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なぜ理系に女性が少ないのか

2024.07.04 公開 ポスト

親の「学問のイメージ」が娘の進路に影響 理系でも「薬学」が賛成されやすい理由横山広美

OECD(経済協力開発機構)諸国で、日本は最も理系女性が少ない国。女性学生の理科・数学の成績は世界でもトップクラスなのに、なぜ理系を選択しないのでしょうか。

緻密なデータ分析から日本の男女格差の一側面を浮彫りにする幻冬舎新書『なぜ理系に女性が少ないのか』より、一部を抜粋してお届けします。

女子の進路で親が最も賛成するのは薬学

娘の大学進学に際して、親が賛成しやすい分野、反対しやすい分野はあるのでしょうか。向いていると思う分野、就職が良いと考えられる分野がある以上、賛成しやすい分野・反対しやすい分野があることは容易に想像できます。

子どもの進路選択に親が影響を与える可能性は、以前から指摘をされていました。子どもが娘の場合に、親が特に賛成・反対しやすい分野があるとすれば、それを理由と共に明らかにすることは、私たちの研究にとってもきわめて重要だと考えました。

数学・物理学を選択するにあたり男女差がある要因として、第7章では高校時の本人のジェンダーステレオタイプが与える影響に注目しました。この章では、親のジェンダー意識や平等度、理系分野に対するイメージ分析を行った研究を紹介します。

三者面談中の母娘の写真

大卒以上の娘がいる親1236名(男性618名、女性618名)を対象に、「一般的に考えて、女の子が次に挙げる専門分野への大学進学を希望したら、賛成しますか?」という質問をしました。回答は、「すごく賛成する」「どちらかといえば賛成する」「どちらともいえない」「どちらかといえば賛成しない」「まったく賛成しない」の5段階から選んでもらっています。

母親と父親をペアで調査したのではなく、娘を持つ男性と女性のそれぞれに、別々に尋ねています。この調査に回答している時点ですでに言えることは、大卒の娘を持つ、つまり娘を大学に通わせた経験のある親で、一定程度の経済力がある人たちだ、ということです。また、質問文にある「専門分野」は、表に示した16分野です。

結果は次の通りでした(※1)。

「薬学」が一番にきた結果を見て、「やはりそうか」との思いを持ちます。第4章で述べた、学問分野や就職へのジェンダーイメージにおいても、女性で「薬学」は上位だったからです。

大学の薬学部は4年制ではなく6年制で、長く勉強しなくてはいけません。資格志向の強さをあらためて感じます。現状では女性が企業で働き続けることは難しいという、親御さんという立場での懸念の表れでもあるでしょう。

 

第4章でも述べましたが、薬学の基本は化学であり、論理的思考を重視する(物理学的・数学的な)勉強が必要とされます。ここまでで述べてきたように、日本ではこうした勉強は男性寄りというイメージが強いにもかかわらず、薬学には女性寄りのイメージが強く見られます。

つまり学問のイメージは、学問そのものが持つ性質からではなく、社会的な環境に影響されて作られている可能性が示唆されます。

 

現に薬学を学ぶ女性は多いため、おそらく親御さんにとっては、すでにロールモデルがいるのだと予想されます。そのことにより、男性イメージが一層緩和されるというスパイラルになっているのかもしれません。

薬学が、歴史的にも制度的にも女性にフィットし続けてきたというのは、日本に特徴的な興味深い状況です。

理系進学に賛成する理由も反対する理由も「就職」

この調査では、「一般的に考えて、女の子」の進学先分野にどの程度賛成するかと同時に、賛成・反対の理由についても尋ねています。

先に述べた薬学、情報科学などの分野、それぞれの理由をプロットした表は、次の通りです(図表8-2 ※1)。

賛成する理由で最も多いのは、どの分野でも「就職に困らないから」です。理系分野は全般的に、就職が良いという印象が持たれている様子が見えます。

社会科学や人文学などの文系分野は、「文系分野全般」として括りましたが、それらに賛成する理由は「女性に向いているから」です。

 

反対理由はどうなっているでしょうか。「情報科学」「生物学」「物理学」「数学」に反対する理由は、「就職があるか分からないから」が最も多くなっています。面白いのは、賛成する理由で最も多いのも「就職に困らないから」ですから、どちらの理由も「就職」に関わり、かつ逆になっていることです。

ただ、反対のほうは26人中8人(情報科学)、43人中22人(生物学)など、数はそれほど多くありません。賛成する人たちの母数はもっと大きいので、たいていの人はこれらの分野に賛成しているわけですが、一部の人は「就職があるか分からないから」という理由で反対しています。

「電気通信技術」「建築工学」「機械工学」「土木工学」「原子力工学」に反対する理由としては、一定数が「女性には向いていないから」と答えていて、課題を感じます。

「獣医学」と「畜産学」の反対理由は「重労働だから」となっています。

「STEM以外の理系」では、看護学では74人中47人が「重労働だから」という理由で反対しています。「薬学」「歯学」「医学」は、数が大きいとは言えないものの、「学費が高いから」という理由で反対しています。

 

理系分野への進学に賛成する理由は「就職に困らないから」が圧倒的ですが、反対の理由はさまざまです。しかし主に工学系の分野に、「女性には向いていないから」という理由が出てきており、このイメージをどうやって転換していくかと考えさせられます。

もし息子を持つ親に男性の進学について同じことを聞いたら、「男性には向いていないから」という理由で反対するゾーンはあまり存在しないのではないでしょうか

 

※1 Ikkatai, Y.,Inoue, A., Kano, K., Minamizaki, A., McKay, E., and Yokoyama, H.M.(2019). ‘Parental egalitarian attitudes towards gender roles affect agreement on girls taking STEM fields at university in Japan’. International Journal of Science Education, 41(16), 2254-2270

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『なぜ理系に女性が少ないのか』をご覧ください。

関連書籍

横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』

大学・大学院など高等教育機関における理系分野の女性学生の割合は、OECD諸国で日本が最下位。女子生徒の理科・数学の成績は世界でもトップクラスなのに、なぜ理系を選択しないのか。そこには本人の意志以外の、何かほかの要因が働いているのではないか――緻密なデータ分析から明らかになったのは、「男女平等意識」の低さや「女性は知的でないほうがいい」という社会風土が「見えない壁」となって、女性の理系選択を阻んでいるという現実だった。日本の男女格差の一側面を浮彫りにして一石を投じる、注目の研究報告。

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緻密なデータ分析から日本の男女格差の一側面を浮彫りにする幻冬舎新書『なぜ理系に女性が少ないのか』より、一部を抜粋してお届けします。

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横山広美

1975年東京都生まれ。東京理科大学理工学研究科物理学専攻・連携大学院高エネルギー加速器研究機構・博士(理学)。博士号取得後、専門を物理学から科学技術社会論に変更。現在は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構副機構長・教授。東京大学学際情報学府文化・人間情報学コース大学院兼担。科学ジャーナリスト賞(2007)、科学技術社会論学会柿内賢信記念賞奨励賞(2015)、東京理科大学物理学園賞(2022)を受賞。

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