人気漫画家の萩尾望都さんが過去の大泉時代のことをほぼ初めて語った『一度きりの大泉の話』(河出書房新社、2021年4月)が話題を集めています。
少女マンガの変革を目指した女性たちが集まったあの時代を、男性中心の漫画史に正面から位置づけた『萩尾望都と竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命』(2020年3月、幻冬舎新書)の著者である中川右介氏は、今回の本で、大泉の核だった二人のすれ違いや新事実が明確になっても、大泉時代の重要性は変わらない、むしろ少女マンガ“革命”の中身は、二人の考えよりもっと広く重要なことだったのでは、と問いかけます。その意味とは――。
* * *
本稿は『萩尾望都と竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命』を読んでいただいた方へ向けて書かれる。
(敬省略)
2人の著作の刊行から推測できる一つのこと
ベストセラーとなっている萩尾望都の『一度きりの大泉の話』(河出書房新社)を読んだ。
昨年(2020年)3月、私は『萩尾望都と竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命』(幻冬舎新書)を上梓したが、その時に調べがつかなかったことのいくつかが書かれていた。
最大の謎は、「竹宮惠子と萩尾望都は、その後、会っているのか」だった。
詳しくは後述するが、2人は1973年に、竹宮からの一方的な「距離をおきたい」という申し出により友情関係が破綻した。このことは、竹宮が2016年に書いた『少年の名はジルベール』(小学館)に書かれている。だが、竹宮の本には、その後どうなったかは書かれていなかった。
『萩尾望都と竹宮惠子』を書くに当たり、2人に関係する文献資料を蒐集し、かなり調べたが、73年以降に2人が雑誌等で対談することはなく、また公の場で2人が一緒にいることを確認できる資料もなかった。
多分、2人の交流はなくなっている――私はそう思ったが、確証はない。「会ったこと」の証明はできるが、「会っていない」ことの証明はできないのだ。
ひとつの手がかりは、萩尾が書いた『私の少女マンガ講義』(2018年、新潮社)で、この本には少女マンガの歴史を解説するパートがあるのだが、萩尾が同世代の13人を丁寧に紹介したなかに竹宮の名はない(他にもたくさんいますと名前だけ列記したなかにはある)。
萩尾の主観による少女マンガ史なのだから、竹宮の名がなくてもいいのだが、ようするに萩尾史観のマンガ史には「竹宮惠子」はいないということが分かった。
そこに、『一度きりの大泉の話』が登場した。結論から言えば、2人は絶縁したままで、73年以後、萩尾は竹宮惠子のマンガを読むことすらないという。
一方、1か月早く、2021年3月に出た竹宮の自伝『扉はひらく いくたびも』(中央公論新社)では、〈以来、萩尾さんとは没交渉です。〉と1行だけ明記されている。
竹宮は、2016年の『少年の名はジルベール』では、萩尾との関係に多くのページを割いて書きながらも、その後は会っていないとは書かなかった。しかし、2021年の『扉はひらく いくたびも』ではそれを明らかにした。
この5年の間に何があったのか。
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