18年続く長寿番組「大竹まこと ゴールデンラジオ!」(文化放送)に月曜日から金曜日まで毎日出演するなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイが始まります。
初回の今回は、腰痛とたたかいながらの散歩談です。
* * *
腰を痛めて、この3日間ラジオの仕事を休んでいる。
医者に言わせると、年寄りのゆっくりとした腰痛らしい。
明日あたりには仕事に戻りたい。戻りたい。
体調はどうだ。杖を片手に家を出た。左腰というかその上——左の脇腹あたりが、角度によって痛みがある。
その日は、2日前の暑さに比べたらかなり寒い。私は上着を取りに戻ろうかと考えたが、やめた。ジーパンとセーター。北風が強く吹きつけ、頬にも冷たい。道は平らなのに、前と違ってつまずいたりする。まっすぐにも歩けない。しかも歩道は平らでもなく、工事のひずみや、止めた自転車、小さな植木鉢などに行く手を阻まれながら、私はヨタヨタと歩く。
神社があった。確か、正月にも来た神社だ。10分は歩いただろう。私は、その先の信号を渡って、家の方に向かう左側に小さな駄菓子屋を見つけた。
ガラスに頭をひっつけて中を覗くと、駄菓子のほかに陳列棚があって、なんとオハギやダンゴ、赤飯も売っていた。
愛想のよさそうなバアさまが店番をしていた。不思議そうな顔で私を見る。
「ええとー」多分どこかで私を見たことがあるのだろうが、名前は思い出せない。
「ええと」
「みたらし団子、1本ください」
「1本でもいいですか」
私は、名を名乗ってバアさまを安心させ、90円のみたらし団子を右手にもらった。
2人でなごんで、バアさまはもう80才を超えていて、「これから卓球をやりにいく」と笑って支度を始めた。
左手に杖、右手に団子。私はよたりながらせまい歩道を歩く。
団子は下に向けて持つわけにいかないから、胴の高さぐらいまでは持ち上げる。歩道の段差でつまずく。
立ち止まって、住宅の間を走る道路のその先を見た。電線の先を見た。少し傾いている。傾いた空や、杉の木。
「もう いいか」
思わぬ言葉が息と一緒に口からもれた。
電柱にもたれる。今度は地面が近づいてくる。食いかけのみたらし団子を落としてはいけない。口の端の甘い汁も気になる。
頭の中に勝手に、「ちあきなおみ」の『夜へ急ぐ人』の歌詞が浮かんだ——
ちあきなおみさんは、その全盛期に業界を去った。
理由は知らない。多分、やめる程の何かがあったのだろう。
とても人気のある女装家と言われる人のYouTubeを見た。
「私から仕事を取ったら、ただのデブのオカマよ」
彼女は、生来に希望が持てない若者たちに語っている。
この仕事(芸能)がまだうまくできてないけど、ほんの少しでも誰かの役に立てたらと話している。
この女装家は、若いときに引きこもりであった。何とかもがいて文章を書いているうちに、こうなっちゃったのとも語った。
私も必死に生きてきただけである。
1つレギュラーが終われば、寿命が縮み、別の番組に呼ばれれば、まあ後半年は持つかと思う。浮き草家業。
月~金のラジオが始まって18年、75才になった。
先日、そのラジオの公開放送があって、何千人もの人が来てくれた。何時間も立ちっぱなしの人たち。調子に乗ってはしゃぎすぎて、腰を痛めた。
87才の伊東四朗さんに、「世界一音痴である」の称号をいただいた。
よし、と腰に力を入れて電柱から離れた。私と同じくらいの年寄りに、すぐに追い抜かれた。チラとダンゴを見たが、何も言わなかった。
ゆっくり歩いて何が悪い
ただ生きてるだけで何が悪い
人生は死ぬときまでの暇つぶしだと聞いた。だがそれは違う。
皆、多分必死に生きている。
何度も失敗をくり返し、何度も立ち上がる。必死で生きるから楽しいのだ。はしゃぐし、泣くし、笑うし、怒る、悔やむ。そして同じような失敗をくり返す。人に迷惑もかける。死ぬときさえも、1人で死ぬことはできない。
(野垂れ死にはむずかしい)
立ち上がれない人もいる。そんなときは遠くから静かに見守るのだ。
ダメかもしれないが、そうするのだ。
家までもう少しだ。そこの角を曲がれば、遠くに小さな屋根が見えてくる。
来週からの仕事ができなければ、私はただのジジイで、毎日みたらし団子でも買いに行くのが日課になる。近所に“みたらし団子ジジイ”の噂が広まるかもしれない。
「ジジイ 団子が喉につまるぞ」のやさしい声が聞こえてくる。
家には年を取った猫がいる。名を染子と言う。あまり大きくならない種類の黒猫である。
いつも私のベッドの端で寝ている。私が遅くに帰っても、顔も上げないし、こちらも見ない。
2~3回背中をなでると、あくびをしたついでにニャーと鳴く。
5回に1回は、ベッドに登れずにずり落ちる。寝ぼけて向きを変えたはずみですき間に落ちる。また、ニャーと声だけ聞こえる。
トイレがうまく使えず、たまに尻の毛にうんこをつけたまま、なぜか私の顔を踏んづけて通る。
あちこちの床にもらした物を、妻が文句も言わずに拭いて歩く。
鍵を忘れた。玄関のノブが開かない。呼び鈴を押しても返事がない。
私は団子と杖を持って、どうしたものかと立っている。
何人か人が通った。
待っているだけで何が悪い
ただ生きてるだけで何が悪い
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