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ジジイの細道

2024.12.20 公開 ポスト

「ゆっくり歩いて何が悪い」大竹まこと75歳、必死に“老い”を生きる大竹まこと

18年続く長寿番組「大竹まこと ゴールデンラジオ!」(文化放送)に月曜日から金曜日まで毎日出演するなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイが始まります。

初回の今回は、腰痛とたたかいながらの散歩談です。

 

 

*   *   *

 

腰を痛めて、この3日間ラジオの仕事を休んでいる。

医者に言わせると、年寄りのゆっくりとした腰痛らしい。

明日あたりには仕事に戻りたい。戻りたい。

 

体調はどうだ。杖を片手に家を出た。左腰というかその上——左の脇腹あたりが、角度によって痛みがある。

その日は、2日前の暑さに比べたらかなり寒い。私は上着を取りに戻ろうかと考えたが、やめた。ジーパンとセーター。北風が強く吹きつけ、頬にも冷たい。道は平らなのに、前と違ってつまずいたりする。まっすぐにも歩けない。しかも歩道は平らでもなく、工事のひずみや、止めた自転車、小さな植木鉢などに行く手を阻まれながら、私はヨタヨタと歩く。

 

神社があった。確か、正月にも来た神社だ。10分は歩いただろう。私は、その先の信号を渡って、家の方に向かう左側に小さな駄菓子屋を見つけた。

ガラスに頭をひっつけて中を覗くと、駄菓子のほかに陳列棚があって、なんとオハギやダンゴ、赤飯も売っていた。

 

愛想のよさそうなバアさまが店番をしていた。不思議そうな顔で私を見る。

「ええとー」多分どこかで私を見たことがあるのだろうが、名前は思い出せない。

 

「ええと」

「みたらし団子、1本ください」

「1本でもいいですか」

 

私は、名を名乗ってバアさまを安心させ、90円のみたらし団子を右手にもらった。

2人でなごんで、バアさまはもう80才を超えていて、「これから卓球をやりにいく」と笑って支度を始めた。

左手に杖、右手に団子。私はよたりながらせまい歩道を歩く。

団子は下に向けて持つわけにいかないから、胴の高さぐらいまでは持ち上げる。歩道の段差でつまずく。

 

立ち止まって、住宅の間を走る道路のその先を見た。電線の先を見た。少し傾いている。傾いた空や、杉の木。

 

「もう いいか」

 

思わぬ言葉が息と一緒に口からもれた。

 

電柱にもたれる。今度は地面が近づいてくる。食いかけのみたらし団子を落としてはいけない。口の端の甘い汁も気になる。

 

頭の中に勝手に、「ちあきなおみ」の『夜へ急ぐ人』の歌詞が浮かんだ——

 

ちあきなおみさんは、その全盛期に業界を去った。

理由は知らない。多分、やめる程の何かがあったのだろう。

 

とても人気のある女装家と言われる人のYouTubeを見た。

「私から仕事を取ったら、ただのデブのオカマよ」

彼女は、生来に希望が持てない若者たちに語っている。

この仕事(芸能)がまだうまくできてないけど、ほんの少しでも誰かの役に立てたらと話している。

 

この女装家は、若いときに引きこもりであった。何とかもがいて文章を書いているうちに、こうなっちゃったのとも語った。

 

私も必死に生きてきただけである。

1つレギュラーが終われば、寿命が縮み、別の番組に呼ばれれば、まあ後半年は持つかと思う。浮き草家業。

 

月~金のラジオが始まって18年、75才になった。

先日、そのラジオの公開放送があって、何千人もの人が来てくれた。何時間も立ちっぱなしの人たち。調子に乗ってはしゃぎすぎて、腰を痛めた。

87才の伊東四朗さんに、「世界一音痴である」の称号をいただいた。

 

よし、と腰に力を入れて電柱から離れた。私と同じくらいの年寄りに、すぐに追い抜かれた。チラとダンゴを見たが、何も言わなかった。

 

ゆっくり歩いて何が悪い

ただ生きてるだけで何が悪い

 

人生は死ぬときまでの暇つぶしだと聞いた。だがそれは違う。

皆、多分必死に生きている。

何度も失敗をくり返し、何度も立ち上がる。必死で生きるから楽しいのだ。はしゃぐし、泣くし、笑うし、怒る、悔やむ。そして同じような失敗をくり返す。人に迷惑もかける。死ぬときさえも、1人で死ぬことはできない。

(野垂れ死にはむずかしい)

 

立ち上がれない人もいる。そんなときは遠くから静かに見守るのだ。

ダメかもしれないが、そうするのだ。

 

家までもう少しだ。そこの角を曲がれば、遠くに小さな屋根が見えてくる。

来週からの仕事ができなければ、私はただのジジイで、毎日みたらし団子でも買いに行くのが日課になる。近所に“みたらし団子ジジイ”の噂が広まるかもしれない。

「ジジイ 団子が喉につまるぞ」のやさしい声が聞こえてくる。

 

家には年を取った猫がいる。名を染子と言う。あまり大きくならない種類の黒猫である。

いつも私のベッドの端で寝ている。私が遅くに帰っても、顔も上げないし、こちらも見ない。

2~3回背中をなでると、あくびをしたついでにニャーと鳴く。

5回に1回は、ベッドに登れずにずり落ちる。寝ぼけて向きを変えたはずみですき間に落ちる。また、ニャーと声だけ聞こえる。

トイレがうまく使えず、たまに尻の毛にうんこをつけたまま、なぜか私の顔を踏んづけて通る。

あちこちの床にもらした物を、妻が文句も言わずに拭いて歩く。

 

鍵を忘れた。玄関のノブが開かない。呼び鈴を押しても返事がない。

私は団子と杖を持って、どうしたものかと立っている。

 

何人か人が通った。

 

待っているだけで何が悪い

ただ生きてるだけで何が悪い

 

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「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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