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ディア・ペイシェント

2018.02.06 公開 ポスト

現役医師によるリアルな長篇ミステリ『ディア・ペイシェント』刊行記念特集 その7

強烈なクレーム、モンスター・ペイシェントに立ち向かう女性医師の覚悟に心が震える。南杏子

 

「クレーム集中病院で、若い女性医師が“モンスター・ペイシェント”に狙われた!?」
デビュー作『サイレント・ブレス』が各紙誌で好評を博した南杏子さんの待望の第2作『ディア・ペイシェント』に寄せられた、佐々木克雄さんの書評をお届けします。


 医師の肩書きを持つ作家さんは多いです。

 例えば(以下敬称略)森鴎外、渡辺淳一、箒木蓬生、海堂尊、久坂部羊、夏川草介、知念実希人……数え上げたらキリがありません。(海外だとコナン・ドイルも医師だったって、ご存じでした?)
 天は二物を与えず──なんてコトはないんだなあと、彼らの作品を読んで思ったものです。確かに医療は生死に直面する現場であり、そこにいる医師だからこそ書ける小説があります。

 そして一昨年、医療現場を斬新な切り口で描き出す作家さんがデビューしました。その方が南杏子さん。終末期医療専門病院に内科医として勤務される現役の方です。
 デビュー作『サイレント・ブレス』は大きな反響を呼びました。終末期医療をテーマにした同作はミステリー要素をふんだんに盛り込んだ短編連作となっており、父親を看取る終章は涙なしには読めませんでした。未読の方はコチラを参照に、是非ご一読いただければと。

 さて、そのデビュー作から一年あまりを経て、南さんから待望の2作目が届きました。
『ディア・ペイシェント』──今回も医療現場が舞台の、ミステリー&ヒューマンドラマです。

 最初にお断りしておきますと、かなりのリアルに読み手の心がガッ!っと鷲掴みにされます。というのは、クレームだらけの総合病院が舞台で、主人公の女性医師がモンスター・ペイシェントにロックオンされるという、なかなかに過酷な話なんです。それを現役の医師が書いているワケですから、もう、ハンパないリアルが活字になって読み手の脳内に流れ込んできます。

 ここでちょっと話を横道にそらしまして──こんな経験はありませんか?
 たとえばインフルエンザの流行期、熱で朦朧としながら待合室で1時間も2時間も待たされた……。またたとえば受診時に医師が「検査をしてみないとわからないから」→でも予約がとれず検査は数週間後→さらにその結果が出るまでにも時間がかかり……。近年はシステム化が進んで順番待ちもスムーズになってはいますが、患者サイドとしての辛い経験はあったはず。

 では、それを「病院サイド」から見ると、現場はどうなっているのか。
 それがまさに『ディア・ペイシェント』に登場する、佐々井記念病院の日常なんです。
 市中病院と呼ばれる民間の総合病院。ここの常勤内科医となった主人公・間野千晶は、35歳までいた大学病院との違いに戸惑っていました。それは──患者たちの不満でした。

 午前中の3時間に受け持つ外来患者数は50。単純計算で一人を3分半強で診察しなければならないが、それは無理だとわかっている。患者には病院曰く「SML」があるというのだ。
 Sは「スムーズ」のS。要領よくやりとりができる患者。
 Mは「まだるっこしい」のM。悪気はないが理解や説明に難儀する患者。
 Lは「Low Pressure=低気圧」のL。何かあれば「訴えてやる!」という患者。

 このLタイプの患者が次から次へと千晶の前に現れる物語の前半が、この作品の重要な見せ場です。困った患者たちの具体的なアレコレは、是非本書を手にとって読んでいただきたいです。順番待ちでイライラしている自分なんて可愛い方じゃないかと。おそらく著者の実体験もあると思うのですが、こうも強烈なクレーマーが次から次へとやって来ると、同情したくなります。

 さらに、千晶たち勤務医を追いつめるのは、病院運営の実権を握る事務局長の存在です。
 銀行員から転身した彼は、病院は患者ありきのサービス業であるとして、「患者でなく、患者様」とスタッフに意識させようとします。そのため更にトラブルが増幅し、現場は混乱……。

 千晶たち現場の疲弊と反比例するように、病院へのクレームは増加し、患者数は減っていく。
 物語は、これでもか、というくらいに悪い方向へ転がっていきます。
 さらに追い打ちをかけるのが、千晶の前に出現する座間というモンスター・ペイシェントです。
 ストーカーのように周りをうろつき、無理難題を押しつけ、激昂し、果てはネットで罵詈雑言をまき散らし……結果、千晶の病院における立場がどんどん悪くなっていく。座間はなぜ、これほど執拗に彼女にまとわりつくのか、負のスパイラルはどこまで続くのか……これが中盤以降の読み所です。

 でも、ヒロイン千晶は強い女性です。何度も折れそうになりながら、折れない。
 仲間や家族に支えられながら、彼女は座間や患者たちに真っ向から向き合おうとするのです。
 それが『ディア・ペイシェント』──この本のタイトルであり、彼女の覚悟だといえます。

 ミステリ仕立てになっていますので、終盤の展開、謎解きは、なかなかの読みごたえです。
 それに何より現役医師による、過酷な医療現場のリアルを体感できる本書は、読み手の心を大きく揺さぶるヒューマンドラマであり、新スタイルのエンタメと言えるでしょう。

 現代医療が抱える闇の部分、それに屈しないヒロインの覚悟に、震えてみてください。

佐々木克雄(書評家)

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南杏子

1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、都内の大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを勤める。帰国後、都内の高齢者中心の病院に内科医として勤務。

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