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2025.01.25 公開 ポスト

前代未聞の行為について思考し続ける探検家‐『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』角幡唯介KIKI(モデル)

地図が手に入りづらい場所はあっても、完全に地図が存在しない場所というのは、現代においておそらくない。では、本書のタイトルにある「地図なき山」とは何か。それは「あえて地図を持たずに」旅した山のこと。山域は日高山脈。北海道のどの位置にあって、南北に山脈が延びている、などのおおまかな知識を持ちながらも、個々の山や沢の名前は知らず、等高線の入った地図を過去に見たこともなかったという(ある時からは自分の中の地理的「空白」を維持するために、意識して地図は目にせず、人から話を聞かないようにもしていたらしい)。

 

本書は、2017年夏の最初の「地図なし登山」からはじまり、20年、21年、22年それぞれの夏に、全部で4回、合計49日間の日高での山行記録が収められている。これまでの角幡唯介さんの物語と比べると、ピリピリとしたスリルのある冒険譚が読めるわけではない。でも、決して退屈しない。赤裸々な思考の旅を楽しめるからだ。そもそも、どうして地図を持たずに旅をしようと思ったのか。地図なし登山はどうあるべきか。地図なし登山をすることによって、なにがもたらされるのか。長期間にわたり前代未聞の行為を続け、深く思考しつづけたからこそ厚みがあり、角幡ファンにとっては「あの本とつながっている!」という発見もある。

私が思い出したのは『極夜行』だ。太陽が昇らない極夜の北極圏を約4ヶ月も徒歩で旅をし、とうとう極夜が明けて地平線の向こうに太陽が顔を現し、光が溢れてくる。その描写は、まるで自分がその場にいて、感動のおこぼれにあずかったような特別な読書体験だった。単に目的があるだけではなく、行為の果てに得られるものを求め、またその行為の意味自体を試行錯誤して作り出すことにおいて、今この時代、著者は他に類をみない存在だろう。

今回描かれている日高山脈での漂泊山行、真似をしたいとはまったく思わない。特に初回の旅は、読んでいて、百戦錬磨の角幡さんでさえ未知のことが多すぎて、達成感や発見よりもストレスを抱えて終わった印象を持った。事実、2度目の地図なし登山を実施するまで3年の間隔が空いている。ただし、3、4回目になると「山口君」という同行者ができて、旅にぐっと明るさが増す。あえてなのか、著者と対比的に書かれており、山口君は地図なし登山の意味にこだわる様子もなく、釣りをしながら山を楽しそうに進んでいくのだ。

「地図なし登山」という破天荒な行為が著者にもたらした思考が丁寧に書かれている。けれど、私は山口君の登場のあたりから全く違うことを考えてしまった。書かれてはいないけれど、本当は、地図はあった方がいいし、めんどくさいことを考えずにただ釣りを楽しむだけに深山に分け入ってもいいんだ、と角幡さんは思っているのではないか、ということだ。

角幡唯介『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』

情報に覆われた現代社会に疑問を抱いた百戦錬磨の冒険家は、文明の衣を脱ぎ捨て大地と向き合うため、地図を持たずに日高の山に挑む。冒険登山ノンフィクション。

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KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

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