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日本の中絶

2023.05.30 公開 ポスト

時代遅れの中絶手術を踏襲し続ける日本 WHOが推奨しない掻爬(D&C)とは塚原久美(中絶ケアカウンセラー)

100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。

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医学的、心理的負担の大きい掻爬術(D&C)

日本の中絶の過半数で今も用いられている掻爬そうは術(キュレッテージ)は、基本的に第一次中絶革命時の技術を継承したものです。産婦人科医で戦後に社会党の国会議院にもなった太田典礼は、1967年の『堕胎禁止と優生保護法』で掻爬が日本で最初に紹介されたのは1906年の日本婦人科学会雑誌一巻に載ったドイツの論文の抄訳だとしています。

そこで同雑誌の一巻を確認したところ、紹介されていたのは子宮内感染や胎盤の「ポリープ」を迅速に除去する時に使う道具としての「キュレー(掻爬に用いるキュレットの異名)」でした。

2-1 キュレット(Global Women’s Medicine のウェブサイトより)

掻爬とは正確には「子宮頸管拡張法」と「子宮内膜掻爬法」を組み合わせた手法で、英語ではDilatation & Curettage(「拡張と掻爬」の意味)で、「D&C」の略語がよく用いられます。この小手術では、先に水分を吸うと膨張する頸管拡張材等を用いて固く閉じている子宮頸管(子宮と膣を結んでいる管)を押し広げる前処置をしておきます。へガールと呼ばれる太さが様々な金属製の棒を細いものから順次挿し込んで押し広げる方法が使われることもあります。

海外のD&Cでは、その後、子宮内に金属製の柄の長いさじのような器具(キュレット)(2-1)を挿し込んで子宮内膜を360度掻き取ることで妊娠産物を取り除きますが、日本では先に鉗子を使って子宮内容物をつまみ出すのが一般的です。処置自体は10~15分程度で終わりますが、週数によっては前処置が必要になり、手術当日も全身麻酔が醒めるまで数時間を要することもあります。日帰り手術が多いですが、前日から入院する場合もあります。

 

掻爬では妊娠産物が小さすぎると「取り残す」ことがあるといわれ、医師によっては胎児がある程度の大きさになるまで何週間か手術を先送りすることがあります。中絶の先送りは、中絶を受けることを決めている女性にとって身体的にも心理的にも非常に酷なことになりえます。

妊娠週数が進めば妊娠産物がより大きくなって、より医学的なリスクが高まるだけではなく、当初の胚から徐々に胎児らしさを増していくと考えてしまうため心理的な負担も増します。考えても自分がつらくなるばかりなのに、何週目だからこれくらいの大きさになっているはず……などと、ついつい考えてしまうという女性たちが現にいます。

(写真:iStock.com/fizkes)

時代遅れの中絶方法を踏襲し続ける日本

現在、日本の中絶では94~95パーセントが妊娠12週未満の初期中絶です。2020年に埼玉医科大学の医師らが行った調査によれば、初期中絶の方法は掻爬単独が全体の23.5パーセント、掻爬と吸引の併用が40.3パーセント(電動吸引と掻爬が37.3パーセント、手動吸引と掻爬が3.0パーセント)、吸引単独が36.0パーセント(電動29.0パーセント、手動7.0パーセント)でした。併用と単独を合わせると、いまだに6割以上の中絶で掻爬が使われていることになります。

またこの調査では自然流産の後処置についても方法を調べており、掻爬単独が全体の27.7パーセント、掻爬と吸引の併用が36.1パーセント(電動吸引と掻爬が28.9パーセント、手動吸引と掻爬が7.2パーセント)、吸引単独が36.2パーセント(電動13.0パーセント、手動23.2パーセント)でした。流産についてもやはり6割以上で掻爬が使われていました。

ただし、自然流産の場合は健康保険が下りるので、使い捨てでコストの高い手動吸引器がより多く使われているようです。手動吸引は身体にやさしいと言われていますが、日本に入ってきたのは2015年でまだ10年も経っていません。

 

なお掻爬と吸引法の併用法はどちらを先にするかで二手に分かれ、医師の慣れと好みによって掻爬を先に行ってから吸引法で仕上げる方法と、吸引法を先に行ってから掻爬で仕上げる方法のいずれかが使われています。吸引でも鉗子を先に使っている例があるのかどうかは不明です。

各々の医師が医学部で教わった方法をそのまま踏襲していることが多く、私も関わった2010年の金沢大の調査(本書72頁参照)ではほぼ半々に分かれていました。海外では吸引のみで処置している医師が多いのに、日本では掻爬と併用する人が多いのは吸引の訓練が行きとどいていないのではないかとも疑われます。

(写真:iStock.com/digicomphoto)

2012年のWHOのガイドライン『安全な中絶 第2版』では、D&Cは旧式で安全性に劣る手法だとして、いまだにD&Cが使われているなら安全な中絶(中絶薬か吸引法)に切り替えるべきだと指導していました。

後述しますが、日本ではこのガイドラインが出てから9年も経った2021年7月に、厚生労働省が日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会に対し、会員に「吸引法」を周知するよう依頼状を出しました。しかし、12月にRHRリテラシー研究所の主催で行った参議院議員会館内での集会で厚生労働省の担当者に質問したところ、掻爬から吸引に置き換えるように指導もしていなければ、実態確認の調査さえ行っていないことが分かっています。

 

日本の中絶は掻爬だけが問題なのではなく、麻酔方法も、中期中絶の方法もWHOの推奨方法とは違います。ぐずぐずしている間に、2022年3月に発行されたWHOの『中絶ケア・ガイドライン』では、すべての外科的中絶に傍頸管ブロックという日本では導入されていない方法が推奨されています。世界標準の中絶医療を導入するために、最大限の努力をしていく必要があります。

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この続きはちくま新書『日本の中絶』(塚原久美 著)をご覧ください。

塚原久美『日本の中絶』(ちくま新書)

昨今、中絶をめぐる議論が続いている。経口中絶薬の承認から配偶者同意要件まで、具体的にこの問題をどうとらえればいいのか。かつて戦後日本は「中絶天国」と呼ばれた。その後、世界が中絶の権利を人権として認める流れにあるなか、日本では女性差別的イデオロギーが社会に影を落としている。中絶問題の研究家が、歴史的経緯をひもとき、今後の展望を示す。

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100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。

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塚原久美 中絶ケアカウンセラー

中絶問題研究家、中絶ケアカウンセラー、金沢大学非常勤講師。翻訳・執筆業での活動を経て、2009年、金沢大学大学院社会環境科学研究科博士課程修了。著作に『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ』(勁草書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(電子書籍)、訳書に『中絶がわかる本』(アジュマ)など。

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