるほど泣いた時なんて、さらに価値ある経験だった。

(ちょっと脱線するけど、「トロフィー」というのは、「白人」だからでなく、「日本人じゃない」から。でもこの話題を出すだけで、白人だから価値があると思われるのではないかと心配になる。これは私がペンネームを使っている理由にもつながるのだけど、信頼できるひらりさとの往復書簡では勇気を出して異人種間の恋愛を議論してもいいのではないか、と思ってる。ここではこの決意をまず伝えさせて。)

さて、「失敗」について語るなら、当然「成功」にも触れるべきだよね。でも、恋愛における成功って何なんだろう。お互いの自由を認め、信頼を築ける関係?長く続く関係?失恋を避けること?どの物差しで測っても、初恋はほぼ確実に「失敗」になってしまうね。別れを「失敗」と捉えるのは、まるで自転車から落ちることを「失敗」と呼ぶようなもの。そう考えると、私たちは萎縮し、一生自転車に乗らなくなる――つまり、生涯恋愛をしなくなるかもしれない。

多分、ひらりさの質問に答えるとすれば、「失敗」じゃなくて「失恋」について考えればいいんだと思う。ひらりさが手紙で『オネーギン』の話にしてくれて、とても嬉しかった。ちょうど先月ロイヤル・バレエで観たばかり。ひらりさの言う通り、『オネーギン』はある意味でタチアナの成長物語。オネーギンに断られた時は失恋を癒す薬が欲しいくらい苦しかっただろうが、彼女は経験から学んでいく。だから、オネーギンに告白されると、まだ未練を抱えている自分に気づきながらも、タチアナは残酷で自己中心的な男性と関わることは幸せには結びつかないと判断する。

私が『オネーギン』のバレエを観た同じ日に、たまたまフォローしているロンドンのインフルエンサーも観劇していたらしい。彼女はインスタグラムの2万人のフォロワーに向けて演目を絶賛する投稿を載せ、「女性たちよ――タチアナに見習いなさい!」とコメントした。思わず笑った。まさにそうだよ!見習いましょう、失恋の価値!

脳科学者の彼が失恋を専門用語でこう表現した。「自己物語の不本意な調整」(An involuntary adjustment of self-narrative)。教科書っぽくタチアナの話を説明すればそういうこと。「この人はきっと私のことを好きになる」「将来一緒に幸せに暮らせる」という自己物語はいきなり相手によって覆される。誰だってパートナーに振られる時は、それまでに信じていた物語が崩れ去って、新しい現実(というもう一つの物語)と向き合わなきゃいけなくなる。この二つの物語の間のギャップから失恋の苦しみが生まれる。

ひらりさは「溺れない能力」という素敵な表現を使ったけど、この能力は「自己物語」とつながっている気がする。私の子供の時から、親を含め成長を見守ってくれた人々が私に「物語」を教えてくれた。「私は愛される価値がある」「人にされて嫌なことはしない」。だから今まで失恋して、自己物語を見直さなければいけない、物語と物語の間にギャップができた時でも、常に強い物語の基盤が自分の中に整備されていてうまく乗り越えられた。失恋やうまく行かなかった恋愛関係から学んだことより、もしかしたら子供の時に教わったこの人生の基本法則の影響の方が大きいかもしれない。

でも、ワインバーの彼女が言ったとおり、失恋は絶対になくならない方がみんなのためになる。思い通りにならないこと、拒絶や拒否を経験することで、人間は「自己物語の調整」ができるようになる。そしてより思いやりのある人間になる。人生で遭遇する多くの障害を乗り越えられるようになる。

しかし、恋愛から生まれるネガティブな面は失恋だけではない。恋に落ちる人はやきもちを焼く。疑心暗鬼になる。残酷になる。恨んでしまう。場合によっては、恋に落ちる人は恋愛相手から逃げる。好きすぎて心の中に壁を作って愛を追い出そうとする。こういう、人間の心の奥底にある破滅的要素は、”intimacy and immaturity”の”immaturity”が指しているだろう。

『オネーギン』に話を戻すと、タチアナとオネーギンの物語は決して健全な経験ではないのに、この物語はどうして私たちの心をこんなに掴むのか? それは、人間の心の弱いところがこの話を通じて垣間見えるから。ひらりさは自分が恋愛を「してしまう」という表現を使ったけど、よくわかる。この受身的な感情、巨大な波に圧倒される気持ち。恋愛の強烈さは人間の心の中にある善悪を表に曝け出す。

数年前にフランスでベストセラーとなった『Mon Mari』(私の夫)が浮かんでくる。理想的な専業主婦人生を送っている主人公は、15年も結婚しているのに、夫への愛情は初めて会った日と全く変わらず、今でも病的なほど彼に夢中なんだよね。彼の仕草や言葉、全てを細かく分析をし、彼の愛情に変わりがないか常に確かめようとする。浮気もするけど、浮気相手が好きだからではなく、夫にヤキモチを焼かせたいからやる。私は絶対にこんな不健全な愛は経験したくないけど、ページから目を離せなかった。この人は夫のことが好きすぎて、殺すんじゃないか、と読みながらずっと思っていた(オチはもっともっと衝撃的なので日本で刊行されたらぜひ読んでください)。

『Mon Mari』にこれほど惹かれた理由は、主人公が夫に抱いてる病的な嫉妬心にあるんだと思う。私は恋愛関係で嫉妬を全く感じない。私からすると恋愛相手への嫉妬は妄想にすぎない。『Mon Mari』の主人公のような嫉妬深い人って、頭の中だけで勝手にストーリーを作り上げて、何の証拠もないのに自分自身をその嘘で納得させちゃうんだよね。相手に対する自分の愛情の深さに自分自身が囚われる。それが嫉妬を生む。

失恋の痛みが私たちの成長に役立つのはわかるけど、嫉妬や怒りなどの感情はどうなんだろう?こういう気持ちを取り除く薬があったら、それって良いことじゃない?嫉妬に狂ったパートナーに殺されるデズデモーナたちを救えるんじゃない?

この質問を友達にしたら、彼女の答えがすごく興味深かった。恋愛や嫉妬から生まれる毒々しい感情は、実は心のシグナルなんだって。相手にどれだけ心を奪われているかを示すシグナル。だって、本当に好きじゃなかったら嫉妬なんて感じないでしょ?もちろん、いつまでも嫉妬に苦しみ続けたいわけじゃないけど、嫉妬は自分の心の方向性を教えてくれるものなんだ、って彼女は言ってた。

彼女の話を聞いて、もう一つ大好きな文学作品を思い出した。林芙美子の『浮雲』。実は大学時代に林芙美子の研究をしてて、彼女が生まれた地と言われる門司市まで足を運んだことがあるんだよ。そういえば、ひらりさは大学で何を研究してたの?急に気になっちゃった(笑)。

『浮雲』では、恋愛の破壊的な力が最後には強さへと変わっていく。主人公のゆき子は戦中、仏印(現在のベトナム)に渡り、そこで農林省の官僚で既婚者の富岡と出会って恋に落ちる。戦後、日本に帰ったゆき子は富岡を追い続けるんだけど、富岡って本当にクズ男としか言いようがなくて、ゆき子と不倫を続けながら奥さんとは別れないし、ゆき子以外にも浮気する始末。最後にゆき子は富岡を追って屋久島まで行って、厳しい環境のなか肺を病んで亡くなってしまう。戦争で焼け野原になった当時の日本では、食べ物も暖房も電気も宿もすべてが不足してた。こんな極貧の中だからこそ、ゆき子の富岡への執着や妄想が彼女の心の支えになって、生き抜く力になったんだと思う。ゆき子は決して弱い女性じゃなくて、むしろ信じられないほど意志の強い人だったんだよね。

『Mon Mari』と『浮雲』を比較すると、恋愛の持つ破壊的な力や激しい感情の高まりは、時として嫉妬や妄想になって自分を苦しめるし、相手も傷つける。他方でこの力はどんなことがあっても生き抜いていく力、強さを自分に与えてくれる。

ひらりさは「恋愛をしてしまう自分」、そして恋愛の「酩酊に執着してしまう」について語ったけど、酩酊だけではなく、そこから何か生きる力や強さも得ているのかな?恋愛でのひらりさの「自己物語の調整」、つまり失恋からどう立ち直っていくのかについても聞いてみたい。

返事を楽しみにしています〜。

4月25日(金)19時半より、鈴木綾さん、ひらりささんと『シンプルな情熱』オンライン読書会を開催します!

読まずに参加も大歓迎です。詳細・お申し込みは、幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

フェミニズムの生まれた国でも 、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ 日本が好きだった。東京で6年間働いた。だけど、モラハラ、セクハラ、息苦しくて限界に。そしてロンドンにたどり着いた――。 国も文化も越える女性の生きづらさをユーモアたっぷりに鋭く綴る。 鮮烈なデビュー作!

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まだ恋愛にじたばたしてる――? 30代半ば、独身。ロンドンと東京で考える、この時代に誰かと関係を紡ぐということ。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、ロンドンのスタートアップ企業に転職。現在は退職し、英語での小説を執筆中。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。著書に『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』(幻冬舎)がある。

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