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『十五の夏』文庫化

2020.08.16 公開 ポスト

十五歳の君たちへ――

ロールモデルのないこれからの世界の歩きかた佐藤優

北朝鮮情勢に関心があるなら「愛の不時着」を観てもいいし、将来起業家になりたいなら「梨泰院(イテウォン)クラス」を観ればいい。そういうエンタメ作品の面白さがわかると、活字の小説にも入りやすくなります。

私の学生たちには「伊藤くんAtoE」を見せています。ドラマと映画だけでなく、原作小説も読ませ、それぞれどういう視点の違いがあるのかを考察させるんです。これは十五歳でも十分理解できるストーリーだし、自我の肥大化した人間の暴力性を代理体験することもできる。非常にすぐれた作品です。
 

佐藤優氏 おすすめの3冊

『伊藤くんAtoE』
柚木麻子(幻冬舎文庫)
私が教えている高校、大学で必ず学生たちに見せる作品。ドラマと映画と原作とで、どういう視点の違いがあるかを見る。「今の私は仮の姿」というのは、高校生ならみんな思い始める時期。友達のフリをするけど実際は……といった感情の表と裏も皮膚感覚でわかる。でも人間に対する信頼が最後にある。
 

『対岸の彼女』角田光代(文春文庫)
高校生にとってリアリティーは強いと思う。本当の友達とは何かという問題を扱った傑作。お互いに、立場も物の見方も違うことを理解し、一定の距離を保ちながら付き合うのが友達というもの。そして、子供にしてみれば、ちょっと背伸びしているのが「生きる」ということ。

『時をかける少女』筒井康隆(角川文庫)
少年少女小説の古典で、何度もドラマやアニメ、映画にもなり、繰り返し読まれている。ということは、中学生高校生の琴線に触れるものが筒井さんのこの小説にあるということ。人生の可能性や将来にまだ夢があった時代の小説。人間は記憶が消えても信頼は残る、といったことが盛り込まれている。
 

異質に触れる、世界を広げる

―――これだけ不透明な時代だと、将来なりたいものといってもなかなかイメージが浮かばない十五歳も多いと思います。佐藤さんなら、どういうアドバイスをしますか。

佐藤 みんながいいと思っている職業は、いまと将来ではまったく変わります。それだけは考えておいたほうがいい。その点で、一昔前のアニメやドラマを観ることは、想像力のトレーニングになります。

たとえば「巨人の星」を学生たちに見せると、腰を抜かしますよ。星一徹は読売巨人軍を納得済みで退団したはずなのに、球団に未練を持ち続ける。そういう理由だけで子供に曲がった教育をし、友達も全部父親が選ぶ。なぜ息子の飛雄馬がヒーローとして憧れの対象になったのか、いまの学生たちには理解不能です。でも、ある時代は「巨人の星」にみんな熱狂していたわけです。

 

―――昔のコンテンツに触れると、価値観の変化がよくわかりますね。

佐藤 でも、逆に変わらないものもあるんです。それを知るために、戦時中の国策映画も大学生や一部の高校生に勧めています。「雷撃隊出動*」や「かくて神風は吹く*」のような戦意高揚映画を観ると、一人ひとりが正しい心を持って行動すれば、必ず問題は解決できるという物語になっている。これは、みんなで自粛すれば、コロナは終息すると思っている現代日本人の行動とよく似ています。

これはどういうことかというと、意図せずにやっていることは、自分だけでは矯正不可能だということです。イギリスには、料理の当たり外れの大きいパブがたくさんあります。同じメニューなのに、毎日味が違うんです。でも、シェフは同じ味だと思ってつくっているから、自分がまずいものをつくっていることに気付けない。

それと同じように、無意識のうちにとっている行動は、それがおかしなものであっても、なかなか自覚することができません。だから十五歳くらいの時期は、できるだけ異質なものに触れて、自分とは異なる世界があること、自分とは異なる人間がいることを学ぶことが大切です。

*雷撃隊出動』……日本の雷撃隊(胴体下に魚雷を搭載できる飛行機)の活躍を描く、戦意高揚映画。東宝が1944年に開戦3周年記念で製作、公開。

*かくて神風は吹く』……鎌倉時代の元寇が題材。日本に攻め入ろうとする元軍を駆逐する。陸軍省、海軍省が後援する情報局国民映画。1944年公開。

 

―――接する情報や作品の見極めや選択が非常に重要になってくるんですね。

佐藤 情報過多になると、ドイツの哲学者のユルゲン・ハーバーマス(一九二九~)がいった「順応の気構え」という状態に陥りやすくなります。つまり、情報を理解するのにくたびれてしまって、誰か説得してくれる人がいればいいと思ってしまう。そうやって自分の頭で考えない人間が、大人にも大勢います。

学校で教わる勉強は、ファミレスやコンビニのメニューと同じで、そればかり食べていると、微妙な味のニュアンスがわからなくなってしまう。つまり、世界や社会に対して鈍感になってしまいます。それは「順応の気構え」に入りやすいルートです。

そうならないためには、ファミレス以外の食事を味わう経験を積むことが必要です。つまり十五歳のころに、学校の勉強以外の本や映画に出会うことは、その後の人生にとって大事な栄養になるのです。

*   *   *

佐藤 優  Sato Masaru
1960年生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本大使館等を経て国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。2002年背任等の容疑で逮捕、09年上告棄却で懲役2年6ヵ月(執行猶予4年)の判決が確定。13年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)など著書多数。

関連書籍

佐藤優『十五の夏 上』

1975年夏。高校合格のご褒美で僕はソ連・東欧を旅した。費用は48万円、3年間の授業料の10倍もかかる。両親には申し訳ないが好奇心を優先した――。カイロ経由でチェコスロバキアからポーランド、ペンフレンドのフィフィ一家が住むハンガリー、ルーマニアを経て、ソ連入国まで。様々な出会いと友情、爽やかな恋の前編。

佐藤優『十五の夏 下』

ソ連国営国際旅行公社の職員と別れ、ホテルに戻った。窓からボリショイ劇場とクレムリンの赤い星がうっすら見える。寝付けずに数学の問題集を解いていたら、朝8時になっていた――。モスクワを歩き、同じソ連でも別世界の中央アジアへ。帰路のバイカル号では不思議な「授業」が待っていた……。少年を「佐藤優」たらしめた全40日間の旅の記録。

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『十五の夏』文庫化

高校一年の夏、僕はたった一人で、ソ連・東欧の旅に出た―—。

1975年の夏休み。少年・佐藤優は、今はなき“東側”で様々な人と出会い、語らい、食べて飲んで考えた。「知の巨人」の原点となる40日間の全記録。15歳のまっすぐな冒険。

バックナンバー

佐藤優

作家・元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。2002年背任等の容疑で逮捕、起訴され、09年上告棄却で執行猶予確定。13年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。著書に『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『私のマルクス』『先生と私』などがある。

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