子どもができて仕事量は減っているけれど、子育てに気力体力を奪われているのか、以前のように動けないのがもどかしい。料理もそう。買い物すら億劫で、ここ数年は食材の定期宅配を使っており、特に主菜と副菜がセットになったキットに助けられている。働かない頭でもレシピ通りに調理をすればあっという間に2品が完成。野菜を切ったり炒めたりはするので、惣菜やレンチン食品を食卓に並べるより罪悪感が少ない(これが、この商品の狙いでもあるらしい)。とはいえ食いしん坊なので、レストランや友人宅で好きな味に出合うと自分でも再現したくなり、素材の組み合わせを覚えたり、レシピを教えてもらったり。気になるタイトルのレシピ本があると、つい買ってしまう。けれど、レシピ通りに作ろうとすると、なにかしらスーパーに買い出しに行かないとならない食材や調味料があり、やっぱり挫けてしまうことも。
そんなわたしが、本書を捲り出すと、読み終えるまでに、いくつものレシピを実践していた。だいこんもち、にんじんしりしり、セロリとみょうがの和物。普段から冷蔵庫にある食材で作れるものがいくつも載っていて、自分の家族の食生活スタイルとの相性もよかったのか、すぐに手が動いた。これもふたりの著者、「主菜」担当の飯島奈美と「前菜」担当の重松清、それぞれの技のおかげだろう。1月から始まり12月で終わる、全12編。全編にまず小説家・重松さんの書いた物語が置かれ、飯島さんが呼応する形でレシピを考えたという。難しい仕事だっただろうなと想像しつつも、飯島さんが楽しんでレシピを考案したことも伝わってくる。このスタイルだからこそ、物語と料理が一体となって、読者の記憶に残り、手を動かすのだろう。
たとえば、6月のレシピにある「だいこんもち」。重松さんの物語では、同じマンションに住む、お疲れ気味の独り者3人が主人公。彼らは食事をとるのも面倒だったけれど、気づかないうちに励まし合い、思い直して今晩こそは、と元気になれるゴハンを作る。これを読んだ飯島さんは、主人公3人のうち、就職活動に失敗しつづけている遙菜さんは沖縄出身だと想像し、郷土料理である「ヒラヤーチー」(沖縄式お好み焼き)から発想を得て、懐かしさとともに元気をもたらすだろうだいこんもちをレシピのひとつに選ぶ。
私自身、特に落ち込んでいるわけではないのに、すっかり怠けぐせがついていることに気づかされた。乾物用タッパーにいつからあるかわからない干し海老と干ししいたけ(レシピでは生しいたけ)があったはず。使いきれずに困っていた大根もあるし、冷凍の豚肉もある。これでだいこんもちができる。初めて一人暮らしをした学生のときに、好きで時々作っていた私自身の記憶とも結びついて、懐かしかった。久しぶりに自分が作った料理が、美味しいと感じた。
「小説幻冬」2023年8月号
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