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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2025.01.27 公開 ポスト

焼肉を食べるとお腹を壊すようになったら考えるべきことカレー沢薫

数年前から焼肉を食うと腹を壊すようになった。

そんなに頻繁に焼肉を食べるわけではない、むしろ誕生日ぐらいにしか食わないのだが、4年連続ぐらいで壊したので、さすがに去年は肉を避けて鰻にしたのだが、それでも壊した。

もはや動物性の上質な脂は受け付けない体になった、もしくは私の誕生日が「腹を壊す日」として新たに制定されたかである。

そして先日上京したとき、打ち合わせがてら夕食を食べることになったのが、先方が選んだ先が焼肉屋であった。

相手が担当編集で担当が選んだ店ならば「これがお前の始めた物語の結末だ」と叫んでその場で卍解させても良かったのだが、そこまでカジュアルな場でもなかった。

結果からいうと普通に壊したが、タクシー40分という死線をくぐり抜け、ホテルで1人になった後にリミットブレイクしたことについてはもはや「ラッキー」だとさえ思っている。

しかし、幸運は何回も続くものではないし、大人は「出す」ことに関しては基本的に100%の成功率を求められている、こんな厳しい世界はそうそうない。

今後焼肉は本格的に諦めなけばならないだろう。

そもそももっと早い段階で諦めるておくべきではないのか、例え場所を焼肉屋にされたとしても体質的に無理だと言ってナムルでも噛んでおけばよかったのだ。

とんかつ屋に入ってから菜食であることを明かす奴のようなダルさはないが、目の前で便所をミスる以上の無礼はなかなか存在しない。

しかし、焼肉を食って腹を壊すようにはなったが、焼肉が嫌いになったわけではない、食べている時は美味しいのだ。

つまり、腹を壊すとわかっていながら、今回は壊さないかもしれないとワンチャンかけてしまったり、目の前に出されれば食ってしまうから壊し続けるのだ。

だが、そろそろ自分のことを理解し、無茶はしないようにしなければうっかり死ぬ年齢である。

孫子にも「己を知り敵を知れば100戦危うからず」と書かれている。

よく見ると「俺がグーを出し敵がチョキを出すと知っていれば勝てる」レベルのことを言っているような気もするが、相手と敵を正しく見極め、相手が格上とわかっているなら三十六計逃げるに如かずを発動すれば、少なくとも負けることはない。

私がこの期に及んで焼肉を食うのは、己を知り敵を知り、実力差をわかった上で「やってみなくてはわからない」と言って戦死するようなものだ。

二十歳そこそこの若者が酔いつぶれているなら、まだ己の限界が分かっていないが故の若気の至りと言えるが、中年が「あんたが主役」等のたすきをかけたまま路上に寝ている様は見苦しいを越えて物悲しいまである。

トライすることは大事だが、老になると、己の弱点を知り、回避する能力の方が重要になってくる。

しかし、多くの人間がかなり早い段階で「自分は仕事が苦手であり、会社に行くと悪寒発熱頭痛など、パブロソの裏側に書いてある全ての諸症状が起こる」ということに気づいている。

だがさらにその多くが「会社を回避」という最もクレバーな作戦を取れず、特攻を余儀なくされているのが現状だ。

どれだけ自分の苦手なこと、体調や気分を害すものがわかっていても、生きるためには避けきれず、肉体的にも精神的にも腹を壊すことは多い。

ここでも重要なのが「己を知る」ことだ、ちなみに嫌な目にあわせられてから敵について知る必要はない、むしろ一刻も早く敵のことは忘れた方が良い。

孫子にも「会社の嫌な奴のことをわざわざ家に帰っても考えるな」と書いてあったような気がする。

「推し活」が金になると世間にバレたことにより、推しを持つことが一般化しすぎて、かつての酒のように「推しがいない人生は損」レベルの圧を感じるという話も聞く。

確かに推しを持つ必要はない、だが「大人なら自分の機嫌を自分で取る方法ぐらい持っておけ」とも言われるし、こちらはその通りだと思う。

そして自分の「機嫌を取る方法」として一番わかりやすいのが「推し」なのかもしれない。

外で嫌なことがあっても、家に帰えればすぐに推しのアクスタの48体と96個の目が合うと思えば少しは気分が楽になる。

そういう方法をご用意できていないと。つい家に帰っても嫌いな奴のことを考えたり、不機嫌オーラを出したり、果ては周りに八つ当たりするという赤ちゃんプレイを披露してしまうのだ。

何で機嫌が良くなるかは人それぞれだ、ポイズンで泣く赤ちゃんもいる、よって日頃から己を知り「これがあれば俺は御機嫌」というものを探しておかなければならない。

それを「推し」というわかりやすい形で持てるというのは幸運なことかもしれない。

しかし私のように「脂でご機嫌がとれなくなる」という場合もある、自分も変わるし推しにも何が起るかわからないので、ご機嫌取り要員はお姫様レベルに大人数用意しておいた方がいいだろう。

とりあえず私は今年の誕生日何を食ったらいいか完全に迷子になっている。

「これさえあればいい」でも良いが、少なくとも食い物に関しては「美味いものをたくさん知っている」ほうがいい。

 

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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