世界共通語だといわれるサッカー。でも、サッカーを語る言葉にはそれぞれの国の文化や歴史が反映されているのです。語学は仕事や資格のためのものだけではありません。サッカーを通じて、言語の多様さや深さに触れてみるのはいかがでしょうか? 『DO YOU SPEAK FOOTBALL? 世界のフットボール表現事典』より、昨年ワールドカップカタール大会での日本対戦国の言葉を一部抜粋してご紹介。まずは一戦目、まさかの2対1で勝利したドイツから。
Germany ドイツ
ドイツのサッカー用語ではユーモアと創造力が増殖中だ。一部ラテン諸国で見られるようなテクニカルな細部への好みは、伝統的にあまりない。この国のフットボールのボキャブラリーの進化をつぶさに見ると、ドイツサッカーの成熟が遅れた歴史が明らかになる。
イングランドと同じく、ドイツでもフットボールは長らくパワーと根性のゲームだと思われていた。ドイツ人も、イングランド人同様、このスポーツのより精密な部分にこだわる意味がわかっていなかったのである。ただし彼らの場合は、それでも勝ててしまうからだったが。ところが、それでずっと成功してきたドイツは、20世紀末、突如として戦術の遅れという現実を突きつけられる。その後の再生は言葉と理論が先に立つもので、2014年ブラジル・ワールドカップの優勝となって実を結んだ。指導・コーチング基準向上を強力に推進したことが、洗練された新たな言語の地平を拓き、それまで制約となっていた戦術的束縛からドイツサッカーを解放したのである。
ドイツが栄光への道を再び歩みはじめるには、誰かがマニュアルをアップデートしなければならなかったということだ。
Arschkarte アルシュカルテ 尻カード
レッドカードはアルシュカルテ「尻カード」という。主審が尻ポケットに入れているからだ。この語は普段の会話でも、誰かが貧乏くじを引いた時に使われる。
Bauernspitz バウアーンシュピッツ 百姓の爪先
トーキックを指すこの言葉はバイエルン地方で生まれた。この地方では、爪先でボールを蹴るのは粗野だとして、理不尽に農家と結びつけられている。
Fritz-Walter-Wetter フリッツ・ヴァルター・ヴェッター フリッツ・ヴァルターの天気
ドイツでは、大雨の中での試合を、元西ドイツ主将のフリッツ・ヴァルターにちなんでこう呼ぶ。彼は雨天の試合で絶好調と言われた。第2次世界大戦で南欧行軍中にマラリアにかかって以来、暑いのが大嫌いだったのである。彼は1954年ワールドカップ決勝で、激しい雨とぬかるんだピッチのお蔭もあってか、もっとも記憶に残るパフォーマンスを見せた。この試合、勝ち目がないと思われたドイツのセミプロ選手たちは、2点ビハインドをひっくり返して3-2で勝利し、有利だったはずのハンガリーに衝撃を与えた。Das Wunder von Bern(ダス・ヴンダー・フォン・ベアン、「ベルンの奇跡」)として有名になる試合である。番狂わせの優勝は、ガッツと体力、そして鉄の自信の上に成り立ったもので、第2次世界大戦という恥辱からドイツが心理的に立ち直るきっかけとなり、その後ドイツがフットボールで勝ち取った栄光ほぼすべての方程式となった。
天気の変化を好まない選手をSchönwetterfußballer(シェーンヴェッターフスバラー、「好天フットボーラー」)、あるいはWarmduscher (ヴァルムドゥーシャー、「温かいシャワー野郎」。冷たい水が我慢できないのかという侮辱)という。悪天候はEnglisches Wetter(エングリッシェス・ヴェッター、「イングランドの天気」)、週の半ばと週末に試合のある週はEnglische Woche(エングリッシェ・ヴォッヘ、「イングランドの週」)と呼ばれる。ドイツのイングランド観が垣間見える。
Gurkenpass グルケンパス キュウリパス
ドイツではキュウリはやや問題のある言葉だ。不正確なパスはグルケンパス「キュウリパス」といい、つまらない試合はGegurke(ゲグルケ)、つまり「キュウリだらけ」と軽蔑される。へたくそなチームはGurkentruppe(グルケントルッペ「、キュウリ軍団」)と呼ばれるだろう。
西ドイツの第3ゴールキーパーだったウリ・シュタインは、メキシコで開催された1986年ワールドカップで、自分のチームをキュウリ軍団と呼び、さらに監督のフランツ・ベッケンバウアーが1960 年代にスープのCMに出ていたことからSuppenkasper(ズッペンカスパー、「スープ芸人」)と貶したため、代表から追放された。ドイツ語のGurke(グルケ、「キュウリ」)は古典ギリシャ語のἀγγούριον(アングーリオン)が語源で、「未熟」や「稚拙」の意味がある。
Notbremse ノートブレムゼ 非常ブレーキ
最後の砦となったディフェンダーが、スピードのある相手フォワードを止めるにはファウルしかないと思うことを、電車の非常ブレーキを引くことにたとえる。
……ほか『DO YOU SPEAK FOOTBALL? 世界のフットボール表現事典』にはまだまだたくさんのサッカー用語が紹介されています。
DO YOU SPEAK FOOTBALL?
『DO YOU SPEAK FOOTBALL? 世界のフットボール表現事典』に学ぶ自由で豊かなサッカーの言葉