不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。
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性依存症について知る前に、まずは「性依存症・自己診断のための10の質問」に答えてみましょう。あてはまる項目にチェックを入れてください。
□あなたの性的な思考や行動に関して、誰かの助けが必要と感じる
□性的な思考や行動をしているときのほうがリラックスできる
□セックスや性的刺激によって、物事の優先順位がしばしば逆転する
□自分自身の性的な思考や行動で制限したいと感じることがある
□なにかに耐えられず、不安や孤独感をやわらげるためにセックスを用いる
□セックスの後、罪悪感や自責の念を抱いて落ち込む
□性的行動に時間をとられ、家族や身近な友人をおろそかにしている
□最近、性的行動のせいで集中力や仕事の能率が落ちている
□次から次へと性的関係を持つ相手を変えている
□性的行動を隠すため、嘘をつくことがよくある
あなたはいくつチェックがつきましたか?
「まったく考えたこともない」という人もいれば、思わずドキッとした人もいるかもしれませんね。
このチェックリストは、私が勤務するクリニックでも初診時に参考資料として活用しているものです。ひとつでもチェックがつくと性依存症の傾向がありますし、あてはまる項目が多ければ多いほど性依存症の可能性が高いといわれていますが、もちろんチェックがついたからといって、ただちに診断がついて治療が必要ということではありません。
現在なにかに困っている、いわゆる「問題行動」が起きていなくても、自らの性的習慣や周囲との関係性を見直すきっかけとして使ってみてください。
「セックス依存症」という病名は存在しない
現時点で臨床現場において、「セックス依存症」という診断名は存在しません。病院の診察室で医師が「あなたはセックス依存症ですね」と告げることはあっても、それは正確な診断名ではありません。
類似の診断名として「性嗜好障害」という病名があります。これは、性的満足を得るための手段が偏っていて、一般的な社会通念を逸脱した反復的・強迫的な性行動や衝動を指しています。必ずしも犯罪に至るわけではなく、性的ファンタジーや強迫的なマスターベーションにとらわれるケースもあります。そして、そのことで生活が破綻する人も多くいます。
性行為に耽溺するケースでいうと、とにかくセックスをしないと落ち着かない、生活に支障をきたしたり不利益を被ったりしてもなお、危険な性行為を繰り返してしまうことを指します。2017年に佐々木希さんがドラマ『雨が降ると君は優しい』(Hulu)で演じた女性はセックス依存症でしたが、作中での診断名は「性嗜好障害」でした。
そして近年、この分野では、ちょっとした大きな動きがありました。
2018年、WHO(世界保健機関)が定めたさまざまな精神疾患の分類であるICD(国際疾病分類)が約30年ぶりに改訂されたのですが、そのICD-11(第11回改訂版)ではいわゆるセックス依存症を「強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviourdisorder)」という精神疾患であると認定したのです。翻訳されて日本で適用されるにはまだ少し時間がかかりそうですが、それによって新たに「強迫的性行動症」という病名が加わることになります。
過剰なセックス、マスターベーション、ポルノ視聴、性風俗店の利用など、日常生活に大きな支障が出てもその行為をやめられない人は、この強迫的性行動症に該当すると考えられています。
しかし現時点では、WHOは強迫的性行動症そのものを「依存症」というカテゴリーに分類していません。いまだ研究の歴史が浅く、データ不足や議論が尽くされていないのが現状です。
セックス依存症は「性欲の問題」ではない
セックス依存症と聞くと、どんなときでもセックスのことを考えていて、セックスをしたくてたまらない、性欲が人一倍強い人がなる病気……そんなイメージを抱く人も多いかもしれません。
しかし、実はセックス依存症の本質は「性欲の問題」ではありません。実際はもっと複雑で、さまざまな複合的要因が絡み合った問題なのです。
なによりセックス依存症は、さまざまな損失を繰り返してもなお、この行為がやめられなくなります。
スキャンダルによって仕事や家庭、世間体や信頼関係を失う「社会的損失」や、不特定多数との性行為による性感染症やHIVのリスク、女性ならば望まない妊娠や人工妊娠中絶などの「身体的損失」があります。また、風俗通いがやめられず借金を重ねてしまうような「経済的損失」も考えられるでしょう。
社会生活を送る上で多くの損失が発生しているのに、脳の報酬系と呼ばれる神経回路に機能不全が生じると、「やめたいと思っているのにやめられない」状態に陥ります。そこではアルコールや薬物など、物質依存と似たメカニズムが働いているといわれていますが、まだ科学的には明らかになっていません。
さらに、数々の損失と苦痛に加えて、強迫性や衝動性も依存症の大きな特徴です。「セックスをしないと落ち着かない」「一度自慰をしたいと思うと、せずにはいられない」など、自分の中で「スイッチ」が入ったら、その行為を達成しない限り落ち着かなくて仕方ないという状態です。
これだけでも、世間一般の人が抱く「セックス依存症」のイメージと実態には、かなりの乖離(かいり)があることがわかります。
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続きは幻冬舎新書『セックス依存症』をご覧ください。
セックス依存症
不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。