ある調査によると、日本人の「年間セックス回数」は世界最下位だそう。しかし、それは真実なのでしょうか? こうした統計データ、アンケート調査、世論調査などにひそむ「嘘」をあばくのは、テレビでもおなじみのエコノミスト、門倉貴史さんの『本当は嘘つきな統計数字』。だまされないために、ぜひ読んでおきたい本書の一部をご紹介します。
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環境にとってはプラスだが……
環境省の提唱によって、05年からいわゆる「クールビズ」が導入されるようになった(気温が上昇する6月から9月にかけて、軽装を励行し、その代わりに冷房の設定温度を高めにしようという運動)。
この「クールビズ」だが、筆者は、制度が導入された当初から、その経済効果について疑問を感じていた。
「クールビズ」の経済効果というのは、同制度の導入によって軽装が励行されるため、カジュアル衣料などが売れるようになり、それによって経済全体にプラスの効果が生まれるというものだ。
一部の民間シンクタンクは、当初、軽装励行による「クールビズ」の経済効果が1008億円になると試算していた。しかし、実際の「クールビズ」の経済効果は、この数字よりもずっと小さいはずである。
なぜなら、「クールビズ」の経済効果の試算では、省エネのマイナス効果が抜け落ちてしまっているからだ。「クールビズ」導入の本来の目的は、「地球温暖化の防止」である。地球温暖化の防止は、環境にとってはプラスであるが、経済にとってはマイナスとなる。
「クールビズ」で冷房の設定温度を28度に設定すれば、それだけ電気代が抑制されることを意味する。これは当然、電力消費量の抑制につながるから、GDP(国内総生産)にとっては、マイナスの作用になる。
さらに、「クールビズ」を導入した結果、冷房の設定温度が高めに設定されることによる間接的なマイナス作用を考えなくてはならない。たとえば、冷房の設定温度を28度に設定すれば、パソコンなどを多数設置しているオフィスの実際の温度は軽く30度を超える。これではいくら軽装にしていても、頭がボーっとしてしまって仕事に集中できない。仕事の作業効率が大幅に低下してしまうだろう。
これが労働生産性上昇率の低下を通じて、経済にとってはマイナスに作用するのだ(労働者1人あたりのアウトプットが下がれば、全体のアウトプットも下がる)。
プラス面だけ誇張されている
これらのことは、筆者が06年10月に上梓した『統計数字を疑う』(光文社新書)においても、詳しく述べている。
ただ、労働生産性の低下については、データの制約もあって、冷房の設定温度が28度に設定されることによって、作業効率がどれぐらい落ちるのかを、定量的に計測・提示することができなかった。
しかし、今回、日本建築学会の科学的な調査によって、ブラックボックスになっていた部分の数字が明らかとなった。すなわち、日本建築学会が、神奈川県の電話交換手100人を対象として、1年間かけて行った実験調査によると、室温が25度から1度上がるごとに作業効率が2%ずつ低下するという。
同調査では、作業効率の低下を金額に換算した結果も出している。それによると、冷房の設定温度が28度だと、25度の場合と比べて、オフィス1平方メートルあたり約1万3000円の損失が出るということだ。
一方、財団法人日本不動産研究所の調査によると、日本のオフィス面積は、06年12月時点で8349万平方メートル。
上記の調査結果をもとに、05年における「クールビズ」導入企業の割合(経団連の調査)やオフィスの空室率などを考慮して、筆者が、労働生産性低下がマクロ経済に及ぼす影響を試算した結果では、「クールビズ」の対象期間となる6月から9月の4カ月間で、4322億円もの経済損失(05年)が発生していたことになる。
つまり、民間のシンクタンクがはじき出した「クールビズ」の経済効果(1008億円)の裏では、その金額の4倍に及ぶ経済損失が発生していた可能性が高いということだ。
「クールビズ」の成果や効果については、単一の視点でプラス面の効果だけを誇張するのではなく、いま一度、マイナス面の効果も含めて、あらゆる角度から詳細に検討する必要があるだろう。
※本文中のデータは、すべて、2010年の刊行時のものです。