ナポレオン戦争から始まる「国のために」
リドリー・スコット監督の映画「ナポレオン」は後世に英雄として伝えられるナポレオンの実に情けない姿を延々と流し続ける作品だ。特にジョセフィーヌの柔らかさと対比させることで描かれる彼の硬さはコメディーチックでもある。
1812年にロシアに大敗してからの展開がクライマックスに来ているので虚像を剥ぎ取るような作りにも見えるのだが、いくつか重要なシーンもある。
エルバ島を脱出したナポレオンが目の前に立ちはだかったフランス兵に号令をかけると彼を捕らえに来たはずの兵たちが一斉に彼の方に就くのだ。このシーンが特に僕の印象に残ったのはこの”フランス兵”という概念そのものがナポレオンによって作られた面があるからだ。
元々、ヨーロッパにおける戦争は傭兵中心に行われていたわけだが、ナポレオンは自身が台頭していく中で兵士たちや大衆の士気を高めていくために「フランスのために」という概念を利用していく。フランス革命を経て絶対王政から市民に権力が移っていくなかで、国民国家という枠組みが新しく形成されていく。国のために戦うという構図でモチベーションを得た兵たちは獅子奮迅の働きをするようになる。
ナポレオン戦争におけるフランス人の死者数は200万人ともいわれるが、それだけの犠牲を厭わぬ強いモチベーションが国民国家という枠組みによってもたらされたわけだ。日本の明治政府が欧米に対抗するために急拵えで作った枠組みもこの国民国家体制であり、昨今”保守”を自認する人が国のために戦うといったお題目を持ち出す時の起点は長い歴史で考えたらごく最近だというのもわかる。
ただ最近作られた枠組みとはいえ近現代の国際秩序なる考え方は全て基本単位をこうした国民国家的国家を軸にしている。G7でござい!と並ぶ国々は当然として東アジアも中南米も中近東もアフリカの諸国も全て国民国家単位でカウントされ、その集合体としての国際社会が様々な議論の前提とされている。
この前提こそが今、乱世を迎えている国際社会に大きな影を落としていると僕は思う。この西欧発の枠組がいよいよ軋んできて亀裂が入ってきている。その大きな亀裂の一つにスッポリとはまっているように見えるのは、例えばガザ地区だ。
イスラエルは西欧発国民国家体制の最新型国家ともいえる。その歴史は多くの専門家が語っていると思うが、西欧各地やウクライナなどで続いたユダヤ人差別と迫害がシオニズム思想と結びついた経緯がある。
新たな国民国家としてイスラエルが成立する中で、今度はその枠組みによって追い出される形になったのがパレスチナ人だ。イスラエルが自国領土内からパレスチナ人を完全に追い出してしまえば、最も残酷で悲劇的な形で最新型の国民国家が完成する。
第二次世界大戦後、植民地宗主国であった西欧諸国から独立する。それこそ定規で引いたかのように正確な国境線で次々と国民国家的枠組みを組み直していく過程で多くの民族や文化集合体が引き裂かれたり、分散させられたりしてきた。
そもそも定住を前提としない暮らしをしてきたような人々は、所属する国を持たないまま国際社会からいないことにされていく。例えばクルド人の在り方が問題とされてしまうのも、この枠組みという前提に固執するからだ。
武力による現状変更は認めないという言葉も、暴力的なフランス革命やアメリカ独立戦争を経て国民国家体制を構築してきた国の主張としては理屈に合わないように思える。その上で自由や人権といった言葉を旗印にしながらもウクライナとイスラエルで異なる態度を見せる西欧諸国のダブルスタンダードからは、現状の国際社会の崩壊の予感しかしない。
国連ではアメリカによる拒否権発動でガザの停戦に向けてのスタートにすら立てない。会議は踊る、されど進まず。ナポレオンに敬礼するフランス兵の姿が再び脳裏をよぎる。
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礼はいらないよ
You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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